第二章 奴隷が生産チートで自重しない ②

 さらにノエルに話しかけても「そ」「わかった」「感謝する」だけ。愛想がありません。レパートリー少なすぎんぞ。ファービーの方がまだ俺に構ってくれたわ!

 いや、おそらくこれが彼女の素だ。避けられているわけでも嫌われているわけでもない。うそでもいい。そうだと言ってくれ。

 もういっそ奴隷紋を解いた方がいい説まである。そんなことが頭に過ぎり始めたとき。

 俺は耳を疑う信じられない告白を耳にした。


「まさか本当に収穫まで育てるなんて……はぁ。食料を調達する必要があるなら私に命令すればいいじゃない。一瞬よ?」

「え?」

「【鑑定紙】を預かったあなたなら私に固有属性があることは知っているでしょう? どうしてそれを利用しないのかって聞いているのよ。ほら、木魔法ならこの通り」


 あきがおのシルフィさん。お美しい。いや、れている場合じゃない。

 それよりも目の前に広がっている光景に目を見張ってしまう。

 シルフィは植物の種らしきものを蒔いたかと思うと合掌。おそらく木魔法を発動した。

 なんと瞬く間に発芽・成長・結実! ……なん……だと!? チートやんけ!

 すぐさま【鑑定紙】を取り出す俺。そこには相変わらず意味の分からない文字の羅列──例えるならルーン文字が近い──がびっしり。だから読めるかァ!

 なんて書いてあんねん。さっぱりやぞ。

 だが、「読めん!」と打ち明けていいものだろうか。

 男はいつだって女の子にを張りたい生き物である。

 馬鹿正直に打ち明けてしまったが最後、まともな教育を受けていないことが露呈する。

 だが文字の読み書きができることを装う場合、上手な噓が必要だ。

 でないと俺は植物を一瞬で結実させることができる魔法、それを命令できる立場にありながら三ヶ月間、一心不乱に芋を育て続けた変態芋野郎になってしまう。

 ドクドクドクと心臓の音がうるさい。

 落ち着け……! 機転だ。機転を利かせろ。俺に対する評価を下げず、あわよくば上方修正できるよう言葉を捻り出すんだ!


「……魔法って表裏一体でさ。使う者によって毒にも薬にもなる。自分は何でもできる、何をしてもいいって勘違いする恐れもある。だから俺は他人に魔法を強要しないようにしてるんだ。人のためになりたいと願ったとき、自分の意思で発動することが大切だからさ」


 くっ、苦しい……! 苦し過ぎて平静を保てない。

 きっといまの俺は渋い表情をしているに違いない。堪えろ。堪えるんだアレンさん……!

 かつてこれほどまでに刺さるブーメランがあっただろうか!

【再生】を授かった俺は女の子に『何でもできる』『何をしてもいい』って勘違いしてた! あんなことやこんなことし放題って本気で信じてました!

 人の為になりたいと願ったとき、自分の意思で発動することが大切?

 どの口が言う!?

 俺はただシルフィとノエルとにゃんにゃんしたかっただけじゃねーか!

 俺は自分が恥ずかしいよ!

 人の為と書いて『にせ』と読むのは伊達じゃないということか。

 何を言っているかわかりませんよね。俺もわかりません!



【シルフィ】



「まさか本当に芋を収穫まで育てるなんて……はぁ。食料を調達する必要があるなら私に命令すればいいじゃない。一瞬よ?」

「え?」

「【鑑定紙】を預かったあなたなら私に固有属性があることは知っているでしょう? どうしてそれを利用しないのかって聞いているのよ。ほら、木魔法ならこの通り」


 先にしびれを切らしたのは何を隠そう私の方。

 エンシェント・エルフとエルダー・ドワーフを【再生】しておきながら利用せず、手も出してこないアレン。

 彼の優しさに感謝はしているわ。けれど一方的な善意に疑心暗鬼になっていることも事実。

 共同生活を始めて三月が経った。

 アレンの真意をはっきりさせたかった私は見せびらかすように木魔法を解禁する。

 種を蒔いて合掌。瞬く間に発芽・成長・結実させる。

 内心で功を誇ってしまっていることは否めない。

 利用されることに忌避感を覚えておきながらこの感情。相反しているわね。

 これは植物を一瞬で収穫可能にしてしまう木魔法。

 きっとこれまで隠していた彼の本性が現れるはず。目の色が変わるに違いない。

 そう確信していたわ。アレンの次の言葉を聞くまでは。


「……魔法って表裏一体でさ。使う者によって毒にも薬にもなる。自分は何でもできる、何をしてもいいって勘違いする恐れもある。だから俺は他人に魔法を強要しないようにしてるんだ。人の為になりたいと願ったとき、自分の意思で発動することが大切だからさ」


