五話

 さて……異世界飯だ!

 幸いにして、この世界にはスパイス類は豊富にある。

 これなら、俺が知ってる様々な料理なんかも作れる。

 ……今更だけど、なんで豊富にあるんだろ?

 スパイス類の発展は、料理の発展でもある。

 料理はないのに……やっぱり、昔は食料が取れたってことだよね。


「マルス様? まずは解体しちゃいますね」

「あっ──待って!」

「マルス様?」


 アブナイアブナイ、今は考えなくていいか。

 切り分けた肉を食うのも良いが、異世界飯ならアレだろう。

 いや、たとえ前の世界だとしても、食うならアレだろう。

 それが全男子憧れの……丸焼きだ!


「リン、俺は丸焼きが食べたい」

「はい? いや、良いですけど……時間かかりますよ? 全体に火が通らないとお腹を壊しますし。そもそも、どうやって?」


 当たり前だけど、この世界でもそれは一緒らしい。


「大丈夫、考えがあるから。まずは処理をしよう」

「では、処理はお任せを」


 リンがナイフを取り出し、内臓を取り出していく。

 その光景とニオイに、拒否反応が出る……!


「うっ……」

「良いですよ、向こう行ってて。水の魔石もありますから」

「ご、ごめんね。じゃあ、他の準備してるよ」


 ダメだなぁ、今まで散々食べてきたのに。

 こうして処理をしてくれたものを、何も疑問に思わず食べてきたんだよね。

 よし……次は頑張ってみようかな。

 ひとまず、今回はリンに任せ……。


「まずは枯れ木や草を集めようっと」


 その後集め終え、魔法の準備に入る。

 イメージはそんなに難しくない、何も釜焼きにする必要はない。


「ストーンウォール」


 高さ一メートル、幅五十センチサイズの石の壁を左右に立てる。


「マルス様、終わりましたよ……はっ?」

「あっ、ありがとう。悪いけど、その真ん中辺りに草と枯れ木を置いてもらえる?」

「え、ええ……」

「これで次は──ストーンニードル」


 ブルズの両方の前脚から後ろ脚まで、細い石の針が貫通する。


「なんて無駄使い……」

「まあ、そう言わないで。これは、憧れってやつなのさ」

「はぁ……まあ、良いですけど」

「そしたら……おもっ! ぐぬぬ……持ち上がらない」


 一メートル近いブルズと石の針が重たすぎる。

 どうやら、本当に魔法チートだけで、あとは普通の人間らしい。


「はぁ……仕方ありませんね、やりますよ」

「ご、ごめんね」

「良いんですよ、マルス様のしたいことをしましょう」

「リン! ありがとう!」

「な、なんですか……やっぱり、頭でも打ちました?」

「うん、しこたま打ったかも」

「ハイハイ、重症なのはわかりましたよ……でも、うれしいですね」


 どうやら、今までの俺はあんまり礼を言ってなかったようだ。

 なんということだ! これからはきちんと言わないと!

 円滑なコミュニケーションを取るには必須だよね。

 リンは軽々とブルズごと持ち上げて……左右にある石の壁の上に置く。

 それに調味料をすり込む。

 この辺りは、前世と変わらないから助かるなぁ。


「おおっ! できたっ!」


 これで、ブルズがさかりになった状態だ。


「まあ、これくらいなら」


 獣人の特徴は、その身体能力の高さにある。

 耳も目も鼻も良いし、このように力もある。

 ただ一つの欠点は、魔力がほとんどないことだ。

 故に、人族に奴隷扱いを受けている……魔力の首輪によって。

 これで、下準備ができた。


「じゃあ、リン。集中するから、少し警戒をよろしく」

「ええ、お任せください」

「じゃあ、お願いね。さて……火よ」


 小さい火の玉をイメージして手を出すと……出てきた。

 やっぱり、長ったらしい名前は言わなくても良いんだ。

 あくまでもイメージしやすいってことだろう。


「うん……いい」


 パチパチと音を立てて、火が燃え上がる。

 それがブルズを焼き、脂がしたたる。


「まあ、悪くないですね」

「ふふふ、わかるかね? これが──異世界飯だ」

「はい?」

「な、何でもない」


 下手なことは言わない方がいいかも。

 いや、言った方が楽なのか?

 うん、とりあえず保留だ。


「でも、これじゃ火の通りがバラつきますよ?」

「そうだよなぁ……よし、やるとしますか」


 ブルズを囲むように石の壁を出現させる。


「上は少しだけ開けておいて……これで、蒸し焼きみたいになるよね」


 待っている間に、即席の椅子を作る。


「リン、遠慮なく使ってね」

「あ、ありがとうございます……魔力は平気ですか?」

「うん? 全然余裕だよ?」

「それは隠しておいて正解でしたね」

「ま、まあね」

「そういえば、二人きりなのも久しぶりですね」

「そうだね。いつも、シルクとライラ姉さんと一緒だったね」


 末っ子である俺は、兄や姉から可愛がられた。

 もちろん、俺に両親の記憶がほとんどないことも一因だろう。


「ふふ、よく遊んでいましたね。シルク様は良かったので?」

「だって仕方ないよ。それに、俺にはもったいない女の子だし」

「まあ、それもそうですね」

「ひどくない!? 俺、一応主人ね?」

「ええ、わかってますよ」

「……リン、今なら逃げられるよ?」


 奴隷の首輪もなく、今は俺以外誰もいない。

 ここで逃げたとしても……。


「マルス様? 流石に怒りますよ?」

「ご、ごめん」

「私は邪魔ですか?」

「いや、いてくれると嬉しいかな」

「ふふ、そうですか。なら、良いんです」


 うーん……前世の記憶が蘇ったのも良いことばかりではないなぁ。

 どうしても、倫理観というか自分の境遇に置き換えてしまう。

 それから二十分くらいって……。


「よし、良いかな……解除」


 維持していた魔力を解くと、壁と火がなくなる。


「おおっ! うまそう!」


 そこにはこんがり焼けたブルズがあった。

 壁をなくした際に、香りが漂って……思わず唾液を飲みそうになる。


「ゴクリ……」


 と思ったら、隣から聞こえてきた。


「あれ?」

「はっ! ……あぅぅ」


 はい、クール美人さんの照れ顔をいただきました!


「まあ、仕方ないよね。じゃあ、食べようか」

「はい!」


 そして、ぶら下がっているブルズに──かぶく!

 口の中に甘みのある脂が流れ込んでくる!

 そして次に野性的な肉のうまが口の中ではじける!


「うまっ!」

「行儀が悪いですね……もぐもぐ」

「いや、説得力ないからね?」


 どうやら、同じように齧り付いたらしい。


「まあ、やりたくなる気持ちはわかります。あとは、切っても良いですよね?」

「うん、一度やって満足したよ」


 その後は、リンが切り分けた肉を夢中で食べる。

 ふふふ──異世界飯最高!

刊行シリーズ

国王である兄から辺境に追放されたけど平穏に暮らしたい(3) ~目指せスローライフ~の書影
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