第二章 奴隷が生産チートで自重しない ⑰
この世界の食事はお約束通りゲロまずである。たとえば主食であるパン。
これがもう耐えられない。
この世界のパンは発酵せずに焼いている。だから膨らまずに堅く、色にムラが出る。
この世界のパンは老人を最も殺していると言っても過言じゃないわけだ。
そこで『【再生】の新たな能力発動』だ。
小麦粉、ぬるま湯、塩、砂糖を入れて準備完了。ここにあるものを加えるだけでパンが見違えるように美味しくなる。
くくく……ようやく俺が活躍できるときが来た。
「シルフィ。この世界のパンを食べたことある?」
「ええ。あの堅いアレでしょう? 正直に言ってもいいかしら」
「どうぞ」
「人間ってあんな不味いものをよく主食にできるわね」
「お世辞にも美味しいとは申し上げられませんわね」
「同感」
おお。なんとこの場にいる全員の意見が一致していた。
あっ、危ねえ……!
「あいつマジで土を掘り返すしか脳がなくてさ」
「あー、わかる。本当にFランのご主人様だよね」
「死んだ方がいい。
みたいに陰口を叩かれるところだった。
「実はパン作りには欠かせないものがあってね。それがこれ」
と取り出すのはぶどうの皮である。
これを容器にドーン、水ドパドパー! 砂糖パラパラ。蓋してフリフリー。
時間を飛ばすため、今日までずっと温めてきた隠し芸を披露する。
「見ててくれる? 【再生】──」
容器の上に手を置きその名を口にする。
「──闇魔法【腐敗】」
水・砂糖・ぶどうの皮を入れた容器からシュワシュワと泡が立っていく。賢明な諸君たちはもうお分かりだろう。
パン作りに欠かせないもの──酵母液!
「えっ?」「なっ?」「?」
魔法を発動できないと思い込んでいたシルフィ、アウラ、ノエルは理解が追いつかないとばかりに驚きを隠せない様子。
えっ、俺また何かやっちゃいました?
やったやった! やっとできたよ。
とはいえ、格好が付かな過ぎる!
異世界転生しておきながらパン作りでこれやる主人公なんて女神多しと言えど俺ぐらいやで?
「えっと、魔法は発動できないと聞いていたのだけれど」
「どっ、どういうことですの!?」
「驚いた」
さて。それでは説明タイムと行きますか。
諸君。耳をかっぽじって聞くがいい。
「魔法は発動できないよ。それは事実。だから俺が使ったのは固有スキルの【再生】だけだよ。再生──脳内に録画しておいた元の魔法を出したんだ」
俺の説明に御三方は言葉に詰まってしまう。失われた生体の一部を再び創る再生に加えて、脳内録画した魔法を出力する再生。
攻守の頂点を極めたような固有スキル。さすがは異世界転生。女神チートである。腐っても主人公というわけだ。
これは異世界転生して間も無い頃。夢の中で女神が【再生】を補足してくれたときのことである。
「ごめんなさい。転生ボーナスは超絶ハイスペックではあるのですが、貴方が最底スペックのため、使用制限がございます」
「ひょぉっ!?」
「
「そんな……って、ん? なんかいまナチュラルに罵倒された?」
聞き間違い……だよね? 地球じゃ決してお目にかかれないほどの美人が「腐ってやがる」? えっ、俺の耳が腐ってんの?
「いえ、耳だけではありません。全体です。全体が腐っているんです。例えるなら社会構造そのものを激変させるだけのOSが埋め込まれておきながら、それを扱うマシンの容量が8
さっきからディスりまくりィ!
