第二章 奴隷が生産チートで自重しない ③

 植物チートがダメならDIYチートに切り替えるまで。Do It Yourself!

 というわけでコンクリートを発明、生活環境を整える準備を進めていたときだ。


「モノづくりの匂い。私も混ぜて欲しい」


 なんと声をかけて来たのは俺のことを路傍の石ころと勘違いしている(と思われる)ノエルだった。



「何を造るつもり?」

「いつまでも荒廃した修道院で二人を過ごさせるわけにはいかないと思ってさ。コンクリートによる建造物を目指そうかなって」


 男というのは知識を見せびらかし、女の子に「すごーい♡」と褒めて欲しい生き物だ。

 もちろん俺も例に漏れず。

 だが、『話す』は『離す』でもあるということを忘れてはいけない。

 知識をひけらかし気持ち良くなる相手は慎重に選ぶ必要があった。

 ちなみにこれをあとの祭と言います。


「ああ、コンクリートっていうのはセメントを水・砂・砂利で硬化させたもので」

「えっ? もっと聞きたい? 仕方ないなー。ノエルにだけ教えてあげる。他言禁止だからね?」

「セメントの主原料は石灰石。これはもう帝都で手に入れたから粘土と石英を調達するつもり。どちらも入手は簡単な素材だからね。それらを配合・調整する」

「コンクリートの強度は高くてけんろうだけど引っ張り強度を補うためシルフィにお願いして竹を生やしてもらおう。本当は鉄筋が良いんだけど代わりになってくれるはず」


 つい夢中になって女の子にマシンガン解説してしまう。誰がどう見てもオタクである。ブヒブヒ。鼻息が荒くなっていたかもしれない。

 話し終えて、またやっちゃったかと思いきや、


「だいたいわかった」


 俺のすぐそばで話を聞いてくれたエルダー・ドワーフのノエルが興味深そうにしていた。

 彼女は俺の知識自慢を黙って聞き入ってくれただけでなく、いつもは無機質な瞳を光らせ、絶妙のタイミングであいづち、話すことが気持ち良くて止まらない反応をしてくれた。

 いつもの無愛想が噓のようである。

 気持ちいいチョー気持ちいい! 俺のつまらない話を最後まで聞いてくれるなんて感謝しかない。

 作業に取りかかり、DIYチートでイキリ倒そうと腰を上げた次の瞬間、


「アレン、貴方は座っていればいい」


 となぜかやる気満々のノエルさん。

 あのちょっ……、


「【抽出】」


 あー、あかん! これ俺の功績全部吸い取られるやつや! 本能がそう告げてきよる!

 ノエルの足元に巨大な魔法陣が展開、地面から粘土と石英を調達しやがった。

 世界中に存在し、入手が容易な材料とはいえ、一瞬で手中ですと!?

 出たぞ! こいつもチート持ちや!


「【粉砕】」


 魔法を発動し、セメントの原料を粉砕するノエル。男の俺がしようと思っていた労働を涼しい顔でやってのける。

 あっ、ノエルたん、今ニヤッてした! 口角の端を持ち上げよった!

 ドワーフとしての血が騒いでやがる!


「【焼成】」


 乾燥や混合を手際良く済ませるノエルは火魔法を発動。

 1,000℃の高温まで操作してみせる。原料を難なく焼成ですか。普通できへんやんそんなん。言うといてや、できるんやったら。


「【急冷】」


 ノエルいわく、火魔法の真髄は熱操作にあるらしい。ドワーフはほぼ例外なく熱操作にけているとのこと。

 セメント造りには水で固まる性質を持たせるために急激に冷やす過程が生じる。

 ぼーっと見ている間にセメントが完成。

 水と砂と砂利を混ぜて硬化したらあら不思議、コンクリートになります。


「シルフィ。竹を生やして欲しい」

「ええ。わかったわ」


 とシルフィさん。ズバババ! と地中から竹が生えてくる。

 うんの呼吸。見事な連携である。これがエンシェント・エルフとエルダー・ドワーフ真の実力……!

