刑罰:クヴンジ森林撤退支援 顛末

 盛大な爆発が終わると、一瞬の静寂があった。

 それから、すぐに騒音。

 異形フェアリーどもが狂乱していた。魔王が死んだからだ──統率者を失い、群れとして止めようのない壊滅に陥りつつあった。魔王現象の核を失えば、異形フェアリーはこうなる。


(初めてじゃない)


 俺も魔王を仕留めたことは何度かある。

 だが、ここまでバカバカしい結末は初めてだ。


(俺も反省した方がいいな)


 自分の方もまた、この《女神》や聖騎士団と大差のない、真面目くさったアホと同類だった。


(ドッタを見ろ)


 もっと啞然とする手口で、やつは魔王を討伐するやり方を示して見せた。

 笑ってしまいそうだった。いま、そのドッタは白目を剝いて気絶している。俺が殴って鼻を砕いたあと、地面に叩きつけたからだ。


(すげえ疲れた)


 俺はその場に座り込んで深呼吸を繰り返した。そんな俺を見下ろすやつがいる。そいつは夜の闇の中でも輝いていた。火花を発して、燃える目で勝ち誇っていた。


「我が騎士」


 と、《女神》テオリッタは言った。

 胸を張り、満面の笑みのはずだが、どこか不安そうな声だった。


「魔王を討ちました。この私の偉大なおんちょう、……よもや不服と申すのではないでしょうね?」

「そんなもんねえよ」


 返す言葉もない。


「では、我が騎士」


 軽くせきばらいをして、テオリッタは俺の前に正座した。居住まいを正す、という感じだ。これからさも大事な儀式を行うというように。


「いつでも構いませんよ」


 彼女は手で金色の髪の毛をいた。


「そろそろ私を褒める時間ではありませんか?」

「ああ。わかった」

「早く。躊躇ためらう必要はないでしょう。ほら早く。準備できていますよ」

「わかったから──」


 死ぬほど疲れていたので、俺はゆっくり手を伸ばした。《女神》に対する報酬は、たった一つだけあればいい。そういうところはすごくいびつに思えるし、罪悪感も覚える。

 しかし彼女たちがそれを必要としているのなら、俺にどんな文句が言えるだろう?

 だから、俺は奥歯を嚙みしめながらそれに応えた。


「よくやったよ」


 テオリッタの金色の髪を撫でた。

 そうすると火花が散って、指先に刺すような痛みがあった。たいしたものではない。耐えるべきだ。今夜、テオリッタにしてもらったこと、俺たちがテオリッタにしてしまったことに比べれば、さいな問題だ。


