第二章 奴隷が生産チートで自重しない ⑤

「わたしのご主人様ってアソコだけじゃなく器もわいしょうなのよね」などと言われてはたまったもんじゃない。

 そんなことを盗み聞いたとき、俺は首をる自信がある。

 一体どこの世界に「芋は友達」と即答する異世界転生者がいるだろうか。ええ加減にせえよ。

 ええい……もういい! 今日という今日はビシッと言ってやる。

 やりたいことや欲望は本当にないのかって?

 ヤりたいに決まってんだろ!

 建前を脱ぎ捨てろ。スッポンポンで良いことしちゃえ。

 言え! 俺の欲望をストレートに言っちまえ! ヤりたいと言えぇぇぇぇ──!!


「──まずはこの世からきんをなくすこと、かな?」


 脳内炭◯郎「逃げるなァ!! 逃げるなきょう者ォォッッ!」




【シルフィ】



「アレンが私たちを買った理由──真意をそろそろ聞かせてもらえないかしら」

「私たちは希少種。健全となった現在ならその価値は計り知れないわ。けれどアレンは生活の足しにする程度。や欲望は本当にないのかしら」


 アレンが無意味にチカラを発動することを嫌っているのはこの数月の生活で嫌というほど理解しているつもり。

 奴隷の私とノエルにスキルと魔法を強要しないのが何よりの証拠。

 彼は『食』と『住』の環境が整った途端、欲望とは程遠い、隠居のような生活を送るようになった。芋に異様なこだわりがあるように見えるのは私の勘違いかしら。

 まるで達観した老人──仙人と暮らしているような錯覚。

 気がつけば私はアレンを目で追い続ける日々。興味関心が尽きなくなっていた。


「どうして良くしてくれるの?」

「どうして私たちを利用しないの?」

「実はこんなこともできるのだけれど……」

「見てアレン。【高速錬成】」


 褒められた趣味でないことは百も承知の上で、能力を見せつけたり、問い詰めることが多くなったわ。

 きっとアレンの『本心』を聞きたくなっていたのね。

 言葉にできない不思議な雰囲気に興味をかれ始めていた。

 争いを好まない。それは観察していればわかる。けれど彼も人間。やりたいことや欲望が何かあるはず。

 そうでなければエンシェント・エルフとエルダー・ドワーフの私たちを買って【再生】を発動するわけがない。

 独りで寂しかった? いいえ、違うわね。彼はそんな理由で奴隷を買うような男じゃないわ。

 だとしたらなぜ──?

 芋を愛おしそうに抱えて立ち上がるアレンは私の目を見据えてきた。

 きっと観念したのね。これ以上黙ってはいられない、と。


「──まずはこの世から飢饉をなくすこと、かな?」


 !?

 積もりに積もった疑問が瓦解した。点がつながり線になったわ。

 彼は──アレンは私たちの想像を遥かに超える、もっと別の次元で物事を考えていた。


「芋は友達」などと言いかねない光景に私はずっと引っかかっていたわ。

 けれど芋が持つ性質──瘦せた土地でも育ち、主食にする種族も多い事実を思い出す。

 飢饉をなくすためには必要不可欠であり、有効な食物。まさしく最適な植物。

 ああ、やっぱり……!

 アレンはただの芋野郎なんかじゃなかった。思い描く理想が遠いだけ。

 それを他ならぬ彼自身が痛いほど理解している。

 だから時折、畑で顔にかげりがあった。悲しそうにしていたのは全部そういうことだったのよ!!

