第二章 奴隷が生産チートで自重しない ⑯

 私たちも役に立ちたい。活躍を見て欲しい。褒められたい、と。

 ドワーフは肥料の錬成、土魔法による栄養の補給、エルフは風魔法で小麦をくだく・ひく・ふるう。


「村長さんの手を煩わせません!」と露骨なアピール。

 この様子だと私もうかうかしていられないわね。アレンに失望されないように全力を尽くさないと。【無限樹系図】──【描出】!


「すごいよみんな!!」

「「「えへへ」」」


 目の前には微笑ましい光景が広がっていた。優しい世界、なんて言葉がよぎる。

 これがアレンの望む世界、その縮小図なのかもしれない。

 彼は奴隷を奴隷として利用したくないと言ったわ。負債返済後は残ってくれた人と志を共にしたい、と。

 格安とも言える負債を返済し、奴隷紋が解かれた環境でエルフやドワーフが残ってくれるか心配だったけれど。

 どうやら杞憂に終わりそうね。

 この様子だとアレンの理想を聞いてもチカラを貸してくれそうだもの。



【アレン】



「ぶえっくしゅん」

「あら風邪ですのアレン様」

「無理しなくていいのよ?」

「体調が悪いなら休むべき」


 小麦粉がこうを刺激した俺は盛大にくしゃみをしてしまう。

 いやいや俺は【再生】持ちですよみなさん。これしきのことで休むわけないじゃないですか。

 ご主人様から農業チートと産業チート、活躍の場を奪っておいて「お前病弱なんだから休んどけよ雑魚」だって?

 いやまあ、普通に心配してくれただけってことはわかってるんだけど。

 だが、今回ばかりは絶対に引くつもりはない。なぜならこれから始めるのは唯一俺に残された料理チートだからである。

 よもやそれすらも瞬く間に奪われることなど知るよしもない俺は嬉々として話す。


「大丈夫。それじゃ始めようか。今夜私がいただくのはパンとポテトチップスだ」

「「「?」」」

「アレン。今はお昼よ」


 すみません。言いたかっただけなんです。「昼と夜の区別もつかないの? バカね」みたいな顔を向けないで。


「それじゃみんなお願いした手順でお願いね」

「わかったわ」「承知しましたわ」「了解」


 というわけでクッキングスタート。

 ぶははは! 娯楽品でえちえち展開を逃した俺ではあるが、今度は抜かりない。

 胃袋をがっしり摑み、俺から離れたくても離れられない躰にしてやるぞシルフィ!

 美味しい食事にありつきたかったらまずは俺のウインナーを頰張ってからにしてもらおうか。仁王立ちでそう告げてやるのだ。

 覚悟しておくがいい! どぅふ!


「シルフィ、アレン様が変なお顔をされておりますわよ」

「気にしなくていいわ」「いつものこと」


 気にするわ! 流れるようにディスりおって。これでも前世ではつきちゃんから「お兄ちゃんの顔面は──うーんと……変!」と言われたことがあるんだぞ!?

 いや、変なんかい!

 シルフィには悪いけど、煮豆やいり豆、ただの芋とかもう飽きちゃったんだよね。

 施しを受けている立場で贅沢言ってんじゃねえよ、ってツッコまれそうだから口にしないけど。

 風の操作が抜群のエルフは料理でもその真価を発揮。

 まず大豆を風圧で圧搾。油を搾り出してもらう。

 異世界ではお約束、油は高価であり庶民はなかなか手が出せるようなものじゃない。

 いきなり油を入手してみせたことで、「「「すごい」」」と奴隷のみなさんから称賛&尊敬の眼差しを一身に受ける。

 そうそうこれよこれ。これが異世界転生の醍醐味でしょ。

 搾りかすは飼料に使用するため捨てずに置いておく。

 続いて芋。

 鋭利な風で皮を剝きスライス。水魔法で洗い風で水気を切る。

 いや、あの魔法便利過ぎィ!

 それとシルフィとアウラ、ノエルくん。キミたち当たり前のように繊細かつ緻密に発動してるけど、それ俺できへんからな!

 カッコ悪いから絶対に言わへんけど。


「アレン様は下処理はされなくてよろしいんですの」


 次煽ったらそのパイパイは下処理されると思えアウラ。


「アレンは魔法を発動できないのよアウラ」

「知らなかったとは驚き」

「ふえっ!?」


 言い方ァ!

