第二章 奴隷が生産チートで自重しない ①
【アレン】
俺は己の無計画さを呪った。
奴隷を安く買うつもりだったはずが、貯金がほとんど残っていないからである。
想定外です。想定内だったことなんてこれまでの人生で一度もありません。
クソッ、無能すぎる!
百戦錬磨の奴隷商人に
悲しいかな人数分を毎晩支払う経済的余裕がないわけで。
どげんかせんとあかん、と思った俺は帝都の山奥に荒廃した修道院を発見。
ここをひとまず生活の拠点とすることにした。
奴隷の名はシルフィとノエル。前者がエンシェント・エルフ、後者がエルダー・ドワーフという種族らしい。
それ以外、何もわかりません。
二人は自分のことを話したがらないし、奴隷商人から預かった【鑑定紙】が読めん! これなんて書いてあるのママぁ!
ひょろガリ童貞の俺が憑依したアレンさん、文字の読み書きができません。
おかげでシルフィやノエルのステータスが一切把握できないという。
異世界転生必須の【翻訳】は自力でやれってことですか……!? マジで【再生】オンリーじゃねえか! 思ってたよりハードすぎんぞ俺の異世界生活。
これで日常会話さえ支障があったらブチギレていたところである。
というわけで食料確保は急務。前世で人類が編み出した偉大なる発明、農業に取りかかる必要がある。
というわけで異世界転生の定番である芋畑を耕そうと試みたときである。
「何をしているのかしら」
とシルフィ。瘦せ細っていた姿を思い出すことが難しいぐらいに美人さんになっていた。
ライトグリーンの髪は艶を取り戻し、直視できないほど。くっ、
お美しい容姿と相まって視線を合わせられないこともしばしばである。
いかにも童貞くさい反応。つらたん。
なんとか冷静を装いながら、
「ああ、これ? 芋を育てようと思ってさ」
「えっ……?」
まるで信じられないものでも見たかのような反応。
「もしかして芋嫌いだった!?」
異世界転生の定番、芋は瘦せた土壌でも育ち、放っておいても勝手に育つ。
宿代すら払えない俺にとって心強い味方だったんですけど……。
「いっ、いえ……その、あなたが育てるの?」
「うん……」
「そう……」
えっ、なにこの空気!?
お美しい顔が
というか、妙に「あなたが」を強調された気がする。
ナニに触れたか分からないひょろガリ童貞の芋なんざ食えるわけねえだろ、みたいな?
もしくは自給自足で食費を浮かそうなんて、金のねえご主人様だな、とか?
シルフィは見るからにいい女。舌が肥えていてもおかしくないですもんね。
本当は【再生】を都度発動することで空腹感を飛ばし続ける裏技もあるのだが『住』をケチっている手前『食』まで奪うわけにはいかない。
せめて食べる喜びは与えてあげたかったんだけど……。
くっ、さっそく経済力のない男として認定されてしまった。
だが、これが俺の精一杯。
せめて芋が調達できるまでひもじい思いをさせないようにしよう。
「これ食べなよ」
「これも
「おかわりもあるからさ」
と貯金を取り崩し、帝都で調達した食料を惜しみなく提供する。
エンゲル係数爆上がり! アレンさんまいっちんぐ!
だが、ピンチはチャンスでもある。発想を転換しよう。
これを機にシルフィとノエルには肉を付けてもらい抱き心地を良くしてもらうのだ。
いずれ来るにゃんにゃんのために。
警戒心も解いてもらえるかもしれない。悪くない。ありよりのありですな。
人はこれを餌付けと言います。凹む。
正直に言えば健康的な肉体を取り戻したシルフィとノエルの反応は予想外だったわけで。
てっきり「ご主人さまカッコいい!」になると思っていた。
それが「「…………」」である。早い話が警戒されているのだ。
美人(美少女)の
奴隷を買ったら自然にえちえちできるんじゃないの!?
なんの冗談か二人は警戒心を一切緩めることなく、俺を見極めるようと観察する日々。
ひょろガリ童貞の俺に「エッチ!」など要求できるわけがない。きちぃぜ。
気がつけば俺は二人の感情に整理がつくまで食料を恵み続けるご主人さま。
どうやって距離縮めたらいいんや! なんも分からん!
あっ、お金が足りないので治療院に出稼ぎに行かないと!
「帝都に行って来るからシルフィとノエルは
【シルフィ】
私はアレンという人間を見極めるため、観察眼を光らせていた。
光を取り戻させてくれたこと、全身の損傷を【再生】してくれたことには感謝しているわ。けれどこのチカラは偉大すぎる。
治癒魔法は自己治癒能力の活性化が限界。それがこの世界の常識。
にもかかわらず彼は光を失った両目と千切れた腕を
ただ者じゃない。警戒し過ぎることはないわ。
そんなある日のこと。アレンが動いたわ。
「何をしているのかしら」
「ああ、これ? 芋を育てようと思ってさ」
「えっ……?」
「もしかして芋嫌いだった!?」
「いっ、いえ……その、あなたが育てるの?」
「うん……」
「そう……」
私は驚きを隠せなかった。
なにせエンシェント・エルフとしてのチカラを取り戻した
奴隷商人から受け取った彼がその現実を知らないはずがない。
奴隷紋が刻まれた現状、命令一つでこと足りること。私に抗う術はないもの。
にもかかわらず自分が汗をかいて芋畑を耕そうとしている……。
それもおそらく私とノエルを食べさせていくために。
真意が読めないわね。何かを
エンシェント・エルフの私とエルダー・ドワーフのノエルを手懐けて何かさせようとしている……?
脳内で必死に考える私をよそにアレンの優しさが次々に押しかけてくる。
「これ食べなよ」
「これも美味しいよ」
「おかわりもあるからさ」
奴隷に
餌付けという言葉が脳に過ぎりながらもそれらを平らげてしまう。
アレンはそれを微笑ましそうに眺めていたわ。
なにせ自分の食事でさえ分け与えてくる始末。
「帝都に行って来るからシルフィとノエルは
えっ、まさか奴隷を置いて一人で行くつもりかしら!?
いくら奴隷紋が刻まれているとはいえ現在の私たちなら行方をくらませることなんて簡単よ?
まさかもう私たちを信じているとでも? いや、それとも試されている……? わからない。アレンという男が全然
危険な橋を渡っているとは思いながらもアレンの後をそっと付いていくことにした。
私は風に愛された種族エルフ。風に同化し姿を隠すなんて造作もないわ。
そこには治療院に駆け込み日銭を稼ぐアレンの姿があった。
けれど発動しているのは私たちにやってみせた【再生】ではなく、下位互換の【回復】。
彼は英雄として讃えられるチカラを手にしておきながら、それに溺れることなく自制できる人格の持ち主だった。
もしかしたら私たちに尊厳を与えて、命令しないことは当たり前で、そこに打算や下心などないのかもしれない。
少なくとも親近感を覚えさせるのには十分な光景。
私とノエルの警戒心が解けるまでに時間はかからなくなり始めていた。
【アレン】
シルフィとノエルと生活を共に送るようになってから三月。
芋が収穫できる頃。俺は奴隷を買ったことをいよいよ本格的に後悔し始めていた。
気まずい……!
こちとら女の子とまともに会話したこともないコミュ障、ひょろガリ童貞である。
顔面偏差値が高過ぎるシルフィとノエルは視線が合うだけでドキッとしてしまう。
何を話しかけていいかわからない。