 飢饉をなくすなんて神じみた理想。

 おいそれと打ち明けられる欲望じゃない。

 完全に信用したわけではないけれど。

 付いて行ってみよう。アレンが見ようとしている光景を彼の近いところで眺めてみたい。

 そう、私は思い始めていた。



【アレン】


 アレンぽよ。

 前世の妹に言われて最も衝撃的だったのは「汚い顔してるでしょ? ウソみたいでしょ? 生きてるんだよ。それで」です。

 だから俺は妹にタッチ! タッチ! してあげた。


「ちょっとお兄ちゃんセクハ……あはは!」とこちょこちょ攻撃。つきちゃんは元気にしているだろうか。

 異世界転生でそれだけが唯一の心残りだ。

 さて、本日はシルフィの耳を疑う発言から行きましょうか。どうぞ。


「開墾しましょうアレン。世界から飢饉をなくすためには広大な土地が必要になるわ」

「そうだね(噓やろ!?)」


 平日の昼間からゴロゴロ〜、ゴロゴロ。

 あーあ、「俺またなんかやっちゃいました」できねえかなと考えていたときである。

 シルフィママはおっしゃられた。「働け」と。

 彼女の怖いところは俺がチキンになって真意を隠した偽りの欲望を口にしたことだ。

 本当はにゃんにゃんしたいだけだったのに、聖人みたいな、クソほども思ってない草台詞。

 シルフィだって俺の下心には薄々気が付いているはずなのに。

 てめえが飢饉をなくしたいって言ったんだからな、みたいな? 揚げ足取りめ……!

 ええい、切り替えろ! 嫌味に負けるんじゃない!

 ピンチはチャンスだ。ちょうど良い。異世界転生のだい、現代知識チートを披露してやろうではないか。

 主役の座を奪われているにもかかわらずこの切り替えの早さ。れするぜアレン。

 かつて俺は植物なんて種まいて、水やって太陽当てたらあとは勝手に実が成ると思っていた。

 だが、小学生の植物博士に「お前は間違っている! 頭おかしいよ!」と論破されたことがある俺は知っている。

 農業とは自然じゃない。人工的なものだ。


「肥料をつくろう」

「肥料……?」


 きょとんと首をかしげるシルフィさん。木魔法が魔力と引き換えに植物を成長させるものの、世界から飢饉をなくす規模となれば正攻法の農業にも頼らざるを得ないわけで。

 知識を見せびらかすチャンスだ。


「農業には連作障害といって同じ作物を育てていると栄養素が足りなくなるんだ。それを肥料で補おう」

「栄養分を補ってもらえれば魔力の消費量が減りそうね。実の味も向上するでしょうし、助かるわ」


 俺は感謝されて伸びるタイプの男の子だ。てのひらの上だとわかっていても口の筋肉が緩んでしまう。ちょろい。ちょろすぎるよアレンさん。


「木を切り倒すためのおのと硬い土を掘り返すくわも作っておこうか。それと輪栽式農法と言って農業生産性が上昇する画期的な方法があって──かくかくしかじか」


 輪栽式農法は農業革命だ。休耕地で家畜の餌を、肥沃になった土地で小麦をつくり、休耕地はなくなる。

 牧草を保存すれば家畜の飼育数を増やすことができ、家畜は小屋で育てることで堆肥を作ることもできる。

 家畜増える→堆肥もたくさん→土地肥える→穀物の収穫量アップ。まさしく正のサイクル。

 借り物の知識でマウントを取ったわけだが、これが伏線になるなんて夢にも思わなかった。


「……っ」


 いかん。シルフィさんの顔が引き攣っているではないか! また知識を見せびらかして悦に入ってた。女の子にとってマウントおじさんの話ほど退屈なものはないって知ってたのに!

 俺の焦りやシルフィの絶句をよそに目をキラキラとさせているのはノエルだ。

 知性を感じさせる圧倒的美少女。さらさらの銀髪が眩しい。

 モノづくりの匂いを嗅ぎつけたに違いない。俺から賞賛を横取りするハイエナめ。


「面白そう。斧、鍬、肥料全て私に一任して欲しい」


 なんだァ? テメェ……。

 今なら肺活量だけでペットボトルをぺっちゃんこにできる気がする。

 ざわ…ざわ…。勝たなきゃ誰かの養分。

 そんな格言が脳裏によぎる。

 農具と肥料に興味津々のノエルは鼻息を荒くして俺を凝視。

 こっ、こいつ……! 俺の活躍を奪う気満々だ!


「いや、あの、これはですね……」

「私も恩を返したい」


 悪いけどあだァ! それ恩じゃなくて仇だァ!

 クソッ、奴隷から恩を仇で返されるとか……どんだけませ役なんだ俺は。


「でも俺がやった方が──」

「──問題ない」


 問題大ありィ! これ以上、出番を取られたら、俺が威厳を見せつけられるのって本当に【再生】だけになるじゃないですか!?

【再生】だって俺がすごいんじゃなくて能力がチートなわけで。

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奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが4の書影
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