四.人嫌いは面倒事を回避したい ②

 この犯罪奴隷の女はともかく、他の借金奴隷は奴隷法に違反した方法でつれてこられたらしい。しかも、アルの父である公爵のもとに。


「……めんどうくさいなぁ」


 しばし考える。犯罪奴隷はどうでもいい。犯罪奴隷は生きようが死のうが社会的に重視されないのだ。しかし、借金奴隷は違う。本来危険がないところで粛々と働いて借金を返すだけのはずだったのだ。


「ねぇ、助けてちょうだいよ。私たちここにいたら狼に食べられてしまうわ」

「まあ、魔物じゃない狼ならそうかもね」

「でしょう! 近くの村まででいいの」

「……はあ」


 仕方ない。色気を漂わせびをうる風情の女は面倒だし助ける必要性を感じないが、他のおびえた女は可哀想かわいそうだ。奴隷が不遇の身になることなんて世の中に数えきれないほどあるのだが、この目で見てしまえば放っておくのも後味が悪い。


『……つれて行くのか』

「近くの村までだよ」

「ありがとう!」


 ブランの言葉はアル以外には伝わらないので、ブランにした返事を自分へのものと勘違いした女が顔に喜色を浮かべる。その首輪へさっと手を伸ばした。


「なっ!」

「一応これに主人登録しといたから。村で譲り渡すね」

「ぐっ」


 顔を赤くしてにらけてくる女は、アルが思った通りだったようだ。つまり、アルの隙をみて逃げ出そうとしていたのだろう。アルの荷物を盗んで。

 犯罪奴隷の首輪は魔力を通すことで主人登録される。そうすれば奴隷は主人に逆らえなくなるのだ。アルは魔力の扱いが上手いので、一瞬で主人登録できた。ついでにもう一人の女にも登録しておく。


「……私みたいな女が村に譲り渡されたら、そこでどうなるかなんて考えなくても分かるでしょう」

「そうだね。僕は犯罪奴隷の扱いをあれこれ言うつもりはないよ。狼に食べられるよりいいでしょ?」

「……クソッ、ガキだと思って油断した」


 失礼な言い草だ。アルは既に十八歳で成人しているのだ。


『なんだ、このまがまがしい女は。殺した数は一人や二人ではなさそうだな』

「……」


 顔をしかめてそっぽを向くブランを撫でてから準備する。馬車は壊れているし馬もいないので、女たちには歩いて貰わなければならない。あと、一応奴隷の身元の確認をするために書類を見たい。借金奴隷は既に主人が亡くなっているから奴隷身分から解放して村におくことも考えられる。

 商人の馬車を改めて調べてみると、座席の下から書類が出てきた。書類を見ると、犯罪奴隷の二人は強盗殺人を繰り返した末に犯罪奴隷になったようだ。色仕掛けで男ばかりを何十人と手にかけている。

 借金奴隷はほとんど親の借金を背負ってのもののようだ。

 あらかた、冒険者や商人の荷物を集め終わってから馬車の外で待っていた女たちに声をかける。


「よし、行くよ」

「ちっ……」

「よろしくお願いします……」


 犯罪奴隷の女は舌打ちしつつアルに従う。借金奴隷たちは大人しいものだ。騒げば再び魔物に襲われるのではないかと警戒しているのだろう。


『村までどれくらいだ』

「夕方までにはつくはずだよ」

『そうか』


 女たちが少しあんする。夜の森は更に恐ろしいのだ。日があるうちに人里につかなければ死ぬ可能性が高まる。


「あんた魔物と戦えるのか?」

「そうじゃなきゃ森の中を歩かないよ」

「ふんっ」


 暫し歩くと狼の群れが現れた。アルにとっては魔物より獣の方が面倒だ。獣は魔力の大きさを察して戦いを避けるという知能を持たないからだ。

 魔法筒から適当に魔力弾を打ち出した。群れに生きるものは、リーダーさえ退ければ退散することが多い。リーダーを魔力弾で倒すと、敗色を悟った狼の群れが逃げだした。リーダーの横にいた若そうな狼が新たなリーダーとなったようだ。そっちも倒していなくてよかった。


