第一章 バカは死んでも治らない ①

【プロローグ】


 女の子の尻に敷かれたい。ケツ圧の餌食になりたいとか考えていたときだったと思う。

 上空から女の子が降ってきた。

 残業を終えた深夜。帰路のことである。

 ひょろガリ童貞の手に負えない非常事態。

 にもかかわらず女の子を受けとめようと走り出していた。

 頭部の鈍い衝撃を最後に俺の意識は途切れた。



 真っ白な空間。目の前には人間を超越した美人がほほんでいた。

 はいっ、死んだ! 俺死んだ!

 筋肉皆無、ひょろガリ童貞が転落した女の子を受けとめるのは無茶ですよね。

 となると、ここは死後の世界かな?

 女の子とは全く縁がない人生でしたね。

 とはいえ絶望するには早いかもしれない。

 現在進行形の超常現象を一言で表現するなら『女神とのかいこう』だろう。

 これ進○ゼミでやったやつ!

 例に漏れずオタクである俺はこの流れに覚えがあった。考えられる展開は一択。

 そう、Web小説のド定番、異世界転生だ!

 きっと俺はとんでもないチカラを授かり、異世界で英雄級の活躍をするのだろう。

 これで三十年間連れ添った相棒──童貞ともおさらば。

 美少女たちとあんなことやこんなことを……どぅふふ。ティッシュ!


「お目覚めになられたようですね。女の子とまともな会話もできない非モテのクソ童貞さん」


 言い方ァ! 第一声から殺しに来てんぞ!?

 微笑を浮かべていた美人が口を開くや否やまさかの罵倒である。

 否定してやりたいところだが、あいにく、事実なので言い返せない。

 おにょれ……!

 だが俺は妹の毒舌により鍛えられてきた男。罵倒耐性には自信しかない。

 この程度、そよ風だ。むしろ気持ち良い。

 それよりも己の身に起きたこと、これからのことを把握しておきたいわけで。


「えっと……貴女あなたは?」

「ああ、自己紹介が遅れましたね。私は人間界で女神と呼ばれる存在です」


 女神──女性の姿をした神。どうりで神秘的な羽衣や雰囲気をまとっているわけだ。


「俺は死んだので?」

「残念ながら」

「死因は?」

「ビルから転落した女子高生と衝突。脊髄損傷が致命傷となりました。ケツ圧の餌食です」


 死に方ァ!


「ふふっ。本望ですね」


 なに笑てんねん。本望かどうかはワイが決めることなんやわ。お前が言うなや!

 だいたいお尻の感触がじんも残ってないんやぞ。頭部にケツドーン!(鈍い音)やぞ!?

 女の子のお尻って柔らかいって聞いてたんですけど!?

 あっ、やばい。不満が爆発する。


「ちょっと、いや、超絶美人だからって何言っても許されると思ったら大間違いだからな!」


 ビシッと指を差して言ってしまった。

 おおっ……!

 いつもは女の子に話しかけられただけでどもってしまう俺がこんなにはっきりモノを言えるとは。

 相手が人間を超越した存在で緊張しなくなっているのだろうか。

 おかげで他人を気にかけられるほど落ち着いてきた。


「それより転落したあの娘は──」

「──ご安心を。貴方あなたのおかげで助かりました」

ちょうじょう


 胸をろす。よし、これで無駄死には回避した。


「人命を救った善行をたたえ、貴方に第二の人生と特典を与えます」

「第二の人生と特典……!」


 うひょ。そうそう、こういう展開欲しかったの。えちえちで脳内が埋め尽くされていた俺である。この展開は願ってもない。


「これから剣と魔法のファンタジー世界に転生、正確にはひょうしていただきます」

「憑依?」

「女神界では異世界転生が殺到して魂の器である肉体が不足しています。業務を円滑に遂行するため、あらかじめ魂の受け入れ先である現地人を選定・調達しておくんです。貴方が憑依するのはこちら──アレンという少年になります」


 これから俺が憑依することになるアレンさんの映像を拝見する。

 あらやだ。思っていた以上にわいい顔してるじゃない。十七〜十八歳ぐらいかな?

