第二章 奴隷が生産チートで自重しない ⑱

 おい、まだ俺は現実の中だぞ。わざわざ煽るために脳内に話しかけてくんな。

 今夜楽しみにしてろよ。寝かせないからな。

 女神「ふふっ。楽しみにしていますね」


 クソッ! こういうとき美人って本当に卑怯だよな!? 微笑み一つで許してあげたくなっちまうんだから。女に甘過ぎる。

 女神「そういうところ結構好きですよ」


 こらやめなさい。こいつもしかして俺のこと好きなんじゃね? って勘違いしちゃうでしょ。元ひょろガリ童貞がそれやったら痛いだけ!

 不満が募る俺ではあるが、アレンクッキングを再開する。

 酵母液を加えたそれをよくこねる。


「温かい手や暖かい場所に置いておくといいよ」と助言したところ、なんと彼女たちは器用に体温調節してみせた。

 それ太陽の手じゃないの?


「アレンの手は冷たいのね」なんてナチュラル煽り──げふんげふん。ラッキーお手手お触りタイムがなかったらブチギレていたところだ。


「本当ですわね」「冷たい」


 なんて言って俺の手に触れてくるアウラとノエル。それ以上ボディタッチはやめて欲しい。下半身が温かくなってしまう。

 あとは適当な長さに切り分け、形を整え再度【腐敗】による発酵。

 ただし、過発酵に細心の注意をしてもらう。

 あとは火魔法で焼くだけだ。


「ふわぁ〜!? なっ、なんですのこれは! 美味しい! 美味しいですわ! 外は熱々、さくさく、中はふんわりモチモチ。最高でしてよ!」

「美味しい。とても美味しい」

「これは誇張抜きに価値観が変わるわ」


 様式美ではあるものの、美味しい食べものに女の子たちが笑顔になるのはとても素晴らしいことだと思う。

 なるほど。つきちゃんを除いて他人を幸せにしたいなんて思ったことがなかったが、これはなかなかに幸せなことだ。

 多分、俺自身がすでに満たされているからこそこういう気持ちになれるんだろう。

 やれやれ。内面まで優良物件ですか。エッチさせてください。

 焼き上がったパンの良い匂いに釣られてエルフとドワーフが次々に集まってくる。

 俺は器の大きい男を演出するため製造方法の伝授、並びに好きなだけ食べていいよ宣言をする。

 彼女たちは奴隷商人の元、劣悪な環境で過ごしていたため、まともな食事にありつけてなかったとのこと。

 あまりに美味し過ぎたのか。無意識に風魔法を発動して浮遊し始める始末。

 ちょっ、違っ……!

 美味しいときのリアクションはそっちじゃなくて、しょくげき時の服が破ける方、おはだけでお願いできる!?



【シルフィ】


 あとになって考えてみればこのときだったわ。

 私が全身全霊──生涯全て捧げてアレンの理想を実現させてみせると誓ったのは。

 アレンミクス。三本の柱。その支柱となる『調理』


 酵母に発酵。これまで私が知らなかった知識と概念。

 アレンはそれを私たちに授けてくれた。本来なら取り扱いは厳重にすべき秘伝のレシピにもかかわらず。

 味は言わずもがなだったわ。

 今まで食してきたパンは何だったのかと問いたくなるような美味。

 ポテトチップスも文句なしに素晴らしかったわね。商品という視点で考えたときこの中毒性は爆発的な売上に繫がるでしょうし。

 私は人として、そして男性としてアレンに惹かれ始めていることを改めて自覚する。

【再生】という世界バランスを崩壊させるチカラを手にしておきながら理性を働かせて己を律することのできる人格。

 与えられたもので満足しない姿勢はその圧倒的な知識が物語っている。

 なんと彼は学問にも精通していた。きっと飢饉をなくしたいというおもいが彼を博識にさせたのね。

 一体どれだけの書物を漁り、試行錯誤を重ねてきたのかしら。

 もしかして【鑑定紙】が──文字が読めないんじゃないかって疑いかけた自分が恥ずかしいわ。そんなことあるわけないじゃない!

 叡智を私たちに授けてくれた事実が意味するところ。

 ──信頼されている。少なくとも期待を寄せてもらえるぐらいには。

 応えないわけにはいかない。彼に失望される光景を想像するだけで血の気が引くもの。

 必ず期待以上の成果を上げてみせるわ──!



【ノエル】


 アレン凄い。酵母や発酵はドワーフとしての知的好奇心を刺激せずにはいられない。

 本当なら隠しておきたくなるような知識。

 それを美味しいものを食べて欲しいという思いで明かしてくれたに違いない。

 その証拠にパンやポテトチップスをみんなに振る舞っていた。私とシルフィがここにやって来たときと同じように。

 優しい。器が大きい。カッコ良い。

 みんなが「美味しい」と口にする度、笑みを浮かべる姿に胸がキュンとする。

 最近、アレンを視線で追っていることが多くなっている。視線が合うとドキッとする。

 考えてみれば私は与えてもらうばかり。

 尊厳、知識、食料、自由にモノづくりできる環境に時間。それに美味しい料理。

 私も与えたい。アレンの役に立ちたい。彼に喜んで欲しい。

 私は万能のシルフィと違って不器用。できることは限られている。

 けど私もアレンを笑顔にしたいから一番得意なモノづくりを頑張る。

 自信作ができたらまた髪を撫でてもらう。絶対。



【アウラ】


 ふわああああぁぁぁぁー!

 アレン様直伝のパンを食したとき、つい変な声が出ましてよ。

 とんでもない殿方ですわ。

 飢饉をなくしたいという願いをシルフィを通して聞いたときは複雑でしたが──これは本当に実現できる方かもしれませんの。

 そう思わせるに足る味。商品という観点で考えても圧倒的な経済力を手にしたも同然。

 よもやアレン様の本領が知識の方にあるとは思いもよりませんでしたわ。

 流石さすが……! 流石ですわ! エンシェント・エルフのシルフィとエルダー・ドワーフのノエルちゃんが付いて行きたいと思っても仕方ありませんでしてよ。

 事実、わたくしもアレン様の行く末を近いところで見届けたいと願ってしまっていますから。

 誇り高きエルフ、その上位種であるハイ・エルフの名にかけて与えてもらうばかりでは気が済みませんの。

 わたくしもアレン様とシルフィ、ノエルちゃんに恥じないような働きをしてみせますわ!



【アレン】



「美味しい!」「感激です!」「凄い!」


 調理チート、だい・せい・こーう!!!!

 奴隷のみなさんから賞賛の声が寄せられます。長かった、マジで長かった……! ど変態かませ芋野郎からついにここまで来たぞ!

 幸せそうなモグモグタイムに俺も満たされる。眼福だ。幸福感が押し寄せる。

 美人や美少女が破顔する光景は最高ですな。それが俺の行動によるものと来ればひときわ。俺は知識を見せびらかしイキれて楽しい。みんなは美味しいものを食べて笑みが溢れる。これぞまさしくWINWIN。

 よし。みんなとの楽しい食事を習慣にしよう。『アレン七つの習慣』ここに爆誕。

 だが、これは序章に過ぎない。お酒、お酒だ。アルコールさえ手に入れば酒池肉林に突入できる。この程度で満足するのはまだ早い……!

 幸せの余韻、これからの展望、えちえち展開に胸を膨らませる俺ではあるが、事件が勃発した。

 料理チート後の深夜。

 俺は──────、




 ──

 なんやて!?

刊行シリーズ

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