第二章 奴隷が生産チートで自重しない ④
そんな男に「いつ襲われるかもしれない不安と恐怖に駆られる生活はもう嫌だ」そう言いたいですか貴女
なんでこんなことするんですかァ!!
あまりのショックで頭が真っ白になる俺をよそに微笑を浮かべるシルフィ。
「アレン。ノエルを褒めてあげてもいいんじゃない?」
おかしいよ! こんなの絶対おかしいよ!
シルフィさんはこうおっしゃられておられる。「おめえと同じ部屋は臭えんだよ豚が! 家はこっちが用意してやったんだ。つべこべ言わずにさっさと褒めやがれ」
ヤクザや! 目の前に立っているのは美の女神やない。ヤクザや!
おのれシルフィ&ノエル……! 俺が本心を口に出せないムッツリスケベであることをいいことに。やりたい放題しやがって。
このまま引き下がるアレンさんではないわ!
納得できないことしかなかった俺はお得意の機転を利かすことにした。
ここまでボコボコにされておきながら胸中で泣き崩れるだけなんてあまりに
シルフィが嫌味を言ったことは理解している。ノエルがそれに協力していることも。
だが、対外的に俺はノエルを褒めていいことになっている。すなわち見るからに柔らかそうな頭を撫でていいということである。
ナニに触れたかわからないような俺の手をノエルの頭に乗せていいということ。
ぶははは! 転がされてもただでは起き上がらないこの発想。
知将、否、恥将の変態ドスケベとは俺のこと。舐めるなァ!
俺を敵に回す=セクハラ上司の誕生であることを身を持って味わうがいい!
「ありがとうノエル」
うわ、さらさらー!!!! めっちゃサラサラー!!!!
えっ、なにこれ! 女の子の髪って触れただけでこんなに心地良いものなの!?
しゅごーい!
ノエルの銀髪は思った通り、いや、想像の何倍も手触りが良く、俺の心は見事にさらさらになった。そう浄化されたのだ。幸せすぎる。今なら天に召されてもいい。
【シルフィ】
「褒めて欲しい」
アレンをジッと見つめていたノエルがそんな本心を口にした。
どうやら少し照れているように見えるわね。本人に対してではなく私に言ったのが何よりの証拠だわ。
ノエルの口数は少ない。基本的に彼女はモノづくり以外、興味関心が薄い女の子。
そんな彼女がご主人様であるアレンに「褒めて欲しい」ね。ふふっ、可愛い。
だから私は二人に助け舟を出すことにした。
「アレン。ノエルを褒めてあげてもいいんじゃない?」
どうかしら。これならやりやすいでしょう?
「ありがとうノエル」
えっ、噓!? なっ、撫でるの?
アレンの手って意外と
羨まし──!?
いやいや落ち着きなさいシルフィ! 美の象徴、最上位のエンシェント・エルフである私が羨ましいなんてことは──。
……。
…………。
………………。
とりあえず明日から収穫できる食物を増やそうかしら。べっ、別に他意はないわよ?
【ノエル】
アレンの手が温かくて心地いい。
悪い人じゃないと思う。
……えへへ。
【アレン】
人生は選択の連続。判断次第で未来が激変すると言っても過言じゃないわけで。
分岐点。そんな言葉が脳裏によぎる。返答一つで己の運命が決定してしまう緊張感。
ヒリヒリするぜ。
「アレンが私たちを買った理由──真意をそろそろ聞かせてもらえないかしら」
畑で手入れをしていた俺が「大きくなったね」と芋にコミュニケーションしていたときのことである。
背後から声をかけられた。
振り向かなくてもわかる。この声はシルフィだ。いよいよ来たか……!
これ以上ごまかすことはできない。そう思った俺はシルフィを見据えるため芋を愛おしそうに抱えて立ち上がる。
うわっ、超絶美人……!
背後にめちゃ綺麗な女性が立っとった!
