【プロローグ】

 今日は公爵様とエイヴリルの結婚式だ。

 義理の妹コリンナは、エイヴリルの夫となる公爵閣下、ディラン・ランチェスターのもとに向かって、バージンロードをゆっくりゆっくりと歩いていく。

 なぜか、それを当のエイヴリルは地下に続く階段室の隙間から見守っていた。

 どうしてエイヴリルが自分の結婚式をこんな場所から見守っているのかというと、今まさにバージンロードを歩いているコリンナによってドレスを奪われ閉じ込められたからである。

 こんな残念なことになるまでにはきょくせつあったし、今すぐに説明できないのが悔しいくらいなのだが、少なくとも本意ではないことだけは声を大にして言いたい。


(あのドレス、やっぱり素敵ですね……。さすが、ディラン様が私のために仕立ててくださったドレスだわ。真っ白なシルクの生地にちりばめられたしゅうとラインストーンがれい……!)


 こんな状況なのに、自分がディランからの贈り物であるドレスに夢中になっていたことに気がついたエイヴリルは、ハッとしてあおくなる。


(いけないわ、また私ったら。ここはドレスの美しさに感激するところではなかった。ディラン様にごめんなさい、だわ。私への贈り物なのに……コリンナに奪われてしまったんだもの)


 一方、エイヴリルから奪ったドレスを身にまとい美貌の公爵の隣に進んだコリンナは、夫となるディランの顔を凝視して『エッ!?』と小さな悲鳴をあげた。

 それは、何かを忌避する叫びではなく明らかな感嘆の声。


(それはそうよね。ディラン様はとってもお顔がいいもの。たたずまいからも優しさや高貴さがあふていらっしゃるし、初めて間近で見たらあのような反応をしてもしかたがないわ。だって、コリンナだもの)


 悪女と評判の遊び人でもあるコリンナは、ディランのことが大変に好みだったのだろう。自分の夫となる人への高評価に、エイヴリルがほんの少しだけ得意になっていると。


「お前は誰だ。私の愛するエイヴリルを一体どこへやった」


 教会内に鋭く響いたディランの声。


(わ……〝私の愛するエイヴリル〟……)


 そういうのは今はちょっと勘弁してほしい。

 頰を染めて固まったエイヴリルの視線の先では、参列者たちがざわざわとし始め、コリンナが震えていた。


「ディ……ディラン様。私はエイヴリルですわ。この桜色の髪も、あおいろの瞳も、あなたが愛するエイヴリルそのものですわ。いつものエイヴリルと違うところなど一つもありませんわ」

「──あなたが愛するエイヴリル?」


 自嘲気味に笑った後、ディランは厳しい声色で続けた。


「お前。私が愛する妻の顔をわからないと思っているのか? 不敬罪で投獄してもいいが、まずはその前にエイヴリルの居所を教えろ。二度同じ問いはしない。今すぐにだ!」

「ひっ……!」


 コリンナはあまりの恐怖に力が抜け、床にへたり込んでしまったようだ。


(私とコリンナは母親が違うけれど、子どもの頃からよく似ていると評判でいつも間違えられていたものね。でも、結婚式で入れ替わるのはさすがに無理だったのではないかしら……って大変! ドレス! ディラン様からの贈り物のドレスが……!)


 隙間から見守っていたエイヴリルは、口に当てられたぬのひもめ、扉に体当たりをする。


「ふぃ……ふぃはひは、はらはは」


(い……いたいわ、からだが)


 一瞬だけ静まり返った教会に響いた、鈍い音。

 それが聞こえたのか、それともコリンナの震える指先を辿たどったのか。こちらを見たディランと目が合った気がした。


「……っエイヴリル!?」


 その瞬間、ディランはただすためにつかんでいたコリンナの身体からだをぽいと放り投げ、エイヴリルの方に走り寄ってくる。

 急に支えを失ったコリンナは、どさりと音を立てて床に転がった。


(あっドレス! そんなことをしてはせっかくのドレスが汚れてしまうわ……!)


 自分の結婚式を閉じ込められて見守っていた令嬢・エイヴリル。

 よくいえばおっとりした性格──つまり、こんな事態でもそんなに動じない強めのメンタルの持ち主である。

 それにしても、一体どうしてこんなことになってしまっているのか。

 答えは、一年前まで遡る。

刊行シリーズ

無能才女は悪女になりたい5 ~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~の書影
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