第二章 奴隷が生産チートで自重しない ⑥

 つまり誰でもいいわけでしょ? やだやだやだ! 俺だってチーレムしたいもん! 可愛い女の子や美人から称賛されたいもん! 全肯定して欲しいやん?

 俺は助け舟の出航をお願いするべく、ついつい視線をらしてしまうシルフィの顔を見る。

 言え! いや、言ってください! 「アレンにやらせましょうノエル」って言ってくれ!


「あまり駄々をこねちゃメッ! よ


 なんでやねん! なんで俺が駄々こねてることになっとんや。人差し指をビシッと立ててウインクの破壊力も凄いけど、それ以上に俺の心が滅びのバーストスト◯ームだよ!


「感謝する」


 何を!? 何を感謝したんやノエル!?

 チミには罪悪感ないんか!? ご主人様がモノづくりTUEEE! しようとしているところを邪魔しようとしてるんやぞ!

 として農具&肥料作りに取りかかるノエルの背中を追いかけようとしたとき。

 俺の手に柔らかい感触。

 HA☆NA☆SE!

 シルフィさん……貴女って人はここで女の武器を行使するんですか! しゅごい! お手手しゅべしゅべー!


「ふふっ」


 美人の微笑み破壊力ありすぎぃー!

 パリーん!! 俺の心のメガネが割れた。いや、意味がわからん。

 結局俺はお手手の感触だけで行動不能になってしまう童貞野郎であることが露呈した。


「肥料の詳細について説明を求める」


 あのノエルさん……近い。近いです。ほらっ、ぷにゅんって! ぷにゅんってボディがタッチしてる! うっぴょ!

 もういいや。全部ゲロっちまおう。


「植物には必要な栄養素が三つ。窒素、カリウム、リン酸。魚かすや肉骨粉は仕入れてあるから、あとはシルフィの木魔法でたねや大豆のあぶらかすを混合して……カリウムは木を燃やした灰で調節しようと思ってたんだけど」

「実に面白い」


 ガリレオかよ。

 ノエルは錬金術を発動し、帝都で購入しておいた鉄を加工、ものの数秒で斧と鍬を錬成。

 肥料は三大栄養素の比によって使用量が異なってくるため、その見極めにハマったご様子。

 それでも大して時間をかけず、斧や鍬などの完成品を手渡してくる。


「これでアレンの作業も楽になる。褒めて欲しい」


 なっ、ななな!? アレンの作業も楽になる!? おのれノエル、さてはキミ、モノを作るだけで伐採や開墾は俺にさせる気か!?

 搾取や! こんなん搾取やでぇ! ご主人様の方が搾取されとるがな!

 しかも褒めて欲しい? 図々しすぎる!

 不当な扱い断固拒否! 俺はシルフィを見つめて抗議する!


「ふふっ、褒めてあげたら?」


 嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁっ! むしろ俺を褒めてよ!!!!!!



 俺は半ば強制的に握らされた鍬を握りしめ、うつむく。シルフィの見えないところで真っ黒の笑みを浮かべていた。

 計画通り……! してやったりだ。

 なにせ俺には【再生】がある。

 これは【回復】の超上位互換だと思ってくれれば理解が早い。

 よもやせいという圧倒的チートを『よくな土を地表に出す』重労働に使用する日が来るとは思ってもみなかった。

 だが、俺はやる。やるといったらやる。

 シルフィはきっと重たい腰を上げた俺のことを褒めてくれるだろう。

 もっ、もしかしたらまたお手手を握ってくれるんじゃ……?

 うっひょおおおおおおおおおおおおおお!

 しゅしゅぽっぽしゅしゅっぽっぽ!

 おりゃァァァァァァァァァァァァァァァ!

 ザクザクザクザクザグザグザグザグ【再生】ザグザグザグザグザグザグザグザグザグ【再生】ザグザグザグザグザグザグザグザグザクザクザクザクザグザグザグザグザクザクザクザクザグザグザグザグ【再生】ザクザクザクザクザグザグザグザグザクザクザクザクザグザグザグザグ【再生】ザクザクザクザクザグザグザグザグザクザクザクザクザグザグザグザグザクザクザクザクザグザグザグザグザクザクザクザクザグザグザグザグ!!

 まるで何かに取りかれたように開墾する。俺だってやればできるんだぜ?

