第一章 バカは死んでも治らない ②

 いや草ァァァァァァァァァァァァ!

 この事実が発覚したことで俺はダンジョンに潜ること、冒険者として成り上がること、英雄を目指すことがおっくうになっていた。

 何が致命的って素手以外の攻撃手段を得られないことである。

 ゴブリン相手に「ステータス!」でイキることさえ許されないという。

 ありえへん!


【誤算③痛覚切断不可】

「痛ったああああああああぁぁぁぁっー!」


 例に漏れずスライムの攻撃を受けたときの俺である。

 あのぷるぷる野郎、俺が雑魚であることをいいことに、伸縮性を生かしたロケット弾丸攻撃を編み出しやがった。

 スライムの方がレベルアップしてやがるじゃねえか。

 鳩尾みぞおちに食らったときの痛みといったらもう。最弱のまま最終形態となったアレンさんが「今のは痛かった…いたかったぞ──!」とブチギレるほどだ。

 痛みが嫌で防御力に極振りした異世界転生者の気持ちが痛いほど理解できる。

 たしかに【再生】は最強の転生特典。それは認める。

 どんな罠やモンスターの餌になりかけても瞬く間に完治するんだから。

 しかも発動に必要な魔力も微量。

 だが【再生】が真価を発揮するのは己が負傷したとき。痛みを味わったあとになる。

 これが俺にトラウマを植え付けた。癒えるならいいじゃんと思ったヤツ。

 想像して欲しい。鼻を殴られて骨折、ドバドバ出血したとしよう。

 激痛を味わったあと、一瞬で完治、もう一発殴られる。地獄やぞ。ドMでもごめんやわ。


【誤算④パーティー結成全拒否】

 これは俺のコミュ障も悪い方に働いた。加えて数々の誤算。俺を仲間にしたがる冒険者なんているわけがない。

 俺は己の立ち位置を把握するのは得意である。伊達だてに前世で「身の程をわきまえろ」と言われてない。

 仮にパーティーに加入できたとしても逃げ惑うことしかできない俺の扱いはお荷物の雑用係だろう。話しかけた時点ですでに見下されているのだからそうなるのも時間の問題だ。

 なにより【再生】が強力過ぎる。いいように利用されるのがオチだ。

 チカラが偉大過ぎて打ち明ける人選に膨大な時間と労力が必要になる。

 結局俺は前世でも異世界でもソロプレイヤー。人はそれをボッチと言います。涙目。


【誤算⑤教会の権力】

 俺の転生先である帝国には巨大な教会が存在する。早い話が自己治癒能力を向上させる【回復ヒール】は奇跡の技──神から授かりし神聖なるチカラなどとのたまう巨大組織である。

 キナくさい。俺より臭う。

 能力の必要性──需要の大きさは今さら語る必要はない。

 案の定、教会には金と権力と欲望が集中している。

 帝国から政権奪取する隙をうかがっているうわさも広がっているほど。

 そんな中で【再生】を発動すればどうなるか。

 甘い罠ハニートラップを仕掛けられるのも時間の問題である。目をつけられたが最後、女に甘い俺にあらがえる術はない。

 考えたくないが薬漬けによる都合のかいらいになる恐れすらある。まあ【再生】は毒や薬にも効くので恐れるに足らずではあるのだが。

 以上の誤算により絶対イキリたいマンの俺が【再生】を人前で発動することができず、爪を隠し続けなければいけないという。

 俺の異世界英雄譚どこ行ったん?



 はい、というわけでやって来ました奴隷商。帝国には奴隷の売買が盛んに行われておりまして。

 IQ85の俺はひらめいた。

 奴隷からやりがい、金、性を搾取し、自給自足しようって。

 奴隷という立場上、ご主人さまは絶対の存在。これすなわち「パンツ見せて」「ぱふぱふして」と命令し放題。

 奴隷紋と呼ばれる絶対遵守の呪いにより【再生】の口外を禁ずることもできる。

 モンスターは倒せない、レベルアップやスキル・魔法を習得できない、痛覚は切断できず弱点を補うためパーティー加入も不可。

 加えて腐敗臭ただよう巨大組織が監視の目を光らせているという絶望的な状況にもかかわらずこの切り替えの早さ。天才か。

 どんな・病気も再生できるというチートを授かったものの、戦闘面でザコの俺は爪を隠し続けた。

 ありがたいことに【再生】は強度をコントロールできる。これが俺の生命線となった。下位互換である【回復】まで効果を落とし、治療院で銭を稼ぐことができたのだ。

 長かった、長かったで……! 異世界転生から三年。ようやく小金持ちである。

 余談だが【再生】は不老である。己に発動すると若返ることができるため、アレンさんは年を取りません(少なくとも外見は)。

 女の子とえちえちするためなら数年単位の労働など造作もない。元社畜をめるなァ!