 心の傷が開いたような表情で彼はそう言った。まるで己にそう言い聞かせるように。

 噓をついていないことは目を見ればわかるわ。つらそうな顔。

 アレンの言葉には説得力があった。いいえ、説得力しかなかったわ。

 きっと彼は【再生】を授かったときに『何でもできる』『何をしてもいい』と勘違いした過去があるのよ。自分は選ばれた人間だって。

 けれどそれが間違いだと気付かされる何かがあった。きっとそれから能力を隠すようになったのよ。

【再生】の効果を【回復】まで落とし、治療院で日銭を稼いでいるのが何よりの証拠じゃないかしら。

 ──人の為になりたいと願ったとき、自分の意思で発動することが大切だからさ。

 そういうことだったのね。彼が魔法を強要しない理由が今はっきりしたわ。

 本当なら口先だけの男と評価するでしょう。

 けれどアレンには行動が伴っている。現に私はその光景を治療院で見てきたから。

 私は自分が恥ずかしくなったわ。


「ノエル。少しいいかしら」

「構わない」

「身の処し方について話し合いましょう。私はアレンの負担を軽くするために木魔法を発動しようと思うの」




【アレン】


 なんじゃこりゃぁあ!

 俺は太陽シルフィにほえた。うそ、ほえそうになった。

 俺のことを芋野郎だと認識したのか、シルフィが一切自重しなくなっていた。

 荒廃した修道院の外側──畑区域に小麦、じゃがいも、大麦、大豆が育てられているという……。

 昨夜には無かった光景である。

 こっ、これは間違いない……! 植物チート! 植物チートだ! おにょれシルフィ!




『農業を極めたら有能領主になっていた件』の主人公枠を俺から奪い取りに来やがったぞ……!

 発芽・成長・結実が一瞬の木魔法。あかんかすむ! アレンさんが霞んでまう!

 やめさせないと! こんなの絶対やめさせないと!

 正確なデータではないが、妻の稼ぎが大きい夫婦は離婚例が多いらしい。

 男が自尊心を満たせず夫婦関係にゆがみが生じてしまうことが一因だ。

 どことなくそれに似た雰囲気を感じる!


「シルフィ、無理して木魔法を発動する必要はないんだよ?」

「あなたの負担になっているでしょう? 穀物や根菜、豆は私が用意するわ」


 見ていてくれたかい諸君。殺したよ。シルフィが俺を殺したよ。

 ふざけるな! ふざけるな!! 馬鹿野郎ォォォォ!

 こっちは俺TUEEEできず自給自足に切り替えた、NAISEIに転職した身やぞ!

 もうこれしか残ってへんねん。頼むからイキらせてくれ! 頼むから!


「でも……」アレンさん、食い下がります。


「私には固有スキル【げんじゅ】があるわ。魔法の根幹をつかさどる心臓と両目を治療してくれたおかげでこの通り。私の意思で発動したのだけれど……ダメだったかしら」


 私の意思で発動。それ先日ワイが言った台詞……! 揚げ足まで取ってきよったで!

 シルフィさんは胸中でこうおっしゃられている。


「私の能力も使いこなせねえのかクソ野郎。いい女に野宿&不味まずい飯を食わせんな!」


 宝の持ち腐れすんじゃねえ! お前のやることは遅すぎる──マジもんのスローライフなんか誰が見たいって言いたいんですか!?

 資金が底を尽き女の子に野宿を強要した結果、スーパーモデルのような美人に「食わしてやらあ」と宣言されるヒモ男はどこのどいつだい? あたいだよ!

 全く予想だにしていない農業チートの始まりに俺の肩身はどんどん狭くなっていく。

 こういうのって普通、俺がするもんじゃないの?

 ……まだだ! まだ諦めるのは早い。

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奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが4の書影
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