「えっとつまり俺のポテンシャルは──」
「──大ハズレです!」
言い方ァ! お前、マジでぶっ飛ばすぞ。
「落ち着いてください。無能」
「あいわかった。お前は潰す」
「おっと、そろそろ夢から現実へお目覚めの時間ですよ?」
「説明! 説明をしろ! いや、してください! いやあああ! 身体が浮き始めた! なんか現実世界に吸い上げられていくんですけど!?」
「【再生】は多義語です。貴方にはその意味──チカラを全て授けました。ですが、前述の通り、容量が圧倒的に不足しており、多くの条件、制約、制限が課せられています」
「早く説明の続きを──目が覚めちゃう!!」
「たとえば一度見聞きした魔法は脳内に記録され、いつでも、どこでも、好きなだけ再生できたはずなのですが、あなたは初回限り。再生可能時間は三十秒。あれ? 記録回路もゴミですね。保存しておける魔法も最大一つまで。しかも使い切りタイプ……ええええっ!? 肉体も腐ってやがりますよこれ! おかげで再生できる魔法も肉体を維持できるものに限られてます。なんじゃこりゃぁぁぁぁ!」
なんで転生憑依させる女神の方が驚いてんだ! ええい。ツッコんでたらキリがねえ。
要するに脳内に録画できる魔法は一つ。
しかも何度でも再生できたはずの魔法も出力したらまた記録しなければいけない。加えて同じ魔法は不可。一度限りの使い捨て。肉体に負荷がかかりすぎる高度な魔法も再現できないわけですか。
お願いですからアップデート頼んます。
マジで腐ってやがる!
「えーと、えーと。他にも様々な制約がありますけど……あーもう、時間がありません。とりあえず目が覚めます! アデュー!」
「お前マジで覚えとけよ。ちょっと、いやめちゃくちゃ綺麗だからって何やっても許されると思──うわああああ!」
以上が女神との説明
異世界股間無双が待っていると思い込んでいた俺は【再生】の説明もろくに聞かずに憑依したため、ああやって夢の中に現れては補足してくれるわけだ。
「その……アレンが魔法を発動、いえ、記録したものを取り出せるのはわかったわ。けれど、どうしてここで闇魔法【腐敗】なのかしら? せっかくの材料が──」
腐敗とは書いた字のごとく、腐る──有機物の分解だ。
──パン作りに酵母液を加えた光景は食材を無駄にしたように見えて複雑な心境だろう。
俺はようやく現代知識チートできることに喜びを嚙み締めつつ、説明を再開する。
「パン作りには発酵が欠かせないんだ」
「「「発酵?」」」
仲良く頭上にクエスチョンマークを浮かべる御三方。首を傾げる仕草があざと過ぎる!
これを見られただけでも温存していた【腐敗】を使い切ってしまった甲斐がある。
発酵と腐敗。
結論から言えば二つは同じ意味だ。
ただし、前者が人間にとって良い働きをすること、後者が悪い働きをするといった使い分けをされている。
発酵により味、栄養価、保存期間の向上、腸内環境の改善といった健康にも効く素晴らしい作用があることを補足する。
「酵母がパン生地の中にある糖分を分解することで炭酸ガスとアルコールが発生。これがパンをふっくら膨らませてくれるってわけ」
「知らなかったわ……!」
「豊富な知識。尊敬いたしますの」
「凄い」
うっひょー! これこれこれ!
俺の低スペックっぷりに一時はどうなることかと思ってたけど、欲しいやつ来たコレ!
悪魔的だ〜!!
ドーパミンドパドパ状態である。気持ち良い。なるほど異世界転生者がやりたがるわけだ。たしかにこれは気持ち良い。悪魔的な快楽だ。
と俺が気持ち良くなれたのはここまで。
「「「闇魔法【腐敗】」」」
んんんんんんんんんんん?
……はあああああああああああああ??
俺が決死の思いで温めていた闇魔法【腐敗】をさも当然のように発動・酵母液をいとも容易く作ってしまう御三方。
いやいやいや! いやいやいや!
キミたち【木】【風】【金】が専門分野でしょうが。それ以外にも得意な属性持ちなのに【闇】まで発動できるんかいな。
こいつら本当に自重しねえな! こっちは自重に自重を重ねているってのに。なんで自重したくないマンの方がどんどん影が薄くなってきとんのよ。
だからどうなってんの俺の異世界転生!?
女神「だから言ったじゃないですか。終わってるって。私の気持ちようやく理解してくれましたか?」



