三.川の傍でのバーベキュー ②
本来の黒猛牛なら、いくら獰猛な質であろうと強大な魔力の持ち主に戦いを挑むことはないのに、何かがおかしい。見るところ、魔力の大きさを察知できないほど若い個体なわけでもないようだ。
「よく分からないけど、僕を狙い続けるなら仕方ないな」
アルが違う木に跳び移ると、黒猛牛も向きを変えた。あくまでもアルを狙っているらしい。ブランは眼中になさそうだ。
黒猛牛から水球弾が飛んできたので、それを
「よっと」
「ブモォオッ」
アイテムバッグから取り出した剣を片手に木から飛び下りた。アルは貴族時代から剣術を学び、冒険者として実戦経験も積んできた。しかし、持っている剣はごく一般的な剣であるため、魔物に対して大きな効果は見込めない。
「
黒猛牛が襲ってこようとする様子を見ながら、持っている剣に風の魔力を纏わせる。剣に使われている素材は魔力への親和性が低いので、あまり大きな魔力を注ぐことはできなかった。
剣に限界まで魔力を注いだところで、突進してくる黒猛牛を避けて横手から首筋を斬りつける。しかし、僅かに避けられ首筋を半分に満たない程度
「風を添わせてこれだけか。なかなか硬いね、お前」
「ブモッモォオッ」
「なに言っているか全然分かんない」
黒猛牛が興奮して再びアルに突進してくる。その巨体をひらりと
「我風を纏うもの。我望むは一風の貫通。我の望みを
黒猛牛の横手に回り、先ほど斬りつけた首筋を指差す。
「
「モォォォオオッ」
淡く緑に光る魔力光が黒猛牛に飛び込む。それは黒猛牛を貫き、通りすぎて向こうに立つ木までも切断して消えた。
「あっ」
『のわぁあっ』
切断されて倒れる木から白い毛玉が落ちてくる。それは空中でひらりと体勢を変え、スタッと地面に下り立った。
「ごめん、ブラン。ちょっと勢いがありすぎたみたい」
『この馬鹿力めっ。森の中でそんな魔力を込めた魔法を放つな! 森を破壊する気か!』
仁王立ちしてガミガミと叱りつけてくる毛玉を抱き上げて、乱れた毛並みを整えてやる。
「ごめんって。黒猛牛だけを貫くつもりだったんだけど、想定より柔らかかったみたい」
『お前の魔力は馬鹿高いのだと自覚しろっ。普通の初級魔法でも加減を見誤ればこの辺一帯を破壊し尽くすぞっ』
「だから火の魔法じゃなくて風を使ったんだけどな」
『当然だ! 森で火を放つのは自殺行為だぞ』
ようやく落ち着いてきたブランが肩の定位置におさまる。
黒猛牛を見ると首から出た血が止まろうとしていた。
「やっぱり、攻撃用の魔道具をもっと考えないとな。森の中じゃ攻撃しにくいや」
『ふんっ、黒猛牛は皮が硬いのだ。それを剣の一太刀で斬れるなら、たいていの魔物は一撃で殺せる』
「ああ、やっぱり黒猛牛の硬さってCランクだと格段のものなんだね」
『お前は、戦う前に鑑定することを覚えたらどうだ』
「あっ」
たいていの魔物は難なく倒せるので、アルはつい戦闘前の鑑定を忘れてしまう。今回もすっかり忘れていた。遅ればせながら鑑定してみると、何か違和感があった。
「……何これ。使役状態?」
『使役だと? 黒猛牛が、か?』
「うん。何か埋め込まれているみたい」
血が止まった黒猛牛を近くに引き寄せて、つぶさに観察する。すると、後ろ脚の付け根に何かが刺さっていた。
「……これ」
『なんだ』
引き抜いてみると、返しがついていたのかかなりの抵抗があった。刺さっていた部分はトゲトゲしている。全体が黒い半透明な結晶のようなもので出来ていた。
「魔石?」
『なに? 魔石を加工しているのか?』
「そうみたい。ここ、魔法陣がある」
『使役の魔法陣か』
「そう。……人を探して襲うように仕組んであるね」
『ほう。アルを狙ったのはそのせいか』
「そうみたい」
魔石をこの形に加工するにはかなりの技量が必要だ。またこれほどの大きさの魔石を得られるのはBランク以上の魔物だろう。これほどの逸品をCランクの黒猛牛に埋め込むのは少し
『お前の追手が放ったのか』
「う~ん、あの国にはここまで技量がある人間いないと思うけど。隣国ならまだ分かる」
『だが、隣国は少し離れていないか?』
「そうだよね。目的もないし」
『援軍を断った腹いせは?』
「そんなことをする余力は隣国にはもうないでしょ」
『隣国が作ったものをこの国の者が使った可能性もあるな』
「小国ノースが放った可能性もあるね」
考えても答えは見つからない。刻まれている魔法陣が各国で禁忌とされているものであるため、国とは関係ない裏組織の可能性も考えられる。目的は分からないが。
「これさ、僕がいなかったらどこに行ったのかな」
『ん? ……公爵領か』
ここはまだ公爵領に位置する森だ。この場所にアルがいなかったら、黒猛牛は人を探して公爵領の村や町を襲っただろう。突然襲ってくるCランクの魔物にどれほどの人間が犠牲になったであろうか。高ランクの冒険者が常駐しないところでは、村の全滅もあり得る。
『無差別に人を襲わせるのが目的なら、使役されているのは黒猛牛一体とは限らんな』
「そうだよね」
今のところ、アルを狙ってくるような魔物の気配は無い。
そもそも黒猛牛はもっと北に生息する魔物だ。使役した者は、わざわざそんなところから黒猛牛を連れてきたのだろうか。
『まあ、いい。とりあえずこいつを捌いたらどうだ?』
「……え、これ食べるの」
『なに? 食わんつもりなのか!』
「だってこれ使役されていたんだよ? なんか変なのがついていたら嫌じゃない?」
『使役はその魔道具によるものだろう? 肉には何の関係もないぞ』
「えー、気分的に関係あるよ」
『鑑定しろ。問題なければいいだろう!』
「……分かったって」
改めて鑑定してみると、使役の文字は消えていた。魔石で作られた魔道具だけが異常の原因だったようだ。
「仕方ないな」
諦めつつ気合いを入れて解体に取りかかった。
黒猛牛を丁寧に捌いていたらだいぶ時間がかかってしまった。やり始めたら妥協できない性格の自分がちょっと恨めしい。
『昼飯で肉食うぞ!』
「え……」
やっと捌き終わったと思ったらこれである。確かに日は昼になろうとしているが、少しは
「……まず移動だね。こんな血の臭いがするところで食事したくないし。血に寄せられて魔物に
『うむ。我も血生臭い中では流石に落ち着かん。ほれ、さっさと移動せんか!』
ひょいとブランが肩に乗ってくる。それにため息をつきながらアイテムバッグを背負った。
「ブラン、どの部位食べる?」
『全部だ。全部位焼くぞ!』
「……ちょっとずつだからね?」
『ケチ臭い
「ブランそのうち太ってまん丸毛玉になるんじゃない?」
『なんだと!? このスレンダーな
「ブラン、普段全然動かないのにたくさん食べるからなー」
ブランが簡単に太らないことは分かっている。何せこの
種類ごとに分けた部位を全部出し、昼に食べる分を切り出す。部位ごとに厚みを変えて、食感を楽しめるようにした。