「ふふん」


 テオリッタは俺に頭を撫でさせながら、鼻を鳴らした。


「もっと勢いよく撫でなさい。褒めの言葉も忘れずに」

「よく生きてたな」

「……変わった褒め方をしますね」


 彼女は不思議そうに俺を見上げた。


「生きているだけで褒めるとは」

「それだけで十分偉いよ。本当はな。アホどもはいい加減なことばっかり言うけど」


 信じられない、という顔をされた。そうかもしれない。《女神》というのはそういうものだ。


「そんな《女神》が許されますか?」

「許されるって、お前……」


 テオリッタは不安そうな顔をしていた。あるいは困惑するような。なんだろう、と俺は思う。なぜ、こんな顔をするのだろう。


「いや、知らねえよ。他人が決めることか?」

「……そうですか」


 テオリッタはわずかにうつむいた。


「そんなことを──私は」


 顔が曇った気がする。何かを思い出している? だが、何を? 俺は尋ねそびれた。次に顔を上げたときには、その影は消えていたからだ。


「では──それなら、ザイロ──あなたの言うことが正しければ! 生還したうえに魔王を討ち果たした私は、さらにものすごく偉大ということですね?」


 テオリッタは《女神》というより、子供のように笑った。


「もっと褒めることを許可します」

「助かったよ。偉大な《女神》だ。頭を撫でることすら恐れ多いな」


 仕方がないので、俺はもっと強く彼女の頭を撫でた。


「あんたはたぶん、人類の救世主になるだろうな」

「もっとです」


 テオリッタの口元がむずむずと動いた。これはもっと褒めなければ収まりがつかないだろう。


「……最高の《女神》だ。偉大さで目が眩しい」

「まだまだ」

「……まだか? テオリッタは偉い。すごい。こんなに尊い存在は、世界広しといえど──」

「ザイロ・フォルバーツ」


 テオリッタは物足りなそうだったが、俺はそこで手を止めざるをえなかった。

 名前を呼ばれた。本当は、ていの音も聞こえていた。どうでもよかったので気にしていなかっただけだ。


「貴様がやったのか」


 聖騎士団の白い鎧。真剣そのものの顔。キヴィアと、数名の聖騎士が、馬上から俺たちを見下ろしていた。


「そうだよ」


 俺は認めた。


「魔王を倒しといてやった」

「だから認めろ、とでも言うつもりか?」


 ものすごく不愉快そうな声だった。下手をすると、この場で俺を叩き殺すつもりなのかもしれないし、それは無理な話ではない。

 いまここで勇者みたいな大悪党を殺害したところで、それは備品を一つ壊してしまったという程度にすぎない。勇者も備品も、また修理して使えばいい。聖騎士団の長にはその権限がある。


(それに、この女には怒る資格もある)


 本来なら、彼女──キヴィアが《女神》と契約を交わしているはずだっただろう。《女神》と騎士の契約は、必ず一対一で結ばれる。

 この契約を破棄する方法は二つ。

《女神》と聖騎士が双方から契約の破棄を宣言するか。あるいは、《女神》が死ぬか。どちらかだ。


「我らから《女神》を盗み、焦土印さえ奪って、独断で魔王を討伐した」

「何も」


 俺は即答した。ほかに何も言えなかった。


「──あの」


 テオリッタは厳かに口を開いた。


「先ほどから気になっていたのですが、私を『盗んだ』とはいったい──どういうことですか?」

「《女神》テオリッタ。あなたは本来、我々第十三聖騎士団が……保護する予定、でした」


 キヴィアは苦しげに言った。

 泣きそうにも見えた。とても言いにくそうなことを、口にしているようだった。それとも、噓を? なぜだ? だいたい、なぜテオリッタを──最強の切り札である《女神》を使わず、眠らせていたのだろう。ここで全滅するまで戦おうとしたことといい、妙な点が多い連中だ。


「それを、そこの懲罰勇者が盗み出し、独断であなたと契約を交わしたのです──ザイロ・フォルバーツ! その悪党が!」

「そうですか」


 声を荒らげたキヴィアに対し、テオリッタの声は冷静だった。それも強がりだったのかもしれないが、とにかく俺が驚くほど落ち着いていた。


「ならば、それが運命だったのでしょう」


 テオリッタは微笑んでさえいた。

 なぜだろう。俺にはよくわからない。普通はもっと混乱するのではないか? 俺の方が混乱させられている。キヴィアも驚いたらしく、口を半開きにしていた。


「私は、ザイロ・フォルバーツを我が騎士として信じます。彼こそは、すべての魔王を討ち果たす者。我が恩寵を受けるにふさわしい騎士です」


 俺は思わず顔をしかめたと思う。俺は、そこまでの信頼を受けるに値する人間ではない。それは確実なことだ。

 なぜなら──


「しかし、《女神》よ」


 キヴィアはどこまでも冷酷な目で俺を睨んでいた。


「あなたは、その男の罪状をご存じないのです」

「どのような罪が?」

「女神殺し」


 キヴィアは呪うように言った。


「かつて聖騎士だったその男は、契約を交わした《女神》をその手で殺害したのです」


 それは事実だ。

 だから、俺は何も言わなかった。たしかに覚えている。《女神》の心臓をナイフで貫いた感触も、そのまま息絶えた《女神》の瞳の炎も、俺の手を焼くほど強く散った火花も、すべてだ。

 忘れるはずはない。



 このとき、クヴンジ森林で起きたことは、これがすべてだ。

 この後、俺たち懲罰勇者部隊には、すぐさま次の任務が下っている。

 それは、ドッタや俺の愚行を少しでも清算させようという代物で、当然のようにロクでもない仕事だった。

 内容は、引き続き第十三聖騎士団の支援任務。

 魔王化した地中構造体への突入支援──つまり、ダンジョン攻略のための人柱である。

 なお、ドッタ・ルズラスは原因不明の事故によりほぼ全身の骨を骨折し、修理場へ送られたことだけは、ここに記しておく。

刊行シリーズ

勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIIIの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIIの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録Vの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録IVの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録IIIの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録IIの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録の書影