「ククク……奴隷商へようこそ。特A、A、B、C、Dランク──どれを見たい?」


 雰囲気バッチリの奴隷商人。

 正直不気味すぎる。チミ、瞳どうなってんの? なんか暗くない?

 まれてしまった俺は、案の定、


「ゼンブミセテ!」


 声が裏がえっていた。恥ずい。帰りたい。



 ふおぉぉぉー! 奴隷商しゅごい! 大金さえはたけば、美少女(美人)を好きにできるの!?

 異世界最高過ぎない!?

 異世界に転生憑依してから三年。未だ俺TUEEEどころか、NAISEIも未経験の俺は興奮を隠しきれなかった。

 日々、銭を稼ぎ回ったかいがあったというものだ。

 とはいえ、だ。

 結論から言うと高い。異世界の奴隷は高過ぎる! 某女優のように叫びたい気分だ。

 特Aの奴隷なんて話にならない。三年の稼ぎなんてミジンコである。破格。もう桁がおかしい。

 竜を狩り、買取できるような冒険者で手が届くお値段。

 クソッ、結局異世界も金次第ってか。俺の経済力はたったの3。め……!

 というわけで、あらかじめ温めていた秘策を切るときが来た。

 名付けて「売り物にならない奴隷、引き取りますよ」作戦だ。


「だいたいわかった」


 とりあえず何か頭良い系の台詞せりふを吐いておく。こういうの雰囲気大事。アレン知ってる。


「気になった奴隷はいないのか?」


 と奴隷商。彼はきっと「なにがわかったんだよ笑」とバカにしているに違いない。

 どうやら俺に役者の才覚はない。能あるたかは爪を隠す系主人公は俺には早かったようだ。

 しょせん俺は「バカですけど何か?」系主人公というわけか。嫌すぎるぜ!

 もし奴隷商人が扱う奴隷がDランクまでなら用はない。

 それこそ帝都には腐るほど奴隷がいる。

 俺が狙うのはあくまで掘り出し物だ。


「……他にはいないの?」


 意味深の表情で奴隷商人を凝視する。

 てめえの本気はそんなもんか。俺の目はごまかせねえぜ。あるんだろ? とびっきりの隠し玉がよ、的なオーラを全身から放つ俺。

 ちなみに人はそれを体臭と言います。ただの臭いじゃねえか! 凹む。


「!」


 俺の「全てお見通しデース。マインド・スキャン!」言動が功を奏したのか。

 こいつデキる……! と言わんばかりに目を見開く奴隷商人。

 おいおい、見くびるなよ。腰が引けてるぜ?

 このとき奴隷商人が「バカ過ぎぃぃぃ! 不良在庫を押しつけてやれ!」と腹に黒いものを渦巻かせていたことを知るのはずいぶん後のことだ。

 そんなわけで連れて来られたのは、店の最奥──劣悪な環境だ。

 とてもじゃないが住めない。ここで取り扱われている奴隷たちに人権など存在しないことが五感でわかる。


「……彼女たちは?」


 若干、声音に軽蔑が入り混じったことは隠せない。

 俺は寝取られや陵辱、催眠系もイケるオタクだが、二次元限定だ。現実の女の子にひどい仕打ちをするのは萎えるどころか、殺意が湧く。

 目の前には二人の少女がいた。

 共通しているのは光を失っていること、片腕がないこと、瘦せ細って骨が浮かび上がっていること。

 このまま放っておけば間違いなく栄養失調で死ぬだろう。


「耳のとがったライトグリーンの髪の女はエルフでも最上位にランク付けされるエンシェント・エルフ。もう片方、銀髪の女はエルダー・ドワーフ。二人とも希少種だ」


 この世界には亜人と呼ばれる種族が存在しており、その中でも希少種がいる。

 それに該当する彼女たち、本来の価値は特Aをはるかに上回るだろう。

 健全な状態であれば。


「この奴隷二人をもらおう。いくらだ」

「では──」


 奴隷商人が提示してきた金額は俺の貯金が一瞬で吹き飛ぶそれだった。

 奴隷には人頭税がかかる。買主には衣食住を与える義務も発生する。

 希少種とはいえ、彼女たちを買うような人間はだろう。

 このときの俺はとにかく彼女たちに早く尊厳を与えてあげたくて仕方がなかった。

 これでようやく【再生】の本領を発揮できる。

 ……ん? ちょっと待てよ。アレンこれ知ってる!

 負傷した奴隷が回復して「ご主人さま素敵! 抱いて!」になるやつ!?

 絶対そうだって! しかも余裕の再現性。繰り返せばハーレム確定!

 はいキタこれ。ずっちょ俺のターン!

 クール系主人公を装いながら内心で浮かれまくる俺。

 よもや二人の購入をきっかけに統合型リゾートが完成し、魔王に仕立て上げられるなんて夢にも思わない。

 俺が勇者に危険人物だと認知されるまでのカウントダウンが始まった瞬間だった──。

刊行シリーズ

奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが4の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが3の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが2の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだがの書影