 スタイル抜群、年上お姉さんとの相性が良さそうだ。えちえち不可避……!


「ひょろガリ童貞の変身願望を見事にかなえているでしょう?」


 言い方ァ! 口開くたびにディスらないと気が済まねえのか!? 息をするようにいじりやがって!

 弄るなら下半身にして欲しい。そっちなら大歓迎なのに!


「殺しますよ?」


 何も言ってませんけど!? 勝手に脳内を盗み見て「セクハラ最低。死刑!」とかやめていただきたい!


「憑依ってことは元アレンの人格と合わせて二重人格になるってことですよね?」


 俺の人格は闇アレン──もう一人の僕になるのだろうか。いくぜ相棒!


「いえ。残念ながら元アレンの人格は消えて無くなります。彼は孤児院出身、駆け出しの冒険者ですが、間もなく初級ダンジョンで命を落とす運命にあります」


 AIBOOOOOOO!

 胸中で叫ばずにはいられない。複雑な心境になる俺をよそに女神が補足してくる。


「器だけとなったタイミングで貴方の魂を定着させます」


 ふむ。だいたいわかった。でも気になることが一つ。


「ダンジョンで命を落とすってことはわなやモンスターの餌食になってない? 臓物や目玉が飛び出た状態で憑依はちょっと……」


 腐っている、臭うなんて罵倒は前世だけで十分ですからね。へこむ。


「転生特典は【再生】です。貴方の魂がアレンに憑依した瞬間に発動するよう設定されています。もうお分かりですね?」


 さいせい……ああ『再生』か。

 衰えたものや損傷を元通りにするやつでしょ?

 なるほど……! 元アレンの死と同時に俺の人格、魂を注入。

 死因となった外傷は特典である【再生】により回復。正気を取り戻す、と。

 えっ、やばくね? 死を無効化キャンセルとか反則チートじゃん。SSS級確定じゃん。

 何がヤバいって現地美少女(美人)を【再生】すれば感謝されまくりってことですよね!? ドスケベ展開不可避!

 こんなん手にしたらなに仕出かすかわからんって! ティッシュ!


「簡単な説明は以上ですが、何かご質問はありますか?」

「準備万端です!」


 主に下半身が。

 輝かしい未来が待っているのにちんたらする理由などあろうか。いいや、ない!

 真っ白な空間の天井から光が差し込むや否や浮遊感に包まれる。

 いよいよ第二の人生、勝ち組としての異世界冒険たんが始まる。

 前世とは比べ物にならない桃色生活が俺を待っているに違いない!

 かつもくするがいい! ハーレム王に俺はなる!



【アレン】


 などと思っていた時期が俺にもありました。

 どうも。ひょろガリ童貞改めアレンです。新たな旅立ちから三年がちました。

 剣と魔法のファンタジー世界に転生しておきながら童貞歴を更新中。

 手をつなぐことはおろかまともな会話もできないまま。一体なんの冗談や。悪夢や! 悪夢やで!

 世界の外側から「この無能が!」などとしっされそうだが、これにはもちろん理由がありまして。

 この三年間で判明した事実をダイジェストで紹介させて欲しい。


【誤算①モンスター討伐困難】

 これはアレンさんに初めて憑依し【再生】により生き返った直後のこと。


「ぐああああああああああああああっー!」


 俺は岩壁まで──遭遇した最弱系モンスターのスライムに!

 こちらが切れるカードは【再生】一本。

 しかも相手はぬるぬる機敏ときた。装備品のナイフが当たんねえことといったらもう!

 おかげで「ぐああああああああああああああっー!」やぞ。

 想像してみ? イマジン。

 スライムが相手やで?

 最弱モンスター代表格に絶叫する異世界転生者なんて見たことある? あるかそんなもん!

 なにが「刮目するがいい! ハーレム王に俺はなる!」やねん。恥っず。

 もちろん平和ボケした日本からファンタジー世界に転生した直後のことだ。

 地道なレベリングでスキルや魔法を取得していく流れやと思うやん。

 ワイもそうやって己を鼓舞してたんや最初は。そんな期待をひねり潰す事実が次だ。


【誤算②レベルアップ&スキル・魔法習得不可】

刊行シリーズ

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