一章 絶対強者に転生して ②
ふざけるな! と大声で文句の一つも言いたくなったが、すぐにハッとして画面を見た。
「通常モードでは使用できないって……どういうことだろ……」
考えてみれば、こんなメッセージは見たことがない。
ユニークスキルを選んだときは、それが理由で駄目と言われるだけなのだ。
気になった蓮がゲームの難易度を変更してみるも、同じメッセージだけが表示される。
蓮は不思議に思うまま、魔剣召喚の説明欄に目を向けた。
「────魔剣を召喚することができる。魔石を用いて熟練度を上げることにより、魔剣の能力を上げることができる。また、特殊条件を達成することで魔剣の種類が増える」
魔石はゲーム内に出現する魔物の体内にある石のことだ。使用用途はいくつかあるが、ほとんどが換金に使われるアイテムだ。
となればやはり、こんなスキルを使うキャラクターに覚えはない。
眉をひそめること数分、蓮は画面隅で文字が点灯していたことに気が付いた。
『システム:スキル・魔剣召喚で特別な物語をスタートしますか? はい/いいえ』
蓮は首をひねりながらも、特別なダウンロードの存在を思い出して「はい」を選ぶ。
「……え?」
すると間もなく視界が真っ白な光に包み込まれはじめ、蓮の意識が薄らいでいく。
ふらっ、とソファの上で横たわると同時に、彼の意識は完全に失われた。
◇ ◇ ◇ ◇
気が付くと、温かな湯を浴びせられていることがわかった。
蓮は目を開けて辺りの様子を確かめようとしたが、どんなに頑張っても目が開かない。それどころか全身に思うように力が入らなかった。
「坊ちゃんは元気ですねー。奥様もそう思いませんか?」
蓮の耳に、老成した女性の声が聞こえてきた。
「ええ。だけど良かったわ。元気に育ってくれそうで安心したもの」
つづけて、今度はまだ若そうな声が届く。その声は若干疲れを
(どうなってるんだ、コレ)
蓮は戸惑いの声を心の中に響かせながら、視覚以外の感覚を研ぎ澄ましてみた。
夢と言うには現実味を帯び過ぎた感覚により、これが夢とは思えない。だが大人だった自分が赤ん坊になるという、非現実的なことに理解が追い付かなかった。
そこで、馬鹿げた話だと思いながらも、とあることが脳裏をよぎる。
(特別なダウンロードコンテンツで……特別な物語をスタート……)
夢と一蹴できないこの状況のせいで、とんでもないことを考えてしまう。
(俺は転生したのか?)
蓮はファンタジーものに造詣が深いこともあり、すぐにこの予想を頭に浮かべた。
それを受け入れられるかは別としても、この状況は視覚を除いた五感が敏感なくらいに働いており、その予想が現実だと訴えかけているようだった。
(……なるほど)
こりゃすごい。本当に特別なダウンロードコンテンツで、特別な物語だ。
蓮は冷静を装いながら心の中で呟いた。
すると、今更ながら羞恥心が
今の自分が赤ん坊だとして、
だからと言って身体を動かすも、手足をばたつかせることしかできないのが問題だ。
(もう少し状況を把握しておきたいけど……)
思いのほか自分が冷静だったことに、蓮は改めて驚いた。
ただこれは、非現実すぎる現象が現実に起こっていることに加え、身体が思うように動かないから他のことを諦めているからこその落ち着きだったのかもしれない。
(せめて自分の名前だけでも聞いておきたい)
と、蓮は祈るように身体をばたつかせた。
その祈りに答えるかのように、老成した女性が若い女性に尋ねる。
「奥様。ところで坊ちゃんのお名前は……」
「もちろん決めているわ」
「それは何よりです。……さぁ奥様、そろそろ大丈夫ですから坊ちゃんを抱いてあげて、お名前を呼んであげてくださいな」
蓮は自分の身体が柔らかい布に包まれたのを感じ、身体を宙に持ち上げられたことを悟った。
だけどすぐに温かさに包まれた。蓮はきっと若い声の女性に抱き上げられたのだと思い、名前を呼ばれるのを待った。
「この子の名前は────」
蓮はひとまずこの状況への理解は諦めて、自分がどのキャラなのかを期待した。
きっと七英雄の伝説でも重要な人物のはず。隠しスキルで特別な物語がはじまるというのだから間違いない。
「レンよ。この子はレン・アシュトンって言うの」
その名を聞いた蓮は
『────滑稽だな。英雄の末裔というのは、俺一人も止められないのか』
たった一人で主人公たちを倒す圧倒的な強さ。ミステリアスな魅力。どこか中性的ながら
また、主人公の友人キャラにして、七英雄の伝説Ⅱで騒動を巻き起こした張本人。
────それが、レン・アシュトン。
彼は物語の核心を知ると思われる、七英雄の伝説における絶対強者。
蓮は自分がレンだったらどう生きるだろう? と想起したこともあったけど、
(いきなり転生して、それもヤバめのキャラとかどうしたらいいんだよ────ッ)
本当にそうなるなんて考えたこともなく、理解が追い付かぬまま困惑した。



