1話 田んぼで女騎士を拾った ①

 朝早くに家を出たが、外はうだるような熱気によって支配されていた。

 家から少し歩いただけだというのに、既に額や背中からはじんわりと汗が浮かんでいる。


「くそ、今日も暑いな」


 今すぐにUターンして帰りたくなるが、畑にはいとしの作物たちが待っている。

 脱サラし、ド田舎の地元で農家をはじめて四年。ようやく生活も安定してきた。

 ここで怠けて大事な作物を台無しにするわけにもいかない。

 気合いを入れて自らの畑を確認。

 すると、俺の田んぼで銀色の何かが光っているのが見えた。


「……なんだ?」


 青々とした稲、張り巡らされた水、タニシや虫などの小さな生き物、それを狙うツバメ、サギなどがいるのは当たり前だが、銀色の物体がそこに君臨することはあり得ない。

 だとしたら考えられるのは、誰かが俺の田んぼに不法投棄をしたことだ。


「ったく、誰だよ! 俺の田んぼにゴミを捨てたのは!」


 ただでさえ暑くてむしゃくしゃしてるというのに、不法投棄だなんてやってられない。

 思わず悪態をつきながらゴミの正体を確かめると、そこにあったのはゴミではなく人だった。

 金色の長い髪に、真っ白な肌。身体からだには西洋のかっちゅうまとっており、腰には剣らしきものをいている。

 こういう格好をしている女性のことを確か女騎士と呼ぶのだったか。


「って、なんで女騎士が俺の田んぼに倒れているんだ!?」


 よくのぞんでみると、恐ろしいほどに整った顔をしている。髪の色や顔立ちからして明らかに日本人ではない。

 外国人のコスプレイヤーとかだろうか。

 都内にあるオタクの祭典や、そういった場であれば、いてもまったく違和感はないが、ここはあいにくとド田舎だ。総人口が三万にも満たない小さな町であり、物珍しい観光名所があるわけでもない。どう考えても外国人がやってくるような場所ではない。ましてやコスプレを好む若い女性が来るはずがない。

 考えられるとしたら、アニメや漫画の聖地だが、そういったうわさは聞いたことがない。

 あったら町内会のじじい共が躍起になって宣伝しようとするはずだからな。

 とにかく、人が倒れている以上起こさないとな。

 このような炎天下でずっと倒れていたら、熱中症になってしまう可能性が高い。


「お、おい。起きろ」

「ん、んんっ……」


 すっかり水浸しになっている女騎士の身体を揺すって声をかけると、無事に意識を取り戻したようだ。

 閉じられていた瞳が開かれ、エメラルドの瞳があらわになる。

 しばらく、ぼんやりとしていた女騎士だが、俺を見るなり叫んだ。


「誰だ! お前は!」

「いや、それはこっちの台詞せりふだろ。人んの田んぼでなにしてるんだよ」


 人の田んぼで倒れていたのは、そっちの方なのにどうして不審者を見るような視線を向けられなければいけないんだ。納得がいかない。


「た、田んぼ?」

「そうだ。ここは俺の田んぼだ」


 純然たる事実を告げると、女騎士は慌てたように周囲を見渡した。

 そして、何故なぜぼうぜんとしたような表情をしている。

 自分の意思でここにやってきたんじゃないのだろうか? まるで、知らない土地にでも放り込まれたかのような間抜けな顔だ。

 気にはなるが、あんまり関わり合いになると面倒だな。


「なにしにこんな田舎にやってきたのかは知らないが、人の田んぼに勝手に入るな。遊ぶなら他所で遊んでくれ」

「ま、待ってくれ!」

「おい! そんなビショビショの泥まみれな手で服をつかむな!」

「ここはどこなんだ? 知っていたら教えてほしい」


 俺が抗議するも女騎士は無視して尋ねてくる。

 ああ、俺の作業着がビショビショのドロドロだ。


「はあ? 寝ぼけてるのか?」

「すまない。真面目に答えてほしい」


 あまりにふざけた質問にいぶかしむが、女騎士の顔は真剣だった。

 その必死さに負けた俺は、バカバカしく思いながら当然の返答をする。


「日本だ」

「に、にほん? 聞いたことのない国名だ」


 ……観光に来たのに何故聞いたことがないんだ。おかしいだろ。


「君、名前は?」

「ラフォリア王国に仕える騎士家が長女、セラフィム・シュタッテフェルトだ」


 なんだか普段聞くことのないキーワードが一気に出てきた。胸やけしそうだ。


「ラフォリア王国? そんな国名聞いたことがないぞ?」

「なっ! そんなバカな! ラフォリア王国は大国だ! 農民であろうと大人ならば誰でも知っているはずだ!」


 いや、知らんのだが……。


「ああ、わかった。アニメの女騎士キャラになりきっているんだな? 剣や甲冑も随分と作り込まれているし、かなり設定を大事にしてるんだな」

「……あにめ? よくわからないが侮辱されていることだけはわかるぞ。おのれ、騎士をバカにするとは。たとえ、の対象である農民であろうと許さ──」


 さやに手をかけて立ち上がった女騎士だが、くらりと身体が横に倒れた。

 バッシャーンと田んぼの水が飛び散る。


「おいおい、大丈夫か?」

「す、すまない。ここのところ寝ていなくて、意識が限界──」


 セラフィムと名乗った女騎士は、弱々しい言葉をつぶやくと意識を失った。

 身体を揺すってみるが起きることはない。


「……ったく、しょうがないな」


 不審な外国人だが、炎天下の中で倒れているのを放っておくわけにはいかない。

 俺は仕方なく、意識の失ったセラフィムを田んぼから引き上げる。


「うぐぐぐ、重いな!」


 人は意識がなくなると重くなると聞いたことがあるが、その通りだった。

 それに加えて身に纏っている甲冑やら、水分を含んだ服やらが重なっている。

 農家で鍛える前のサラリーマン時代だったら、引き上げるのも難しかったかもしれない。

刊行シリーズ

田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われている2の書影
田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われているの書影