第一幕 ⑨

 少なくとも、こそどろのようなだけはしなさそうだ。油断してはならないが、共に旅をするくらいならいいだろう。それに、ホロとこのまま別れ一人で旅をすれば、今まで以上に独りが身にしみそうだった。


「これも何かのえんだ。いいだろう」


 ロレンスがそう言うと、ホロはやっぱり喜ぶわけでもなく、ただ単に、笑ったのだった。


「ただし、食いは自分でかせげよ。おれも楽な商売をしているわけじゃない。豊作の神だろうと俺のさいまでは豊作にできないだろうからな」

「わっちもタダ飯をもらってあんのんとしていられるほど恥知らずじゃありんせん。わっちはけんろうホロじゃ。誇り高きオオカミじゃ」


 少しむくれてそんなことを言うと、とたんに幼く見える。しかし、それがわざとやっていることだとわからないほどロレンスの目もふしあなじゃない。

 案の定、それからすぐにホロは吹き出して、ケタケタと笑ったのだった。


「じゃが、誇り高き狼が昨日きのうみたいなしゆうたいさらしてちゃ、笑い話にもなりんせんがな」


 ちようするように笑いながら言うあたり、取り乱していたのは本心のようだった。


「ま、よろしくの……えーと」

「ロレンス。クラフト・ロレンス。仕事上じゃロレンスで通ってる」

「うん、ロレンス。この先未来えいごう、ぬしの名はわっちが美談にして語りがせよう」


 胸を張ってそう言ったホロの頭の上で、狼の耳が得意げに揺れる。案外本気で言っているのかもしれない。そんな様子を見るとようなのかろうかいなのかわかりづらい。ころころと変わる山の天気のようだ。

 いや、そんなふうにわかりづらい時点で老獪なのだろう。ロレンスはすぐに思い直して、荷台の上から手を差し出した。相手をきちんと一人の存在として認めた証拠だ。

 ホロはにこりと笑ってそれをつかむ。

 小さいが、温かいむすめの手だった。


「とりあえずな、もうじき雨が降る。はやく行ったほうがよいぞ」

「な……そういうことは早く言え!」


 ロレンスはり、馬がそれに驚いていなないた。昨日の夕方の時点ではとても雨など降りそうになかったのに、確かに空を見上げればうっすらと雲がおおっている。あわてて出発準備に取り掛かるロレンスを見てホロはケタケタと笑う。それでも笑いながらてきぱきと荷台に乗り込んで、寝くずした毛皮を手早くまとめて覆いをかけるあたり、仕事についたばかりのぞうよりかは断然使えそうだった。


「川はげんが悪い。少し離れて歩くのがよかろ」


 馬を起こし、おけを片付け、手綱たづなを握ってぎよしやだいにつくと、ホロも荷台からひらりと飛び乗ってきた。

 一人では少し広すぎるそこも、二人では少し狭い。

 ただ、寒さはしのげるのでちょうどよい。

 みような二人旅が、馬のいななきと共に始まったのだった。

刊行シリーズ

新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙XIの書影
新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙Xの書影
新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙IXの書影
狼と香辛料XXIV Spring LogVIIの書影
新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙VIIIの書影
新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙VIIの書影
狼と香辛料XXIII Spring LogVIの書影
新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙VIの書影
新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙Vの書影
狼と香辛料XXII Spring LogVの書影
新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙IVの書影
狼と香辛料XXI Spring LogIVの書影
狼と香辛料XX Spring LogIIIの書影
新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙IIIの書影
狼と香辛料XIX Spring LogIIの書影
新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙IIの書影
新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙の書影
狼と香辛料XVIII Spring Logの書影
狼と香辛料XVII Epilogueの書影
狼と香辛料XVI 太陽の金貨<下>の書影
狼と香辛料XV 太陽の金貨<上>の書影
狼と香辛料XIVの書影
狼と香辛料XIIISide ColorsIIIの書影
狼と香辛料XIIの書影
狼と香辛料XISide ColorsIIの書影
DVD付き限定版 狼と香辛料と金の麦穂の書影
狼と香辛料Xの書影
狼と香辛料ノ全テの書影
狼と香辛料IX対立の町(下)の書影
狼と香辛料VIII対立の町(上)の書影
狼と香辛料VIISide Colorsの書影
狼と香辛料VIの書影
狼と香辛料Vの書影
狼と香辛料IVの書影
狼と香辛料IIIの書影
狼と香辛料IIの書影
狼と香辛料の書影