5話 長ナスの収穫 ①

 セラムを従業員として家に住まわせることにした俺は、早速仕事にとりかかることにした。

 のだが、畑仕事を手伝うはずのセラムは、何故か帯剣していた。

 赤いジャージに帯剣している姿は明らかに奇怪だ。


「どうしたジン殿?」

「なんで剣を持ってきてるんだ?」

「これがないとどうも落ち着かなくてな……ダメだっただろうか?」


 愛おしそうに剣のつかでながら言うセラム。

 ダメだと言えば置いてきてくれそうではあるが、そう言ったら悲しそうな顔をする気がする。

 異世界にすぐに戻ることはできないと区切りをつけたようだが、やはり寂しく思う気持ちがあるのだろう。


「まあ、仕事の邪魔にならないならいいだろ」

「助かる!」

「ちなみに日本では銃刀法違反といって、業務その他正当な理由を除いて刃渡り六センチを超える刃物を携帯するのは禁止だからな」

「えっ!? それでは魔物に襲われた時危ないのではないか!?」

「だから、この世界に魔物はいないから」

「あっ、そうだったな」


 反射的にそのような質問が出るあたり、セラムはまだこの世界に慣れていないようだ。


「ちなみに刃渡り六センチというのは、どれくらいの長さなのだ?」


 セラムの世界とは長さの単位が違うのだろう。


「このくらいだな」

「それでは包丁も持つのもダメではないか!」

「いや、包丁は家で料理をするための必需品だから持っていても問題ない。ただ理由なく持ち歩くのがダメなんだ」


 説明するとセラムが理解したような理解していないような顔をした。

 ルールとしてはわかるけど、それでいいのかと思っていそうだ。


「この世界はとにかく平和なんだ。だからそういった武器を持っていると、よからぬことを考えているんじゃないかと疑いをかけられる」

「では、迷惑をかけないために持たない方がいいのでは……?」


 などと殊勝なことを言っているが、セラムの顔はひどく悲しそうだ。


「まあ、本物の剣なんて誰も持っていないから、持っていても怒られることはないから大丈夫だろ」

「そ、そうか!」


 などと言うと、セラムが嬉しそうな顔をする。

 やっぱり日常的に剣は持っていたいらしい。

 明らかに日本人ではないとわかる容姿をしているセラムが、帯剣していようとも誰も本物だとは思わないだろう。

 日本文化にハマった外国人が、侍や騎士なんかに憧れて玩具を持っているくらいにしか思わないに違いない。

 そこまでの理由を教えると、むくれるだろうから言わないけどな。


「ただ絶対に剣は抜くなよ? 抜いたらさすがに一般人でも偽物じゃないと気付くだろうし」


 俺も軽く触らせてもらったが、本物の剣は素人からしてもヤバいと思えるような重圧がある。かつに抜いてしまえば、銃刀法違反待ったなしだろう。


「わかっている。私も騎士だ。やみに剣を抜くような真似はしない」

「とかいって、俺と出会った時に剣を抜きかけたよな?」

「あれはジン殿が悪いのだ! あんな風に私を愚弄するから!」


 出会った時のことを思い出してバツが悪い顔をする女騎士。

 あの沸点の低さで剣を抜かれると非常に困る。

 今後もセラムの動向には注視しなければいけないだろう。


「剣についてはこの辺にしておいて仕事だ。今日はナスを収穫する」

「ナスというと昨日の昼食で出てきたやつだな!」


 本日の業務内容を伝えると、早速ナスのある場所に移動する。


「ジン殿、この透明な家はなんなのだ?」

「ビニールハウスだ。この中でナスを育てている」

「なんのために?」

「こうやってビニールで外界と遮断することで、外部からの環境の影響を抑えることができるんだ。他にも気温、地温の制御もしやすいといった利点もあって、育成環境の調節がしやすいから育てやすくなる」

「ほ、ほう。ジン殿の言っていることは半分くらいしか理解できなかったが、こちらの世界の農業は随分と進んでいるのだな」


 聞くところによるとセラムのいたところは、中世ヨーロッパのような文明レベルに加え、魔法などが発達している世界だ。機械を利用して育てる農業を不思議に思うのも当然か。

 ビニールハウスの説明もほどほどに俺たちはハウスの中に入っていく。


「おお! ここにあるのは全部ナスなのか!?」


 ハウス内に広がっているナスを見て、セラムが驚きの声を上げる。

 俺からすれば見慣れた光景だが、農業にあまり関わったことのない人からすれば、これだけの数が並んでいれば圧巻だろう。


「ああ、全部ナスだ。ちなみに品種は長ナスといって、普通のナスに比べて十センチほど長い。大きいのになると三十センチから四十センチになるものもある。果肉が柔らかく、焼き物や煮物なんかが特に美味いぞ」

「…………」


 などと説明をすると、セラムがまじまじとこちらを見ていることに気付いた。


「どうした?」

「いや、ジン殿は野菜のことになると、じょうぜつになって普段よりもきとしていると思ってな」

「……そうか?」


 自分ではそんな自覚はなかったのだ、そう言われるということはそうなのだろう。

 仕事先以外でこうやって農業のことを話すのは初めてだったし、そういった会話に飢えていたのかもしれない。


「普段からそれくらい柔らかな顔をしている方がいいと思う」


 それは普段の俺が仏頂面だということだろうか。

 まあ、愛想がある方ではないと自覚はしているので何も言えないところだ。


「とりあえず、ナスをハサミで収穫して、コンテナに入れてってくれ」


 ハウスの端に置いてあったカートとコンテナを押して戻る。


「おお、押しただけで前に進む! これは便利だな!」


 カートが物珍しいのか押したり引いたりしてはしゃぐセラム。

 こうして見ていると大きな子供ができたようだ。


「ところで、ナスを収穫する目安はどのくらいだろうか?」

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田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われている2の書影
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