第二章 奴隷が生産チートで自重しない ⑧

 などと楽観的思考に陥っていた時期が俺にもありました。

 ネタバレを先に言っておきましょうか。

 知らぬ間にシルフィとノエルが金持ちになっていた。

 それはもう大金である。

 俺が帝都で大流行している娯楽を目にするのはしばらく後のことになる。

 そこにはご主人様のものは奴隷のもの、奴隷のものは奴隷のものという、どこぞやのガキ大将よりも酷い光景が広がることになる。



【シルフィ】



「面白そうじゃない。私も混ぜてもらえるかしら」


 アレンがノエルに娯楽品を製造させたいことを嗅ぎつけた私は内心緊張していた。

 一見、彼はただの脱力男のように思える。けれどそれこそが彼の凄さ。鼻水を垂らした幼い男の子のような言動は全て演技!

 きっと真のアレンは賢者にも引けを取らない人格と知恵の持ち主。

 偉大すぎるチカラを手にし、葛藤と苦悩の末、他人の目を欺くことにした。

 でなければ、修道院で自給自足しようなんて考えるはずがないもの!

【再生】という神技を持ちながら質素倹約。どうやら彼から勉強しなければいけないことは山のようにあるようね。

 私はアレンが発明した娯楽品の説明を聞いて叫んでしまいそうになっていた。

 リバーシにチェス。帝都にリリースすれば間違いなく富豪の仲間入り。

 想像力のない無能でも理解できることだわ。なのにアレンは平然としている。

 なに……どういうこと? もしかして私たちは試されているのかしら。

 世界の飢饉をなくしたいという思想。

【再生】という超越したチカラ。

 賢者顔負けの叡智の数々。

 考えなさい! 考えるのよ! ただ暇だからという理由だけでこれだけの娯楽を惜しみもなく披露した? ハッ、笑止。

 冗談もいい加減にしなさいよシルフィ! あなたが考えなくてどうするの!?

 きっと何か裏がある。それをアレンは口にしないだけ。彼は私たちのを尊重し、期待──重視しているに違いない。

 少なくともここで楽しく遊ぶことが最適解じゃない。それだけは間違いないわ。

 ざわ…ざわ…。

 胸がざわつく。


「というわけでルールは以上。もしシルフィとノエルがよかったらだけど、勝者は敗者に何でも命令できる、なんてのはどう?」


 ! 勝者は敗者に何でも命令できる……?

 どっ、どういうことかしら。思考を停止させちゃダメ。食らいつくの。きっと飢饉を無くしたいという目標に繫がっているはずよ。


「その方が面白そうね。いいわよ」


 なんて答えたものの、手が小刻みに震えてしまう。

 チラッと彼を見れば悪戯いたずら好きの少年が悪巧みしているような笑みを一瞬だけ浮かべていた。

 試されている! 間違いないわ! 私たちはいまアレンのお眼鏡に適うか試されているのね。

 私はノエルに目配せし、全力を出すように意思疎通する。

 彼女もまた何か妙な雰囲気を感じ取っていたらしい。

 えっ、ちょっとアレン!?

 考えられる何千通りの中で!? そんなありえない一手を連続で!?

 そこで私はようやく確信する。発案者である彼がここまでヘッポコのわけがない。これはむしろ発案者だからこそ可能となった領域。至極。極髄。

 そう。これは私たちに白星を揚げさせるための戦略。

 最初からアレンは私たちに勝利することなんて微塵も考えてない。

 計算され尽くした敗北。

 私たちに勝者の命令をさせるために──そしてその中身を審査するつもりね。

 私は脳を本気で稼働させる。アレンの資金は底を突いている。

 悠長に構えていられない経済的状況。娯楽で遊んでいる場合じゃないのは誰の目から見ても明らか。豚でも理解できるわ。

 つまり、これは資金調達を目的にした試練。それに私たちが辿たどけるかを懸けた真剣勝負。


「私を商業ギルドに登録してくれないかしら」

「娯楽品の所有権が欲しい」


 考えられる最善。現在の私たちにはこれが限界だった。

 果たして彼の答えは──。

 ──スキップ!? 商業ギルドの登録を済ませた途端、アレンがスキップしているわ!

