第二章 奴隷が生産チートで自重しない ⑦

「凄いわねアレン……!」

「凄い。私も頑張る」


 真剣なアレンを目の前にしたシルフィが、あの万能の天才であるシルフィが目を見開いていた。まるで信じられないものでも見たかのように。


「「ひそひそ」」


 自主性を尊重しているアレンをおもんぱかって今後は己の意思で行動していこうと提案された。

 賛成。

 私もアレンの理想が実現した光景を彼の傍で見てみたい。



【アレン】


 この世界には二種類の人間しかいない。

 勝ち組か負け組か。

 仕組みを作る方か従う方か。


 ──搾取する側かされる側か。


 まぶたを閉じる。

 異世界に転生し、やりがい、金、性を搾取しようと誓った前世の記憶を思い出す。

 そうだ。忘れもしない。あれは俺の誕生日だった。

 悲劇は起きた。


「私のグリーンピースとお兄ちゃんのから揚げ交換してあげる♪」


 つきちゃん、つきちゃん! 貴女って娘は!

 俺の大好物はいつの間にか緑の粒になっていた。

 わああああやめろやめろやめろ俺から取り立てるな! 何も与えなかったくせに取り立てるのか! 許さねえ!! 許さねえ!!

 怒りに狂った俺につきちゃんは言う。


「育ち盛りだから……ね?」


 たしかに妹は女子高生とは思えない凶悪な果実を実らせていた。だが、兄である俺からすれば脳内に栄養を運んで欲しい次第だ。


んで……いいよ?」


 お願いだから、から揚げ返してください。

 こうして現在の俺になったとさ。

 どうも。アレンです。

 熱い要望に応えて俺の背景バックグラウンドを公開してみました。誰だ草生えるとか思ったやつ。捻り潰すぞ。

 さて、昼間からゴロゴロしていたときのこと。俺はとある真理にたどり着く。

 暇!!!!


「ノエル。ちょっといい? 忙しかったら大──」


 丈夫だけど、と言い切る前に、


「構わない」


 と食い気味で接近してくる。

 彼女はエルダー・ドワーフという希少種で早い話、モノづくりの大天才。

 俺から吐き出させた知識を瞬く間に理解し、驚異的な物覚えで己の血肉にしていく無機質美少女。

 荒廃した修道院を竹筋コンクリートで新築、鍬を錬成し、透き通るような瞳で「これを使って耕して欲しい」とお願いされたときのことを俺は一生忘れることはない。

 よもや奴隷に美味しいところを奪われたあげく、雑用を丸投げされるという。

 クソッ! 俺ってやつはつきちゃんに搾取されてきた日から何も成長してねえな。凹む。

 だが転んでもタダで起き上がらない。粘り腰のアレンとは俺のことよ。

 出番こそ奪われた俺だが、役得なこともあった。

 

 ここでいう距離とは物理的なもの。

 普段の彼女は俺のことを案山子かかしか何かと勘違いしているほど無関心だが、俺の脳内──すなわち現代知識のことになると両目をキランと輝かせ、息も荒くなる。

 のめり込んだら周りが見えなくなる典型的な職人だ。

 おかげでノエルから柔こい柔こい腕を押し当てられるという役得!

 これは合法的セクハラである。なにせ迫ってきているのは彼女。俺からは触れてない。これで「触れちゃった。気持ち悪ーい」などと言われた日には立ち直れる自信がない。

 チラッと視線を落とす。

 まつ毛長! くるるんって。くるるんってしてる! きゃわわわ!


「……これはなに?」


 俺の視線など、意に介さないノエルは設計図にくぎづけだ。

 よしよし。やはり彼女はモノづくりのことになると盲目だ。

 俺は早くも


「左からリバーシ、チェス、将棋、囲碁、ジェンガって言って──かくかくしかじか、なんだ」


 いやあ、異世界ファンタジーといえば娯楽は避けて通れないっしょ。

 事実、中世ではお酒とエッチぐらいしか楽しみがなかったらしいよ。

 飲酒かえちえちがあるなら時間も潰せるけど、なんの冗談か、全然そっち方面に縁がないんだよね。間違っているのは俺じゃない。世界の方だ!


