13話 フードコート ②
「ジン殿に付き添ってもらいながら先に食べるのは気が引けてな。私が待ちたかっただけだから気にしないでくれ」
「そうか」
温かいうちに食べるのが一番だが、先に食べるのが気が引けると思うなら無理に食べろというわけにもいかないか。
相変わらずセラムは義理堅くて真面目だな。俺としてはもうちょっと気を抜いてくれてもいいと思うのだけどな。
「セラムさん、なんて
「そ、そそ、そうか?」
……嫁設定を自分で考えたくせに顔を真っ赤にするセラム。
俺は段々と慣れてきたが、まだセラムは不意打ちされると弱いみたいだ。
「逆にお前はもうちょっと配慮しろ」
セラムとは正反対に夏帆は天丼をもりもりと食べていた。
「天丼は熱い内に食べるのが美味しいから」
「だからって食うのが早すぎだろ」
どんぶりには三分の一ほどしか残っていない。
俺が着席した頃に食べ終わりそうって、どんだけ食べるのが早いんだ。
「さて、食うか」
「うむ」
俺が着席し手を合わせると、セラムも行儀よく手を合わせた。
まだこちらにやってきて日が浅いが、「いただきます」だけは妙に様になっている気がするセラムだった。
手を合わせ終えると、セラムが包装紙を手で剝いてハンバーガーを一口。
すると、セラムが驚きに目を見開いた。
「なんてフワフワなパンなのだ! 口辺りがとても柔らかく、小麦の風味が一気に広がる! こんなに美味しいパンは食べたことがない!」
「具材よりそっちの味に驚くって、セラムさんの感想が面白いんだけど」
「勿論、具材との相性も素晴らしいが、こんなに柔らかくて風味が豊かなパンがあるとは……」
「まあ、世界的に大人気なチェーン店だからね。冷静に考えると、いいパン使ってるよね」
パンのあまりのクオリティの高さに、セラムの異世界節が出てしまったが、夏帆は特に気にすることなく笑っていた。
まあ、ハンバーガーを食べて、パンの味に着目する人は珍しいと思う。
「これは美味しい。
はむはむとハンバーガーを食べ進めながら感想を漏らすセラム。
やはり、故郷でも食べ慣れていた食材だけあって、食の進みがいいように思える。
セラムにとってはパンも故郷の味だ。
後で食材を買う時にパンも一緒に買ってやるか。
セラムが問題なく食べ進める中、俺も注文したざるうどんを食べる。
つゆに白髪ネギ、ゴマ、海苔、ワサビを入れると、麺を少し浸してすする。
カップ麺や家で茹でる市販の麺とは、やはりコシが違うな。
綺麗に麺がすすれるし、食べるとしっかりと麺の風味と味を感じられる。
今のような暑い季節だと、こういった冷たいものが食べやすい。
「……ジン殿、それは行儀が悪いのではないか?」
そうやってズルズルと麺をすすっていると、セラムがジトッとした視線を向けながら言ってくる。
「
「……そ、そうなのか?」
「うん、そうやってすするのが一般的な食べ方だよ」
おそるおそるといったセラムの問いかけに夏帆が答えてくれる。
外国人は麺をすする食文化がなく、日本人が麺をすする光景を見てビックリするとテレビなんかで聞いたことがある。きっと、それと同じ現象なのだろう。
「食べたことがないならセラムさんも食べてみなよ」
「えっ、私がか?」
「そうだな。ちょっと食べてみろ」
この季節は冷たいうどんや
それに作るのが非常に楽なので、食卓に上げやすいメニューの一つだ。
しかし、セラムに苦手意識を持たれてしまうと、食卓に上げづらいことになる。
セラムのために別の料理を用意するのは面倒だし、できれば忌避感は持ってもらいたくない。
そんな
「しかし、これはジン殿が使った箸で……これで食べると、か、間接キスに……」
ごにょごにょとセラムが漏らした言葉を聞いて、俺は配慮が足りなかったことを悟った。
「え? セラムさんってジンさんの嫁でしょ? 今さらそこ気にする?」
すぐに別の箸やフォークを取りに行こうとしたが、夏帆にそのような突っ込みをされてしまう。
確かに嫁なのに、今さら間接キスを気にしてるってのは不自然だ。
身近にそんな夫婦がいれば、どれだけプラトニックな付き合いをしていたんだと突っ込みたくなる。
「な、なんていうのは冗談だ! い、いただこう!」
夏帆の訝しみの声を聞いて、セラムが素早く動いて箸を
箸に不慣れながらも、必死に麺を持ち運ぼうと格闘するところが、自らの設定を全うしようとしているように見えて痛々しい。
不器用ながらもセラムは麺を持ち上げてつゆに浸すと、そのまま口に入れた。
「…………」
しかし、すするという感覚がよくわからないのか中途半端に口に含んだままで停止した。
「口で息を吸いこむように、麺をすする!」
夏帆がやり方を説明すると、セラムはちゅるちゅると麺をすすることができた。
「どう?」
「う、うむ。なかなかに美味しいな」
平静を装っているように見えるが、耳が微かに朱色に染まっている。
多分間接キスのことで頭がいっぱいで味はあんまりわかってないだろうな。
セラムが試食を終えると、試食品となったものが俺の手元に戻ってくる。
当然、戻ってきた箸はつい先ほどセラムが口にしたものとなるわけになる。
しかし、夏帆が目の前にいる以上、嫁が使ったからといって箸を別のものにするわけにはいかない。
そんなことをしようものなら不仲なのではないかという邪推を受けることになるだろう。
結果として俺は特に気にした風もなく、そのままセラムの使った箸で食事を再開することにした。
「あっ……」
俺が箸を口に入れた瞬間、セラムがそんな声を漏らして顔を真っ赤にした。
やめろ。俺だって気にしていないわけじゃないんだから、そんな反応するな。
ざるうどんの味がわからなくなるだろう。



