二章 ユニークスキル ②
その敵は森の中で戦うことになるエルフだ。そのエルフ自身の身体能力に加え、自然魔法で生み出した植物で主人公たちを拘束してくることもある。更に、別の魔法で魔物を使役することもある、面倒な相手だった。
(アイツの自然魔法は強かったけど……こっちの自然魔法は小って付いてるのが気になる)
これは普通より弱い自然魔法、そう思っておいた方が良さそうだ。
(そうと決まれば試してみたいかも。魔物が存在する世界で戦えないなんて、平和に生きるどころの話じゃないし)
そう思い、木の魔剣……木の魔剣……と心の中で何度も呟くも何かが起こる気配がない。
項垂れそうになったレンはふと、目の前にある腕輪を見た。
魔剣召喚はこの腕輪を装着していないと発動しないのかもしれない、と思って右腕を近づけてみれば、腕輪は勝手にレンの腕に
レンが驚きつつ心の中で「木の魔剣……」と呟いてすぐ、何もない空中にひびが入った。
ひびの中からゆっくり、
木の魔剣は粗末なベッドの上に、ボフッ、と情けない音を上げて落ちたのだが、
(ちっちぇ……)
喜びかけたレンが浮かべた笑みが曇る。
当然と言えば当然だが、木の魔剣は魔剣と言うくせに木製だ。しかもその長さは短剣というのもおこがましく、見てくれは一般的な包丁が関の山だった。
(ま、まだレベルも上がってないし……あと一応、自然魔法も使えるから……)
レンは不満を抱きながら、木の魔剣を手に取った。
それにしても、先ほどから心なしか身体が重くて頭が痛い気がする。でも気のせいだと思うことにして手元に力を込め、振りかぶろうと腕を動かした────そのときだ。
(ぐぁ……ぁ……)
レンが気のせいだと思っていた頭痛が増していく。絶え間なく襲い掛かる頭痛は、赤ん坊のレンを軽々と喪神させた。
彼が装着した腕輪も、いつしか勝手に消えていた。
◇ ◇ ◇ ◇
頭痛で意識を失ってから、数週間が過ぎた。
ベッドの上から窓の外を見れば、外に植えられていた木の葉が落ち切っている。
レンが『魔剣召喚』を試したのが生後半年だったから、今は生後およそ七か月から八か月と思われる。
逆算すると、レンの誕生日は四月頃だろう。
────そんな、レンが少しずつ成長していたある日だった。
(わかってきたぞ)
そのレンが召喚した木の魔剣を手に、満足げに頰を緩ませる。
実は『魔剣召喚』を試した日以来、翌日を除き毎日のように木の魔剣を召喚していた。翌日を除くと言うのは、例の頭痛が怖くて忌避してしまったから。
だが諦めきれずに試すと、二度目の召喚は一度目ほど
そして三度、四度と繰り返していくごとに、レンは頭痛と身体の重さが以前と比較にならないくらい軽くなったことに気が付いた。
(最初のあれは魔力切れのせいだったのか)
七英雄の伝説においても、魔力切れを起こしたキャラクターは一時的にステータスが低下する。
レンは自分がその状況に陥っていたのだと思った。
(きっと、この世界はゲームと違って、ステータスにはレベルの概念がないんだ。じゃないと俺が成長したことの説明がつかない)
たとえば体力、それこそ攻撃力だってレベルに依存しない。
個人差はあるが身体の成長に伴って体力などが成長する。あるいはレンのように、限界まで魔力を消費して成長させるかのいずれかだろう。
筋力などもきっとそう。つまり、努力しろという話である。
(それにしても、計画が一つ破綻したな)
あくまでも七英雄の伝説の世界と同じであることが前提となるが、レンは効率がいいレベルのあげ方を知っていた。
それで楽をして平和に生きようと思っていたのだが、残念なことに駄目らしい。
素直に努力しなければ────と、レンが深々とため息を吐いたところへ、
「レンー? 起きてるかー?」
部屋の扉が開かれて、体格のいい男がレンの傍にやってくる。
慌てたレンは腕輪と魔剣が見つかる前に、消えろと念じてその二つを消した。
こうして消す方法もつい最近覚えたことだ。
「お、また外を見ていたのか? それじゃ、お父さんがもっと近くで見せてやるからな!」
この男は自分で口にしたように、レンの父だ。
名をロイ・アシュトンと言い、ミレイユと同い年のまだ若い男だ。
ロイの顔立ちは
彼の腕に抱き上げられたレンがその顔立ちを見上げていると、ロイは爽やかな笑みを浮かべ、白い歯を見せて言う。
「外を見てみろ。我が名もなき村は今日も立派に辺境してるぞ!」
辺境を動詞に使ったロイは窓を開け、少し肌寒い風で短めの金髪を揺らす。
(うん。今日も今日とて辺境だ)
七英雄の伝説では明らかにされていなかったが、レン・アシュトンの生まれ故郷は田舎も田舎、それはもうド田舎で、人口は百人に満たない小さな村だ。
窓の外に広がる田園地帯には、素朴な家々が点在している。
「見えるか? あっちにあるのが森だぞ」
ロイが指さした方角には木々が
「だう?」
レンがそれを指させばロイが言う。
「あれはツルギ岩っていってな、見ての通り剣みたいに
その高さは十数階建てのビルほどもありそうだ。
何の気なしにそのツルギ岩を眺めていると、不意に少し強い風がレンの頰を
「でも覚えておけよ。ここから見える畑の奥にある森には絶対に行っちゃ駄目だ。この辺りの魔物は弱いが、レンを見たら襲い掛かってくるからな」
ロイはそう言うと、つづけてレンの興味を引く言葉を口にするのだ。
「ま、弱いおかげでこの村もどうにかなってる。倒せば肉を食えるし、魔石なんかも売れば金になるからな。だから俺一人でもなんとかなるわけだ」
(そうだ! 魔石だよ!)