 シルフィとノエル半端ないってもぉー! アイツら半端ないって。

 しかもシルフィが生やす竹には魔力が込められており鉄筋と比較しても劣っておらず、むしろまさっているときた。

 そういえば俺が芋野郎認定されてからシルフィはノエルと話し合うことが多くなっていた。

 これはあれだろうか。俺の聞いていないところで、


「あの男、マジ経済力皆無。こんな汚い修道院で女を野宿させるとかサイテーだわ」

「同感」

「豚は使えないから私たちでなんとかしましょうノエル」

「同じこと考えていたシルフィ」

「これからはエンシェント・エルフの私が『食』を──」

「──エルダー・ドワーフの私が『住』を改善する」


 などと悪口で盛り上がり、俺が全く望まない形で友情が確固たるものになったに違いない。泣くでホンマに。

 補足すると、コンクリートは現代文明を象徴する優れた素材だが、硬くなるまでに時間を要する。

 家に使えるようになるのには一月以上かかることも珍しくないのだが、


「【硬化】」


 クソが! なんでもかんでも魔法で済ませやがって! これだから最近のヒロインは!

 諸君、ドワーフに現代知識を自慢することなかれ。消えるで? 存在感が。

 こうして鉄筋コンクリートならぬ竹筋コンクリートにより新修道院が建てられた。

 奴隷がぜんぜん自重してくれへん。



【ノエル】



「ああ、コンクリートっていうのはセメントを水・砂・砂利で硬化させたもので」

「セメント主原料は石灰石。これはもう帝都で手に入れたから粘土と石英を調達するつもり。どちらも入手は簡単な素材だからね。それらを配合・調整する」

「えっ? もっと聞きたい? 仕方ないなー。ノエルにだけ教えてあげる。他言禁止だからね?」

「コンクリートの強度は高くて堅牢だけど引っ張り強度を補うためシルフィにお願いして竹を生やしてもらおう。本当は鉄筋が良いんだけど代わりになってくれるはず」


 アレンの話が面白い。ドワーフとしての血が騒ぐ。こんなことは初めて。

 シルフィ曰く、彼は信用するに値するかもしれないとのこと。

 万能の彼女がそう言うなら信じられる。

 でも退屈な日々が終わることは期待していなかった。

 していなかったのに。

 気がつけばアレンから目と耳が離せなくなっていた。

 話を聞けば私たちの生活環境を改善したいらしい。

 鉄筋コンクリート、聞くだけで楽しい。それをエルダー・ドワーフの私に話してくれたのがうれしかった。


「【抽出】」「【粉砕】」「【焼成】」「【急冷】」「【硬化】」


 アレンの言った手順で進めていく。

 出来上がっていく素材、これはもうえい

 瞬く間に完成した新修道院を眺めながら私は確信する。アレンはただ者じゃない。

【再生】もすごい。それを見せびらかさないところもすごい。

 驚くような知識を持っていたのにそれをずっと自慢しなかったのもすごい。

 けど興味関心を示したら「えっ? もっと聞きたい? 仕方ないなー。ノエルにだけ教えてあげる。他言禁止だからね?」と甘やかしてくれた。

 こんなに楽しくて、金に匹敵する知識・知恵を教えることを惜しまなかった。優しい。器も大きい。

 気がつけば私もシルフィと同じようにアレンの負担を軽くしてあげたいと思い始めていた。退屈な日々がしゅうえんした。



【アレン】


 なんじゃこりゃぁあ!

 俺はノエルにほえた。うそ、ほえそうになった。

 目が覚めると新修道院が三つになっていた。昨夜には一つしかなかったのに……!

 なかったのに……!


「アレンとシルフィ、それから私。三人分建ててみた」


 どこからともなくひょこっと現れるノエルさん。

 相変わらず感情の読み取れない無機質な瞳。しかしその奥に達成感のようなものを感じるのは俺の勘違いだろうか。勘違いですか。そうですか。

 ノエルはじぃーっと俺を凝視したかと思いきや、シルフィへと視線を移して、


「褒めて欲しい」


 !?

 俺を目の前にしておきながらシルフィに褒めて欲しいだと?

 ご主人様の目の前で堂々と言い張りおって! 舐められとる。これ絶対舐められとる!

 人数分の新修道院建設はおそらくシルフィの指示だろう。俺と離れて暮らすことが悲願だったに違いない。

 旧修道院はオンボロの上にオタクくさいひょろガリ童貞と同じ屋根の下で過ごさなければいけない。

 おまけに金なし。才能なし。しょせん【再生】だけの見かけ倒し。無能である。

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