 トチ狂ったように鍬を振り回し、肥料をいていく。


「凄いわねアレン……!」

「凄い。私も頑張る」


 圧倒的開墾力を見せつける俺に二人が珍しく絶賛してくれる。そうそうこれこれ。こういうの欲しかったの。

 俺の活躍にヒロインが全肯定してくれるやつ。気持ち良ぃ。超気持ち良ぃ。できればもっと気持ち良いこともしたいな。チラッ。


「「ひそひそ」」


 期待のまなしを向けると二人は秘密話をしていた。

 うん? どうったの?

 諸君、起点である。ここから致命的なすれ違いが始まった。

 俺はシルフィのことを童貞を手玉に取る魔性の女だと勘違いし、彼女もまた俺が上に立つべき者だと信じてやまないという、噓みたいな成り上がり魔王譚である。



【シルフィ】



「開墾しましょうアレン。世界から飢饉をなくすためには広大な土地が必要になるわ」


 と言ってから彼の行動は早かった。まるで待ってましたと言わんばかり。

 やはり私たちの言動を待っていた……?

 アレンとの共同生活を送る中でわかったことはたくさんあるけれど、彼は自主性を重んじている傾向がある。

 労働の強要、奴隷紋による命令などは一切する素振りを見せなかった。

 飢饉をなくしたい願いは立派な志だけれど、残念ながら非現実的だと言わざるを得ない。そう思っていたわ。

 アレンの言葉を聞くまではね。


「肥料をつくろう」

「農業には連作障害といって同じ作物を育てていると栄養素が足りなくなるんだ。それを肥料で補おう」

「木を切り倒すための斧と硬い土を掘り返す鍬も作っておこうか。それと輪栽式農法と言って農業生産性が上昇する画期的な方法があって──かくかくしかじか」


 特に驚きを隠せなかったのが輪栽式農法。

 土地を冬穀、根菜、夏穀、牧草に分けたことで少ない労働力で多くの人を養うことができる。まさしく革命と言っていいわ。

 牧草には肥料が不要、栄養価が高く、蜂蜜まで取れる植物もあるとのことだった。


「……っ」


 アレンの博識に言葉を失ってしまう。

 植物の成長を促す【木】はエンシェント・エルフの私しか発動できない魔法。

 私が選ばれた、買われた理由がはっきりした。アレンは本当にこの世から飢饉をなくすつもりでいるわ!

 何に驚いたって普段のぐーたら生活の裏にとんでもない野望を飼っていたことよ。

 芋に話しかける姿からは想像もできない野心。

 口先だけの偽善者。そんな疑惑が頭によぎったこともある。

 けれど本物だったことを証明するような展開が続いたわ。


「植物には必要な栄養素が三つ。窒素、カリウム、リン酸。魚かすや肉骨粉は仕入れてあるから、あとはシルフィの木魔法で菜種や大豆の油かすを混合して……カリウムは木を燃やした灰で調節しようと思ってたんだけど」


 ザクザクザクザクザグザグザグザグ【再生】ザグザグザグザグザグザグザグザグ【再生】──。

 必死に勉強したに違いない肥料の知識をノエルに託し、己は【再生】を利用した開墾。

 その姿は誰がどう見ても真剣。執着のようなものを感じ取ったわ。


「凄いわねアレン……!」

「凄い。私も頑張る」


 思わず圧巻・賞賛の言葉が漏れてしまう。おそらく叡智を授かったノエルも同じような感想を抱いたのね。感情の起伏があまりない彼女も驚きを隠せない様子。


「「ひそひそ」」


 私はノエルに提案する。

 自主性を尊重するアレンのために私たちでできることをやりましょうって。



【ノエル】


 アレンから飢饉をなくしたいと打ち明けられたときは半信半疑だった。

 行動が伴っていることはわかっていながらもどうしても信じきれない自分がいた。

 けどそれも今日で終わり。私もこれからはエルダー・ドワーフとしてのチカラを出し惜しみしない。

 肥料と輪栽式農法。さらに【再生】を利用した開墾。

 アレンは本物。そして本気。

 モノづくりが何よりの楽しみである私に躊躇うことなく叡智を授けてくれる。

 画期的な知識を得るためには血のにじむような努力や苦労があったはず。

 飢饉をなくしたいためとはいえ、金に匹敵する情報を私に託してくれるのは信頼してくれているから。

 それに応えないわけにはいかない。エルダー・ドワーフの名にかけて彼を支える。

刊行シリーズ

奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが4の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが3の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが2の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだがの書影