「面白そう。作らせて欲しい」

「それじゃお願いできる?」

「了解した」


 どうやらノエルは本当に俺の脳内にしか興味がないらしい。驚くほど機敏な動きで俺から離れていってしまう。

 余韻! キミは余韻ってもんを知らんのか! もうちょっと二の腕の感触を楽しませて欲しい。



 ノエルは半時間もしないうちに娯楽品を完成させていた。

 俺が提案した娯楽は盤と駒があれば比較的簡単に製造できるわけだが、それでも早すぎる。

 モノづくりで俺に日の光が当たることはもう二度とないだろう。なんてこった。

 なーんて、思ったら大間違いである。


「面白そうじゃない。私も混ぜてもらえるかしら」


 ククク……カモが来やがったぜ。

 ノエルにルール説明していたところにやって来たのはお美しい奴隷、シルフィである。

 美の女神の生まれ変わりと言われても信じてしまいそうになる美女である。

 ダンチ過ぎて「エッチしたい」などと口が避けても言えないレベルだ。

 しかし、俺とてただのクソ童貞ではない。頭の中は常にえっちぃことでいっぱい。

 女性と付き合ったことはおろか、妹を除いてまともに会話したことがない俺に「やらないか?」と誘うのはハードルが高すぎる。

 そこで、だ。

 IQ85の天才、アレンは閃いた。

 娯楽のゲームを利用すればいい、と。

 お約束通り、異世界には娯楽がない。それすなわち俺だけがルールや戦略を把握しているということ。圧倒的有利!

 あり一匹通さないかんっっぺきな作戦。俺は自分で自分の有能さが怖い。


「というわけでルールは以上。もしシルフィとノエルがよかったらだけど、勝者は敗者に何でも命令できる、なんてのはどう?」


 なんて平然と言ったが、心臓はバグバグだ。きっと俺の頭をカチ割ったら、おっぱい、お尻、太もも、脚が99・9%占めていると思う。小学生かよ!

 しかし俺は引き返さない。俺の後ろに道はない。人間は前を進むために生まれてきたのだから!


「その方が面白そうね。いいわよ」

「私も構わない」


 ぶぁーか! しょう、いや、恥将の策にまんまと乗りおって! 万に一つでも勝てると思ったか!?

 いくら脳と下半身が直通特急の俺とはいえど、娯楽処女の二人に敗北を喫するアレンさんではないわ!



「……えっと、アレンの石がなくなった場合は私の勝ちでいいのよね?」


 リバーシって片方の色に塗りつぶされることあるの!? シルフィ強過ぎィ!

 ワンアウト!


「チェックメイト」


 ご丁寧に裸の王様キング状態にしやがって! ノエル、キミには失望した!

 ツーアウト!


「「もう詰んでいる(わよ)アレン」」


 どうやら数百手先が見えているらしいシルフィとノエルは、まだ何がどうなるのか俺にはさっぱりの盤面で告げてくる。

 もはや死刑宣告である。

 スリーアウト!! バッターチェンジ!

 こうして俺を公開処刑するだけの娯楽が誕生した。

 はぁーあ、ただの遊びすら俺TUEEEできないとか、クソ転生じゃねえか。

 これ下手したらマジで【再生】が俺のピークなんじゃね?

 ちなみに。

 勝者が敗者に一つだけ何でも好きなことを命令できることをすっかり失念していた俺は「奴隷紋を解け」と言われるんじゃないかとビクビクしていた。

 捨てないで! 芋畑なら耕せます!

 結論から言う。

 数日後にシルフィは、


「私を商業ギルドに登録してくれないかしら」


 ノエルは、


「娯楽品の所有権が欲しい」


 とのことだった。

 神は俺を見捨てなかった。やったやった! 全然何の役にも立たないご主人様だけどこれからも快適な自給自足が送れるぞ!

 ちなみに商業ギルドとは商人組合のことで、営業者の利害を守るための組織である。

 ノエルの方は錬金ギルドなる組織に興味が惹かれたようなので登録してあげた。

 こういう小さなポイントを稼ぐのが大事。少しずつ距離を詰めていこう。

 女の子に脱いでもらうために娯楽を利用するなんてバカがすることだよね。凹む。

 登録を済ませた俺はスキップ。まさか二人が奴隷で居続けてくれるなんて夢にも思いませんでした。これは案外嫌われていないのでは?

刊行シリーズ

奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが4の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが3の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが2の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだがの書影