 アレンからすれば及第点だったのかもしれない。

 けれど彼の高みに一歩近づけたような気がして私は小さくガッツポーズしてしまっていた。

 やった! やったぁ……!



【アレン】


 女神「非モテのままでよろしいのですか?」


 俺「今のままではいけないと思います。だからこそ俺は今のままではいけない」←ドヤ顔

 女神「モテるためにどのような対策をお考えですか?」


 俺「女の子にモテるためには楽しく、クールでセクシーでないといけないと思います」


 女神「WWW」


 俺「なに鼻で笑っとんねん」


 女神「シルフィが農業を、ノエルが工業で活躍している現状については?」


 俺「私、芋が大好きなんですよね。一緒に芋を食べましょう。いいの? って顔、嬉しかったですね」


 女神「(芋関係ない!!)貴方が何もしていない現状にどう対応していくのかを伺ったのですが。私は芋の話は聞いているつもりはないんですよ?」


 俺「それも絡みますから」


 以上、女神との漫談でした。

 おはようございますアレンです。

 ちょくちょく夢の中で会いにくる女神がウザいです。

 まあ、お笑い好きでビックリするぐらいの超絶美人だから役得ではあるけどさ。

 女神「反省はしていますが、反省が見えないという自分に対しても反省しています」


 もういいからァ!

 さて、シルフィを商業ギルドに登録してから二週間が経ちました。

 女の子の服を脱がすため、発案した娯楽──リバーシ、囲碁、将棋、チェス、ジェンガは俺をフルボッコするための道具へと変貌。尻の毛まで毟り取られたのは俺の方だった。

 今では無制限待ったという舐めプでも完膚なきまで叩きのめされるという……。

 両目の光と左腕を【再生】し、食料を恵んでいたご主人様に「お前弱いだろ」とあおる奴隷たち……イジメやで? キミたちは楽しいかもしれないけど被害者は心の中で泣いてるんやで? なんでこんな酷いことできるん?

 お願いだから服を脱がさせてよ!

 当初のもく上手うまくいきませんでしたがマイブームは将棋です。

 シルフィに飛車、角、銀、けい、香車落ちでお相手してもらってます。


「ふふっ。頭の準備体操にピッタリね」とのことです。

 サラッと煽られる雑魚男、アレンとは俺のことだ!

 クソッ! シルフィといいノエルといい、一体どんな頭の構造してやがる。

 俺はただ二人の服を脱がしたいだけなのに! マジでムカつく!

 だが調子に乗っていられるのもここまでだ。娯楽TUEEEができないなら他のチートに移行するまで。

 俺は考えた。足りない脳みそを振り絞り必死に考えた。どうすればシルフィとノエルが脱いでくれるのか。

 その答えは、酒だ。アルコールである。火照るからだ。緩む理性。次第に多くなっていくボディタッチ。「ちょっと。どこ触っているのよ、あんっ」と絹のような肌に手を忍ばせ、気がつけば生まれたままの姿。

 これだ。これしかない。ひょろガリクソ童貞の俺にシラフは不利すぎる。


「それじゃアレン。今日も行ってくるわね」

「行ってくる」


 ギルドに登録してからというもの『食っちゃ寝リバーシときどき開墾』しかやることがなくなっていた俺をよそにシルフィとノエルは帝都に出かけるようになっていた──それも勝手に。

 こういうのって普通ご主人様の許可取るもんじゃないの?

 というか、修道院に放置って……!

 あっ、ちょっと待ってよ!? 最近チミたち自主性に歯止めが利かないね!?

 どこ行くの!? ねえ、どこ行くの? 僕も連れて行ってよ!

 後になって思い返してみれば、シルフィたちの「私、また何かやっちゃいました?」が始まったのはここからだ。それ俺の役回り!



 定年退職したおじいちゃんが退屈過ぎて買い物に出かける奥さんに引っ付き回る気持ちがよくわかる。

 暇だ。退屈だ。誰かと話したい。誰かと遊びたい。独りぼっちはもう嫌だ。

 だいたいシルフィもシルフィだ。ご主人様の許可も取らずに何勝手に帝都へ出かけて──。

 そこで俺はハッと気づく。シルフィは俺の資金が底を突いていることを知っていた。

刊行シリーズ

奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが4の書影
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奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが2の書影
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