第一章 ヴァイス、売れ残りのエルフを拾う ②

 何をトチ狂ったのか、ゲスは自分から商売のチャンスを逃すような事を言い出した。その優しさを奴隷から求められても一度も与える事をしなかった奴が、どういう風の吹き回しだろうか。


「…………俺はな、前々からお前の商いに協力したいと思ってたんだよ。その売れ残ったエルフ、俺が引き取ってやる」


 百パーセント噓で構成された俺の薄っぺらいセリフに、けれどゲスは瞳に涙をにじませた。


「ア、アニキ…………このゲス、感動いたしやした! そういう事なら是非、引き取ってくれるとありがたいす!」


 ゲスは座ったまま、深々と頭を下げた。


「で、いくらなんだ」


 そんなゲスには目もくれずハイエルフの少女を眺めながらくと、そうっすねえと間延びしたゲスの声が聞こえてくる。


「普通のエルフのガキなら大体三百ゼニーで売ってるんで…………まあ状態とか考えて二百五十…………いや、アニキなら二百三十でどうですかい?」

「二百三十か…………」


 帝都なら一般家庭の一日の食費未満だな。片やゼニスではそんなはしたがねで命が売買される。とても同じ世界とは思えないが、これが現実だ。


「構わない、三百出すよ」


 俺はポケットから銅貨を三枚取り出し、ハイエルフのそばに投げた。ハイエルフはピクリとも反応しない。もう、何もかもを諦めているようだった。


「アニキ…………本当に助かります! やっぱりアニキは最高の男っすわ…………」

「あまり持ち上げるな。さっさと鎖を外してくれ」

「ああ、ちょっと待ってくださいね」


 ゲスは鍵束から一つの鍵を探し出すと、ハイエルフの首元に当てがった。がしゃん、と重たい音と共に鎖が地面に落ちる。助かったというのにハイエルフの少女はうつむいたまま何の反応もない。自分に何が起こっているのか、全く分かっていないんだろう。


「ほれ、行くぞ」


 俺は少女の手を取って無理やり立たせると、ゲスに背を向けて歩き出す。ハイエルフの少女は俺の手を握り返すこともせず、ただされるがままだった。

 まいどありーというゲスの不愉快な声が、いつまでも大通りにこだましていた。

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売れ残りの奴隷エルフを拾ったので、娘にすることにした2の書影
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