魔剣召喚を繰り返して魔力を成長させるほかに、まだできることがあったじゃないか。
そう、魔石を使って熟練度を上げなくてはいけないのだ。
(魔石、見せてくれないかなー……)
レンが
レンがはじめてみた自室の外は、レンの部屋に劣らず中々にボロい。
廊下の床に用いられた濃い茶色の木材はところどころ色が抜けて古臭い。飾りっ気の一つでもあればまた違っただろうが、調度品は一つも見当たらなかった。
「むむっ……この屋敷もそろそろ直さないとな……」
唐突に床板が大きく
「親父から騎士爵と一緒に受け継いだこの屋敷も、いい加減限界か。ま、修繕は村が
ロイが口にしたように、アシュトン家はこの辺境の村を預かる騎士の家系だ。爵位における騎士とは一代限りとレンは思っていたが、この世界────いや、この国では違うらしい。
(でも父さん、赤ん坊に聞かせる話じゃないよ)
やがてロイは廊下の先で足を止め、面前の扉を開け放つ。
「ミレイユ! レンを連れてきたぞ!」
扉の奥はキッチンだった。
スペースの半分以上が土間で、外に通じる扉が備え付けられた古風なそれだ。
「あ、あなた!? 急にレンを連れてきてどうしたの!?」
ミレイユはその土間にある石造りの水場と、
「いやな、レンが魔石を見たそうにしてたから────」
「そんなわけないでしょ! もう!」
レンは「それがあるんです」と心の中で言う。
けれど
「はぁ……あなたってば昔からずっと剣馬鹿だったものね。昔からいつもいつも魔物と戦ってばっかりで、魔石を集めるのも好きだったもの。だから変な勘違いをしたのよ」
「へ、変な勘違いかどうかは確かめればわかるだろ! ほら! 俺が今朝狩ってきたやつの魔石を貸してくれ!」
「はいはい。もう
その言葉を聞いたロイはレンのことをミレイユに預け、土間の片隅に向かっていく。
そこにはまだ泥の汚れが残った毛皮と、その上に置かれた半透明の石があった。
(あれ、リトルボアの毛皮かな)
それは七英雄の伝説にて、主人公が最初に戦う魔物の名前だ。見てくれはイノシシに酷似している。
「レン。お父さんが魔物を討伐してくれるおかげでお金が入るし、お肉も村の皆で分け合えてるのよ。だからお母さんもたくさん尊敬しているの。……でも、レンは剣と魔石にばっかり目が行くような男の子にはならないでね。いい?」
約束はできなかった。
なので乾いた笑みを浮かべて返したが、ミレイユはそれでも喜んでくれた。
そこへ意気揚々と戻ったロイの手元には、先ほどレンが見た半透明の石がある。
「さぁレン、これが魔石だぞ」
ロイがレンに魔石を握らせた。魔石は近くで見ると若干緑色が混じっており、磨けば宝石に似た美しさを
レンは両手で握った魔石を見て、これまで以上に頰を緩ませる。
さっきはそんなはずない、とロイの言葉を疑ってかかっていたミレイユも、その様子を見て驚くと同時に、短いため息を漏らした。
「夫につづいて、息子まで魔石に懸想しちゃうなんて」
ミレイユはため息を吐くも、仕方なさそうに笑っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
────それから少し経ち、ロイに連れられて部屋に戻ったレン。
彼は先ほどの魔石をロイからおもちゃ代わりに貰っており、ようやく熟練度が得られると思い笑みを浮かべていた。
彼は
(……うん?)
が、何も起こらない。
数十秒経っても、数分経っても状況が変わらなかったことで、レンはたまらず腕輪を見る。
そこには、『この魔石は使用できません』という文字が浮かんでいた。
(もしかして)
魔石は自分で倒した魔物のものでなければ使えない。あるいは、特定の魔石でなければいけない。この二つの予想が頭に浮かんだ。
が、後者は新たな魔剣を得るための条件な気がしていた。というのはあくまでもレンの考えに過ぎないのだが、そのためレンは、熟練度を得る条件は前者だろうと思った。
(……なるほどね)
魔石なら何でもいいとなってしまうと、魔石を買うだけで熟練度を上げることが可能となってしまう。
それができない仕組みにするには、自分で討伐した魔物の魔石にすればいい。
(とことん楽をさせてくれないなんて……)
レンはこのことに気が付くと、ベッドの上に寝ころぶ。
天井を仰ぎ見たその顔は、これまでにない切なさに満ち溢れていた。