「……結構な腕前じゃないか。なぜ全部倒さないんだい」

「必要性がない」


 目を見張った女の言葉に簡潔に返す。どうせ数時間の付き合いだ。あまり会話したくない。

 他の女たちは、アルの実力を知って安堵しアルの後ろに固まって歩いた。


「……変な奴だ」



 森を歩き続けて村が見えてきた。女たちは顔を疲労で歪めながらもホッと息をつく。

 村の簡易柵の外側では、門番らしき男が森から出てきたアルを驚いたようにマジマジとみつめていた。


「こんにちは」

「お、おう。おめぇたち、森を歩いてきたのか……?」

「はい」


 こんなに女ばかりの集団が森から来るなんて異様な光景だろう。門番は戸惑った顔をしていた。


「彼女たちは、魔物に襲われて亡くなった商人が連れていた奴隷です。彼女たちの権利を譲ろうと思うのですが、村長に会えますか?」

「……そりゃあ、いいな」


 門番の目に好色の光がよぎった。女たちがそれに気づいて身を固める。こういう村は基本的に女の数が少ない。森に近い村は魔物の恐怖と共にあるから、若い女は都市部に出ていってしまうのだ。


「中に入っても?」

「一応身分証を」


 門番に冒険者ギルドのプレートを見せる。貴族時代にこっそりと身分を偽って作ったものだ。


「……その若さでDランクか」

「ええ」


 あまり依頼を受けていないのでランクは低いが、身分証としては十分だ。


「じゃ、入っていいぞ。……お~い、ダンカス、交代だ」

「おう、分かった」


 ちょうど交代にやって来ていた男が軽く頷いた。事情は聞こえていたらしい。ニヤッと笑って送り出してくれる。村にやって来た奴隷を歓迎しているようだ。


「こっちだ」


 男に連れられるまま村の中心に向かう。村人の視線が女たちを追っているのを感じて少しへきえきする。


「村長、客だ」

「なんだ……?」


 村の中で最も立派な家に通された。中で座っていた中年の男が、変わった組み合わせの集団を不審げに眺めた。


「はじめまして。僕は魔物に襲われて亡くなった商人の奴隷をお譲りしたく参りました」

「……うちの村は奴隷を買う金はねぇぞ」

「でしょうね。ただ、僕は旅の途中なので、彼女たちは邪魔なのです」

「タダでくれるとでも?」

「いえ、こちらの二人」


 アルが犯罪奴隷二人を村長の前につき出す。


「奴隷として譲ります。これを対価として、あとの女は借金奴隷なので奴隷身分から解放します。彼女たちが生活できるよう保護してください」

「「なっ!」」

「……なるほど」


 犯罪奴隷二人が動揺して声を出す。村長はアルの考えを理解して頷いた。借金奴隷たちは少し安心した様子で体の力を抜く。


「俺がそれを守ると思うのか」

「あなたは守るでしょう。そんな顔をしています」

「ハッハッハッ。面白いな。俺の顔を見てそんなことを言うとは」


 村長の顔は控えめに言っても堅気じゃない。恐らく、若い頃はそれなりの腕を持つ冒険者だったはずだ。魔物によってできた傷痕が残っている。


「いいだろう。その二人の女を奴隷として引き取る。あとの女は村民として受け入れよう」

「ありがとうございます」


 受け入れた村長の指示に従って、犯罪奴隷の誓約を書き換える。主人である村長とその村民に反抗せず言うことをきくようにして、主人契約を書き換えた。

 犯罪奴隷二人が睨み付けてくるのを無視して、他の借金奴隷たちの腕に巻かれた奴隷輪を外す。犯罪奴隷の二人は、村長に指示を受けた門番の男に連れられてどこかに消えていった。最後までアルを睨み付けたままだった。


「お前、若いが力がありそうだな」

「どうでしょうね」

「泊まっていくだろ?」


 借金奴隷だった女たちをとりあえず客間に通した村長がアルを誘う。しかし、それにアルは首を横に振った。アルはこれ以上人里にいたくなかったのだ。


「いえ、旅を急ぐので」

「……そうか、気を付けろよ」


 深く聞かない村長に頭を下げ、村を出ることにした。



「あー、無駄に時間使ったな」

『うむ。今度からはさっさと離れるべきだな』

「そうだね」


 暗くなりつつある森を奥へと歩く。アルにとっては森にいる方が心安らかなのだ。


『どこで野営するのだ? 我は腹が減ったぞ』

「もうちょっと奥かな。この辺だと、ばったり人にくわしそう」

『夜に森に入るのはそういないと思うがな』

「うーん……あっ」

『なんだ?』

刊行シリーズ

森に生きる者4 ~貴族じゃなくなったので自由に生きます。莫大な魔力があるから森の中でも安全快適です~の書影
森に生きる者3 ~貴族じゃなくなったので自由に生きます。莫大な魔力があるから森の中でも安全快適です~の書影
森に生きる者2 ~貴族じゃなくなったので自由に生きます。莫大な魔力があるから森の中でも安全快適です~の書影
森に生きる者 ~貴族じゃなくなったので自由に生きます。莫大な魔力があるから森の中でも安全快適です~の書影