4話 女騎士と始める同居生活 ②

「ここだけじゃなく世界中を探してもそうだからな? 日本はトップレベルに治安のいい国だ。人同士の争いもまったくないから、ようへいのような真似もできんぞ」

「では、私はどうやって生きていけばいいのだ!?」

「だから、それを聞いてんだよ」


 唯一の稼ぎ所がないと知って本気で焦っているセラム。

 さっきまでのキリッとした姿はセラムだったが、今の情けない姿はせらむだな。


「そ、それでも何とかして稼ぐ! 力仕事には自信があるからな!」


 落ち着きを取り戻したセラムが、拳を握りながら言う。

 確かにあれだけ速く走れるのであれば、そういった力仕事が向いているのかもしれない。

 だが、この世界について何もわかっていない異世界人が、無事にそういった職につけるかは疑問だ。

 戸籍もないし、そもそも住所不定だ。保証人だって誰もいない。

 まともな会社で働くことは不可能だろう。唯一そういったところを突破できるとすれば、アングラな世界だ。こんな美人で若い子が街に出たところで食い物にされるだけだろう。


「ごちそうさま。では、ジン殿世話になったな」


 などとグルグルと考えていると、いつの間に朝食を食べ終わったのかセラムが立ち上がった。

 食器を流しに持っていくと、そのまま玄関に移動して甲冑を装備していく。


「待て」

「どうしたジン殿?」

「……うちの農作業を手伝ってくれるなら、三食付きの家賃なしでここに住んでもいいぞ?」

「いいのか!?」


 おずおずと言うと、セラムはこちらに急接近してきた。

 嬉しさのあまり興奮しているのはわかるが、顔が近い。


「あ、ああ。その代わりあまり給金は出せないぞ? うちはようやく収入が安定してきたところなんだ。大金を稼いでいるわけじゃないから、あんまりお金は払ってやれない」

「泊まれる場所と食事さえあれば、私はそれでいい! だが、ジン殿は本当にそれでいいのか?」


 こちらを見上げながら不安そうに尋ねてくるセラム。

 見ての通り、戸籍すら持っていない異世界人だ。こっちの世界の常識もまるでなく、雇うにしろ苦労することは目に見えているだろう。

 しかし、セラムは決して悪い奴ではない。人付き合いをあまりしなくなった俺でもそれくらいのことはわかる。

 煩わしい人間関係を構築するのは嫌だ。

 そういうのが嫌になって脱サラして、故郷で農業をやることにした。

 ここでセラムを雇い、一緒に住むということは、強固な人間関係を構築することになる。

 それに対して面倒だと思う気持ちはあるが、困っている人を見捨てるという後味の悪さよりははるかにマシだ。


「ちょうど人手が欲しいと思っていたからな。それに部屋も余っているから、別に困るようなことはない」


 知らない奴を雇い入れるよりも、力仕事の得意そうな面識ある女騎士を雇う方が精神的にもいい。それに懐も痛まないしな。


「ジン殿、感謝する! では、改めてこれからもよろしく頼むぞ!」


 そんな打算あっての提案であるが、セラムにとっても嬉しい申し出だったようだ。

 セラムが手を伸ばしてくると、こちらも手を出して握り込む。


「今日からビシバシとこき使ってやる」

「望むところだ!」


 こうして、俺と異世界の女騎士セラムとの同居生活が始まるのだった。

刊行シリーズ

田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われている2の書影
田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われているの書影