Ⅰ ③
「それでロルフ、どんな気持ち? ついに騎士になる時がきたんだよ!」
「エミリーもだろう?」
「そうだけど、でもロルフはずーっと騎士が夢だって言ってたじゃん! もう十年以上言ってるよ? それがついにだよ!」
「そうですよ兄さま。感慨は無いんですか?」
俺の夢のことで目を輝かせてくれる二人。
「そうは言っても初年度は従卒だからね。二年目以降、出来の良いやつから叙任されるんだから、まだ先だよ」
「じゃあ兄さまの場合、二年目に入った時点ですぐ叙任でしょうから、私が入団するころにちょうど騎士になれますね」
「ロルフの叙任祝いとフェリシアの入団祝いを一緒にやろうね!」
「そんな甘くないって……」
胸の中に少しあった緊張が、二人のおかげで霧散していくのを感じるのだった。
◆
教会はいつにもまして厳かな雰囲気に包まれていた。
今年十五歳を迎える子供たちが領内から集まり、一様に緊張した表情を浮かべて並んでいる。
ステンドグラスの前に置かれた女神ヨナの像が教会内を
神官の横には騎士が二人。
俺たちが入る第五騎士団の人たちだ。
神官の護衛を兼ね、入団者の魔力を見定めるため随行しているのだ。
「おめでとうございます。
そう言ってから、神官は聖者ラクリアメレクの伝承を語る。
魔族に奪われ、世界の残酷さを知り、そして女神に
その人生を切々と語って聞かせる。
「だから貴方たちは、今日ここで受け取る魔力を、正しいことに使わなければなりません」
皆、真摯なまなざしで神官の言葉に耳を傾けている。
隣を見ると、エミリーの横顔も真剣そのものだった。
「それでは順番に、秘奥に触れて頂きます」
皆の緊張が更に高まった。
呼ばれた少年が、ぎこちない足取りで神官の前に出る。
そして神官から透明の石英を受け取り、それを両手で包むように持って跪き、目を閉じた。
神官が少年の額に
「九天より我らを打ち守る至高の女神よ。迷い子の
詠唱が終わると、少年の手の中で石英が濃い青に輝く。
少年はゆっくりと目をあけ、石英の光を見つめる。
やがて光が収まると、神官が少年に声をかけた。
「終わりましたよ。貴方に女神ヨナの加護があらんことを」
次の者と入れ替わりに、少年が列に戻る。
無事に魔力を手に入れた少年だが、明らかに落胆していた。
あの青い光の明度が高いほど、つまり青が薄いほど、得られた魔力が大きいことを示している。
空の青ならかなり上出来と言われる。
今の少年の場合は、見るからに濃い青だったため、魔力は大きくないということになる。
それ故に少年は大きく肩を落としていた。
それから
結果に歓喜する者、落ち込む者、様々だ。
「次、エミリー・メルネス、前へ」
「は、はい!」
エミリーがたどたどしく返事する。
「ロルフ! 行ってくるね」
「ああ、落ち着いて」
神官の前に出て石英を受け取るエミリー。
まるで石英が信仰そのものであるかのように、両手で強く胸に
神官の掌がエミリーの額にかざされた。
ぎゅっと
「九天より我らを打ち守る至高の女神よ。迷い子の仰望に応え、邪の蚕食に抗拒せしむる器を賜らんことを此処に願う」
一拍おいて、石英が輝く。
恐る恐る目を開くエミリーだったが、石英を直視することはできなかった。
石英は、太陽のように強く、真っ白に輝いていた。
神官と騎士たちは、顔に
後方で見守っている付き添いの者たちの方へ目を向けると、こちらも皆、信じられないものを見たような顔をしている。
フェリシアも驚きに固まっていた。
やがて光が収まると、騎士たちと神官は我に返ったように話し始める。
「神官どの……い、今のは完全な白に見えたのですが……。その、最大級の魔力が与えられたことを示すという〝白光〟ではないですか?」
「そ、そのようです! 私も長く
「エミリー・メルネス! 君は入団者だよな!?」
「は、はい」
ここに居る人々すべての目がエミリーに向けられている。
「魔力が宿ったのを感じたかね?」
「え、ええ。胸のところに、熱を持った何かが入ってきたのが分かりました」
「第五騎士団の歴史で、白光を出した者は居ない! 君はこれまでの入団者の中で最大の魔力を与えられたんだ! 我々は歓迎するぞ!」
「あ、ありがとうございます!」
騎士たちにひとしきり
「ロ、ロルフ……!」
「やったな、エミリー!」
「う、うん! ロルフも頑張ってね!」
「次、ロルフ・バックマン、前へ」
呼ばれて神官の前へ出る。
石英を手渡され、目を瞑り跪いた。
「九天より我らを打ち守る至高の女神よ。迷い子の仰望に応え、邪の蚕食に抗拒せしむる器を賜らんことを此処に願う」
「………………」
何も感じなかった。
胸に何も宿らなかった。
そして石英には何の変化もなかった。
「……九天より我らを打ち守る至高の女神よ。迷い子の仰望に応え、邪の蚕食に抗拒せしむる器を賜らんことを此処に願う」
神官が再度詠唱する。
だが、やはり石英は沈黙したままだった。
騎士が声をかける。
「神官どの、これは……?」
「いや、こんなことがあり得るはずは……きゅ、九天より我らを打ち守る至高の女神よ。迷い子の仰望に応え、邪の蚕食に抗拒せしむる器を賜らんことを此処に願う!」
やり直しても結果は同じだった。
「…………し、信じがたいことですが、君には魔力が与えられませんでした」
神官の言葉を受けて、騎士がエミリーの時とは逆の意味で驚愕しながら
「与えられない、などということがあるのですか?」
「……本来ならあり得ません。女神の祝福は、その多寡に差こそあれ、必ずすべての人に与えられるのです」
「では何故?」
「わ、分かりません。気づかないほどごく僅かに光っている、というわけでもない。これは……本当に信じられないことですが……」
神官は俺を見ながら言葉を紡ぐ。
眉間にしわを寄せ、異物を見るような目になっていた。
「この少年は祝福されていません」
俺は一瞬おいて言葉の意味を理解し、そして後ろを振り返った。
エミリーとフェリシアが
◆
「…………加護なき男、ロルフ・バックマン」
家に戻り、自室でそんなことを独り
窓外に見る夕焼け空はいつもより
あのあと、教会からの帰りの馬車では、俺もエミリーもフェリシアも終始無言だった。
沈黙を苦にしない
エミリーとフェリシアが、心配そうな、悲しそうな目をこちらにチラチラと向けていたからだ。
二人は、俺に何と声をかけて良いのか分からないようだった。
魔力なし、というのは明らかに異常なのだ。
それは戦う力が殆ど無いことを示している。
人類は、長く魔族との戦争のさなかにあった。
魔族は、肌が褐色であること以外は人間と同じ姿をしており、文明を持っているし、言葉も通じる。
だが個の強さがまったく違う。
彼らは人間と違って、生まれた時から魔力を持っているのだ。
強力な魔法を行使する魔族は、人間にとって恐ろしい敵であった。
彼らと戦うには人間も魔力を持たなければならない。
魔法攻撃を防げるのは魔法防御だけだし、魔法防御を破れるのは魔法攻撃だけだ。
魔力が無ければ、魔族と戦うことはできない。
そして騎士団は、基本的に魔族と戦うための組織だ。



