八章 妙に溶け込んでいる聖女 ③

 普段の半分程度の短い睡眠だったが、意外にもレンの目は冴えており、村の畑道を歩く頃には眠気の欠片かけらもなかった。


「早いうちに帰れましたね」

「うむ。これならお嬢様も起きていないはずだ。私はついでに馬の様子を見てくるから、少年は先に戻っていてくれ」


 歓談を交えて進む二人は、予定通り屋敷に到着した。

 ヴァイスと別れたレンが扉に手を掛けて開けた────そのときだ。


「あら、おかりなさい」


 鈴を転がしたような軽やかな声でレンを迎えたリシアが、煌びやかな笑みを浮かべていた。

 だがその笑みとは裏腹に、筆舌に尽くしがたい圧を感じて止まない。


「寒かったでしょ? 別にあんな時間に行かなくてもよかったんじゃないかしら」

「いやーあの、それはですね……」


 苦笑いを浮かべたレンは頰を搔くと、茶を濁した。


「もう……さすがの私も、深夜の森へ連れて行って、なんて無理は言わないわよ。そりゃ……内緒にされたのはちょっとムッとしたけど……」


 リシアはつづく言葉でレンを驚かせる。


「それと、今日の立ち合いもなしでいいから」


 レンはその言葉に彼女が怒ったのかと思ったけど、そうではなかった。


「帰ったばっかりだし、疲れてるでしょ?」

「い、いえいえ! 少しくらいなら別に────」

「いいの。無理をして体調を崩しちゃったら大変だもの。ね?」


 唐突に気を遣われると感覚が鈍る。

 ただ、リシアの表情を見るに演技をしているようではない。

 先ほどの言葉は、間違いなく本心だろう。


「本当にいいんですか?」

「いいわよ。だって疲れてる貴方に勝ったって、全然嬉しくないんだから」


 そしてこの負けず嫌いっぷりも彼女らしいと思い、レンは微かに頰を緩めた。

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