第一幕 ①
「これで最後、かな?」
「ん、きっちり七十枚……ありますね。毎度どうも」
「なーにこちらこそ。ロレンスさんくらいしかこんな山奥まで来てくれないからな。助かるよ」
「代わりに上等の毛皮もらってますからね。また来ます」
そんないつものやり取りをかわし、山奥の村を出発したのはかれこれ五時間も前だ。日が昇ってすぐに出発して、山から下りて野に出た頃にはもう昼を回っていた。
天気は良く、風もない。荷馬車に乗ってのんびりと野を行くには絶好の
行商人として独り立ちして七年目、
背の高い草も木もほとんど生えていないために視界はとても良い。そのためにかなり遠くまで見通すことができて、視界ぎりぎりの
どこの貴族の子弟を取り込んだのかわからないが、こんな
修道院が建てられ始めた頃、ロレンスはその新しい
とはいっても彼らは
単純な売買の相手としては
そんなわけでロレンスは
修道院のほうで、誰かがこちらに向かって手を振っているのだ。
「なんだ?」
下男には見えない。彼らはこげ茶色の
すると、手を振っていた者はロレンスが自分のほうに向かって歩き始めたことに気がついたのか、手を振ることをやめたようだが自分から歩こうとはしない。じっと、ロレンスが到着するのを待つつもりのようだ。教会関係者が
ただ、のんびりと修道院に近づくにつれてはっきりと見えてきたその姿に、ロレンスは思わず声を上げていた。
「……
最初はそんな馬鹿な、と思ったものの、近づけばそれは
「貴様、何者であるか」
会話をするにはまだちょっと遠い距離、というあたりで騎士がそう叫んだ。自分は名乗らなくてもどこの誰かわかるだろう、と言いたげだ。
「行商人のロレンスという者ですが、何かご
もう修道院は目と鼻の先だ。南に向かって広がっている畑で働く下男達の数も数えられるくらいだ。
そして、どうやら騎士がそれ一人だけではないということもわかった。修道院の向こうにももう一人立っているのが見える。もしかしたら、見張りなのかもしれなかった。
「行商人? 貴様が来た方向には町などないはずだが」
銀の
しかし、
だから、ロレンスはすぐに返事をせずに
「一つどうです?」
「む」
と、騎士は一瞬迷う素振りを見せたものの、
ただ、騎士としての意地か、うなずいてから手を伸ばすまでにはだいぶ時間がかかったのだが。
「ここから半日ほどかけて東に行くと、山の中に小さな村があるんですよ。そこに塩を売りに行った帰りです」
「そうか。しかし、積荷があるようだが、それも塩か?」
「いえ、これは毛皮です。ほら」
ロレンスは言いながら荷台を振り向いて、
「ふん。これは?」
「ああ、これは、その村からもらってきた麦です」
毛皮の山の隅に置いてある麦の束は、ロレンスが塩を売りに行った村で育てられているものだ。寒さに強く虫にも食われにくい。去年北西のほうで冷害が
「ふん。まあ、いいだろう。行っていいぞ」
呼びつけておいてずいぶんな言い草だが、ここでおとなしく「はい」と言ったら商人失格だ。ロレンスはわざと先ほどの皮袋をちらつかせながら、騎士のほうに向き直った。
「何があったんですかね? 普段はここ、騎士様なんかいないでしょう」
若い騎士は質問されたのが不快だったのか、少し
うまく
「うむ……うまいな。これは礼をしなければなるまい」
騎士は理屈好きだ。ロレンスは商売用の笑顔で特にありがたそうに頭を下げた。
「この辺りで異教徒の祭りが近々開かれると聞き及んでいる。そのためここの警備を任されているのだが、貴様、何か知らんか」
なんだ、という
「やはり秘密裏に行われるものなのか。異教徒は総じて
騎士はうなずくともう一度
よほどおいしかったのだろう。下級騎士は装備や旅費に金がかかるばかりで実際の暮らしは弟子入りしたての靴職人のほうが良い。
もっとも、かといってこれ以上あげるつもりもロレンスにはない。蜂蜜菓子も安いものではないのだ。
「しかし、異教徒の祭り、ねえ」
修道院を後にしてだいぶ
騎士の言うそれには心当たりがある。というよりも、この近辺にいる者ならば皆が知っていることだろう。
ただ、それは別に異教徒のものでもなんでもない。第一、異教徒などというものはもっともっと北か、もっともっと東のほうにしかいないものだ。
この近辺で行われる祭りというのは、騎士がわざわざ配置されるような