三.川の傍でのバーベキュー ③
「ブラン、火の準備をして」
『む? 我を小間使いにするのか』
ブランはぶつくさ文句を言いながら、アルが集めておいた薪にボアッと火を吹いた。
魔物の魔法の使い方は不思議だ。詠唱も魔法陣もなく、タイムラグなしで魔法を発動できる。人間は魔力ひとつ動かすのにも苦労するのが普通だ。でも、アルは人間にしては珍しく何故か容易に魔力を扱える。
「さて、どこから焼くかな」
『まずは、さっぱりタンからだな』
「はいはい」
ブランが用意した火に金網をセットして肉を並べる。どうせブランがバクバクと食べるだろうからたくさん並べた。
『まだ焼けんのか』
「まだだよ」
もくもくと煙が上がるので風上に逃げる。良い匂いが食欲をそそった。
肉には上から塩胡椒を振って味付けし、少し考えてからレモンを小皿に搾った。タンはさっぱり食べたい。
『もういいだろう?』
「そうだね」
肉のほとんどをブランの皿に取り分けると、ブランがハグハグと頰張った。自分の分も取り分け、次の肉を並べておく。モモやカルビなど色々混ぜて焼いた。
「あ、美味しいね。弾力があって旨味が出てくる」
『旨いっ! ……我にもレモンくれ』
「はいはい」
ブランの分にもレモンをかけてやる。レモンをかけるとさっぱりしていくらでも食べられそうだ。日差しが温かくて、火の前にいると汗が流れるが、それもなんだか気持ちがいい。更に肉を美味しく感じさせた。
『次くれ!』
「んー、はい」
アルの分の五倍はあるだろう量を瞬く間に食べきったブランに催促され、焼けた物を皿に追加してやる。アルも皿にとって食べた。
『カルビは脂が甘いな。旨い』
「そうだねー。でも、胃もたれしてあんまり食べられなさそう」
『そうか? ならば我が食ってやろう!』
「じゃあのせるよー」
アルにはあまり脂っぽい物は合わなかったので、ドカドカとブランの皿にのせてやる。残った美味しそうな部分をゆっくり味わった。
『くふーっ、食ったー』
「ご
たくさん食べても膨らんでいない腹を満足げに叩くブランの横で即座に片付けを始める。今日は予定よりも歩いた距離が短い。今日中に子爵領内の森を進んでおきたかった。
『むふむふ。昼寝に良い日差しだな』
「寝ないよ? 今日はもっと進むんだからね」
ブランの言う通り昼寝に良さそうな日差しと温度で、正直寝転がりたい気分ではあった。でも旅の序盤で怠けすぎるのも良くないと自分を
『そんなに急がなくても良かろうに』
「とりあえず公爵領は離れたいの」
『隣の領は森が深くないからこっちで泊まってから一気に行った方が良さそうだがな』
「……そうだけど、子爵領を一気に行くのは無理なんだから、どっちにしろ、森の浅いところで泊まるよ?」
『ふむ。そうか、まあいい。その辺の人間どもが束でかかろうと問題はないな』
「僕を追ってくる者がいたら戦いになるもんね。それは面倒だし嫌だな」
ゴロゴロと寝転がるブランを抱き上げて肩に乗せてやる。食べた物がどこに消えたのか、いつもと変わらない重さがくるりと首に巻き付いた。
『……我は寝るぞ?』
「どうぞ。どうせブラン何もしないんでしょ」
『役立たずみたいな言い方するなよ。我が手を出すほどのものがないだけだ』
「はいはい」
首もとでモゴモゴと話す頭をポンポン叩く。ブランの声は次第に寝息に変わった。
肩の重さを感じながら川に向かう。深さはないが、少し流れが速いところがある。
「こっちに来ると、ちょっと植生が変わるのかな」
子爵領の森に入るとすぐに果物の木が目にはいった。アプルの実だ。大半が未熟だが、日によく当たった実は赤く熟れている。
ジャンプでも採れそうだが、寝ているブランに文句を言われそうなので風の魔力を操って採る。
甘い薫りが漂う実を袖でぬぐってかぶりつくと、ジュワッと果汁が
「美味しいな。全部食べちゃったら後でブランに文句言われちゃう」
よく熟れた実を追加で採取してバッグに放り込んでおいた。
思わぬ幸運に巡りあい、気分をあげながら先に進む。至るところに果実の木があり、度々立ち止まって採取する。これほど実が残っているということは、果実を食べる魔物があまりおらず、村人などもあまり採りに来ないのだろう。黒猛牛が時々木を倒して果実を食べていると聞いたことがあるから、この辺に出るのかも知れない。倒木になった果樹を横目に通りすぎる。
「ん? これは……」
倒木に
「……変だな」
とりあえずこの辺では希少なものなので採取しておく。アルはある程度の薬の調合はできるので、後で傷薬にするつもりだ。この葉は上級の傷薬になる。
「んー、ブランじゃないけど、眠たくなる気候だな」
木漏れ日は目に優しく、ほのかな熱を与える。昼寝をしたら気持ちいいだろう。
「ん?」
遠くから聞こえる魔物の声や鳥の囀りに耳をすませていたら、異質な
「魔物にとっては馬って
恐らく商人か旅人の馬が襲われているのだろう。少しだけ助けに行くべきか迷った。魔物が生きていくために狩りをするのは当然のことなので、アルが人の味方をして割り込むのは気が進まない。
「……とりあえず行ってみるかな。死体が残るようだと衛生的に良くないし」
魔物は本能的に弱い人間を襲うが、食べることはあまりない。死体が残されると疫病の原因になったりアンデッドになったりするので、アルは後処理のために向かうことにした。