 アウラがぽよんと胸を揺らす。驚いたぽよ〜とか言い出しそうだ──おっぱいが。

 俺は急いで視線を剝がす。おのれ、なんつう凶悪な果実をしてやがる。搾り取るお手伝いをしたいぐらいだ。


「しっ、失礼しましたわ……」

「気にしないでいいよアウラ(てめえ、マジ無自覚煽り運転やめろよ。言っとくけど心の中で泣いてるんだからな! 血の涙とか出てること忘れんなよな!)」


 器の大きい男を見せつけるためグッと我慢する俺。

 俺キレさせたら大したもんや。割とマジで限界値近いんで頼むでホンマに。次言ったらパンパンやからな!

 さて、ここまで料理らしいことを一切していない俺はノエルに視線を向ける。

 彼女はやはり無機質な瞳で俺を見つめてくる。その奥には「こいつマジで無能だな」とか潜んでいるのだろうか。そうだとしたら嫌すぎる。

【金】の適性を持つドワーフは鉱物や金属採掘に優れており【土】の相性もよい。

 掘削、抽出、分離はお手の物とのこと。

 あれ? それじゃ俺が土を掘り返す必要ないんじゃ? と一瞬よぎった思考を相対性理論の速さで消し去る。

 それを考えてはいけない。俺に残された唯一のアイデンティティが消えてしまう。

 せめて畑だけは絶対掘り返したいマンとは俺のことだ。

 ノエルがすごいのは【火】にも適性があるということ。

 最も得意とする【金】は金属操作。ドワーフがモノづくりの天才である所以ゆえん

 金属加工──融解、加熱ができなければ話にならず火の扱いは職人レベル。

 そんな彼女に油で揚げるための高温を火魔法でお願いするという……俺、マジで何もしてねえな! 村長無能過ぎィ!

 意識を失ってしまいそうな無能っぷりをぎりぎりのところで耐え、先ほど搾った大豆油を170℃まで高温にしてサッと短時間で揚げていく。

 調理器具はあらかじめ俺の指示通り金属操作に長けているノエルが用意してくれた。

 ……俺は調理チートでイキっていいのだろうか。

 ほとんど奴隷の功績のような気がしてきた。

 塩は高級品だが、シルフィがゴールド会員になったことで手が届く金額で調達できるようになったとのこと。

 それでも前世で塩味が足りずにバンバン振っていた頃から考えるとありえない金額である。

 具体的には0が1つか2つ付いたお値段である。どけんかせんとあかん。これは課題。

 とりあえずこれで大豆油を使用したポテトチップスが完成する。

 まずはレディーファースト。気遣いができる男を装ってみたのだが、彼女たちにとって見慣れぬ食べ物はやはり口にするのは躊躇われるであろうことを失念していた。

 毒味ですか……? 最低です、と言わんばかりの視線が俺に突き刺さる。

 なぜ俺のやることなすこと裏目に出るんだ!

 だがここまで来たらむしろ引き下がれない。

 俺は自分が口にするより先にみんなに食すように促す。


 ──パリッと。



「「「!」」」


 三人の反応は劇的だった。


「なっ、なななんですのこれは!? 芋を薄く切って油で揚げただけですのに……すごく病みつきになりますわ」


 様式美ありがとうアウラ。


「たしかにこれはすごいわ。語彙力がなくなってしまうほどには驚きよ。これは──売れるわね」


 シルフィ。瞳がドール(通貨記号)になってんぞ。いや、俺もこれで奴隷五十人を解放リストラするための主力商品になればいいと思ってるけどさ。

 チミ、俺のアイデア(先人の知恵だけど)をネコババすることに段々抵抗なくなっているよ。無償で譲ってあげるからにゃんにゃんさせてよ!


「美味しい」


 ノエル。キミはできればもう少し感情を出して欲しい。

 まあ、ブラックホールのように小さな口に消えていく様子を見るに本音ではあるのだろう。

 さて。次は本命。大本命のパンである。料理チートと言いながら先ほどから何一つやっていない俺ではあるが、今度こそ【再生】を活用し、活躍してやろうではないか。

 小麦やパンと聞くと、シルフィのパイ包みを味わいたい、アウラのムチムチ太ももをこねくり回したいなどと馬鹿げたことを考える男もいるだろうが、あいにく今日の俺は本気。

 ジャぱん!!

 焼きたてジャぱんを作ってやるぜ!

刊行シリーズ

奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが4の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが3の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが2の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだがの書影