栄養を補給し、身なりが整っていく奴隷とは対照的に俺の精神はひょろガリ童貞のまま。
視線が合うだけで「えっ、あの……その」と典型的な非モテ男子である。
「お兄ちゃんって顔も見た目も性格も悪いよね。しかもオタクのクソ童貞でしょ? だからモテないんだよ? ほら、豚さんみたいにふゴォって鳴きなよ」とは妹の談である。
ふゴォ! 存在の全否定! 天使の皮を
「私も気になっている。教えて欲しい」
続いてノエル。感情の起伏がない彼女だが、驚くほど整った顔つきであり、知性を感じさせる美少女である。
瞳の奥は無機質であり、真理を追い求めるときの癖か、ジッと俺の両目を凝視してくる。可愛い。くっ、やっぱり直視できない!
「私たちは希少種。健全となった現在ならその価値は計り知れないわ。けれどアレンは生活の足しにする程度。やりたいことや欲望は本当にないのかしら」
シルフィが詰めてくる。
俺は二人を購入してから過ごした日々を振り返る。
この世界における魔法の基本属性は【火】【水】【風】【金】【土】の五つ。
シルフィは【風】の進化属性【木】に適性があり、魔法を発動することで植物の成長を促すことができる。
さらにノエルは【火】【金】に適性があり【土】を得意とする錬金術師。
彼女たちは
それも俺に見せつけるかのように。
「アレンは無能、私たち有能!」とでも言いたいのだろうか。突き上げ反対!
思い返せば俺のピークは二人を【再生】し「よく頑張ったね」とそれっぽい台詞を口にしたときのような気がする。
ご主人様の活躍が秒で霞む順応性&奴隷間の結束、生活水準の爆上げ。
鉄筋コンクリートならぬ竹筋コンクリートによる新修道院も完成し、分け与える立場から『食』と『住』を恵んでもらう側になっていた。
その現実を
二人の才覚に嫉妬し、激おこぷんぷん丸でヒモのような生活を送るようになった。
だってシルフィが収穫した植物が食卓に並び、食費がほとんどかからないから。もうね、絵が完全にダメ男。
最近やったこと? 食って、
もはや異世界英雄譚など微塵もない。ワロタ。いや笑えない。
家でダラけている男というのは、やはり女性から見ると何か思うところがあるようで、シルフィとノエルは毎日俺の真意を聞きたがってきた。
「どうして良くしてくれるの?」
「どうして私たちを利用しないの?」と。
アレン知ってる! また嫌味!!
>どうして良くしてくれるの?
してへん! ワイなんもしてへん! そもそも養われてるの俺やんけ!
むしろ俺がどうしてタダ飯させてくれるのって聞きたいわ!
>どうして私たちを利用しないの?
惨めになるからに決まってんだろ!
チミらに魔法を発動させたらさ、何もできない俺が目立つじゃんか!
そもそも『食』と『住』を女の子から──奴隷から提供されて自給自足できているのにこれ以上、何に利用しろと!?
おめえは無能のダメ男なんだからもっと惨めな姿を
これが女房にネチネチ嫌味を浴びせられるダメ亭主の気持ちか! 拷問じゃねえか!
とはいえ、享受できる立場にある以上、「俺を舐めるな!」なんて文句は勘違いも甚だしい。
もはや俺は彼女たちの脚を舐めろと言われても喜んで舐める犬になっている。
むしろ舐めたいのだが、そういう方面では全然要求してくれないのがこれまた嘆きたいところである。
だが、二人はとことん俺を惨めにしたいらしく、
「実はこんなこともできるのだけれど……」
「見てアレン。【高速錬成】」
世にも珍しい木魔法と素人でもわかる圧倒的な錬金術。
彼女たちは性懲りもなく見せつけてきやがった。
こいつら俺をうつ病に追い込もうとしとるんちゃうやろな!?
俺は拗ねるしかなかった。殻に閉じこもる以外、自尊心を守る術がなかったからだ。
だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
このままだと俺は器の小さい男になってしまう。



