少なくとも、こそ泥のような真似だけはしなさそうだ。油断してはならないが、共に旅をするくらいならいいだろう。それに、ホロとこのまま別れ一人で旅をすれば、今まで以上に独りが身にしみそうだった。
「これも何かの縁だ。いいだろう」
ロレンスがそう言うと、ホロはやっぱり喜ぶわけでもなく、ただ単に、笑ったのだった。
「ただし、食い扶持は自分で稼げよ。俺も楽な商売をしているわけじゃない。豊作の神だろうと俺の財布までは豊作にできないだろうからな」
「わっちもタダ飯をもらって安穏としていられるほど恥知らずじゃありんせん。わっちは賢狼ホロじゃ。誇り高き狼じゃ」
少しむくれてそんなことを言うと、とたんに幼く見える。しかし、それがわざとやっていることだとわからないほどロレンスの目も節穴じゃない。
案の定、それからすぐにホロは吹き出して、ケタケタと笑ったのだった。
「じゃが、誇り高き狼が昨日みたいな醜態を晒してちゃ、笑い話にもなりんせんがな」
自嘲するように笑いながら言うあたり、取り乱していたのは本心のようだった。
「ま、よろしくの……えーと」
「ロレンス。クラフト・ロレンス。仕事上じゃロレンスで通ってる」
「うん、ロレンス。この先未来永劫、ぬしの名はわっちが美談にして語り継がせよう」
胸を張ってそう言ったホロの頭の上で、狼の耳が得意げに揺れる。案外本気で言っているのかもしれない。そんな様子を見ると幼稚なのか老獪なのかわかりづらい。ころころと変わる山の天気のようだ。
いや、そんなふうにわかりづらい時点で老獪なのだろう。ロレンスはすぐに思い直して、荷台の上から手を差し出した。相手をきちんと一人の存在として認めた証拠だ。
ホロはにこりと笑ってそれを摑む。
小さいが、温かい娘の手だった。
「とりあえずな、もうじき雨が降る。はやく行ったほうがよいぞ」
「な……そういうことは早く言え!」
ロレンスは怒鳴り、馬がそれに驚いていなないた。昨日の夕方の時点ではとても雨など降りそうになかったのに、確かに空を見上げればうっすらと雲が覆っている。慌てて出発準備に取り掛かるロレンスを見てホロはケタケタと笑う。それでも笑いながらてきぱきと荷台に乗り込んで、寝崩した毛皮を手早く纏めて覆いをかけるあたり、仕事についたばかりの小僧よりかは断然使えそうだった。
「川は機嫌が悪い。少し離れて歩くのがよかろ」
馬を起こし、桶を片付け、手綱を握って御者台につくと、ホロも荷台からひらりと飛び乗ってきた。
一人では少し広すぎるそこも、二人では少し狭い。
ただ、寒さはしのげるのでちょうどよい。
奇妙な二人旅が、馬のいななきと共に始まったのだった。