introduction
『人は誰でも強さと弱さの間を揺れ動いている。どちらかに留まることはできない。強くなればなるだけ、迷いが許されない
――
ブギーポップは
「――――」
黒い帽子に黒いマントで身を包んだ、死神と
そこに近づいてくる二つの人影がある。
長身の男と、まだ幼さの残る少女だ。
男は
ブギーポップは二人の方に振り向いて、うなずきかける。
「やあ――やはり君もここに来ていたか。フォルテッシモ
言われて、隻眼の男は厳しい表情で、
「あれは――どうなると思う?」
と空を見上げながら
「なんとも言えないね。彼ら次第だ。別にどっちが悪くて、どっちが正しいってこともない」
そして少女も切羽詰まった顔で、
「あ、あの――なんなんですか、どうしてあの二人が? まったく――なんでこんなことになってるのよ、なんで――」
と一方的に嘆き続けて、他の者の反応など耳に入らずに、視線も向けず、半泣きで空ばかりを見上げている。
その空には異様なものが見える。
真っ黒い〝裂け目〟があちこちに生じていて、空というガラス細工にヒビが入っているかのように見えるのだった。
その異様な光景の下で、ブギーポップは肩をすくめて、
「今回は、ぼくも不確定性に振り回されてしまった。自動的だからどうしようもないけど――それにしても不思議だったよ。ついさっき、ぼくの前にフォルテッシモが現れたときは。彼は笑っていた。実に穏やかな表情をしていた。どうしてだろうね」
「…………」
「彼は、世界最強と呼ばれている男だ。全世界を裏から管理している
「あいつの考えていることが、他の者にわかるはずもない」
「まあ、そうやって割り切れるのは世界中で君だけだろうね。他の者たちはそうはいかない。フォルテッシモという巨大な〝最強〟という概念の前に、皆は正気を保っていることができずに、無闇に崇拝したり、頑なに交流を拒絶したり、逃げ回ったり、あるいはへりくだって仲間にしてもらおうとする。しかし――どうも彼は、そういうことにうんざりしていたような節もある」
「…………」
「彼がどうして最強なのかは、謎だ。彼は決して語らないだろうし、統和機構も突きとめることはできないだろう。彼の孤独は誰にも理解できない」
「それをあいつも望んではいないだろう」
「そのようだね。彼は最強ではあっても、皇帝にはなろうとはしていない。誰も彼に逆らえず、言うことを聞かせようとしたら、なんでも可能なのに」
「あいつは先頭にいる。誰かに言うことを聞かせるためには、そいつのいるところまで下がらなければならない――俺とやり合ったときがそうだった」
「なるほど。君としては勝った気がしないのは、彼に譲歩されたと感じているからか」
「あいつはこの世界からはみ出している。ここで一番になっても、きっと
「彼は何を夢見ているんだろう。それともそれがなんなのかわからないことに
「俺が少し前に知り合いになったヤツは、あいつのことを〝矛盾〟の
「なんでも貫く無敵の矛と、なにものにも壊されない絶対の盾――確かに彼はそのどちらも有していたが、この場合はそういう意味だけではないんだろうね」
「俺たちもみな、矛盾を抱えている。欲しいものを手に入れてもすぐに飽きるし、捨てたものを
「自由を何よりも必要としているのに、自分を保証してくれる立場に固執するんだよね。人間は矛盾の塊だ。そして彼は、最強であるが故に、
「あいつができないことが、ひとつだけある」
「そうだね――彼は、逃げることだけはできない。油断できないのは生来の気質かも知れないが、逃げる選択を決してしないのは、それだけが彼の心を支えているプライドなんだろうね」
「俺たちは、それに賭けるしかない」
二人がどこか投げやりになっている間にも、少女は必死な
(ああ――どうか、どうか神様、あの二人を助けてあげてください……!)
だが、そこに神はいない。悪魔もいない。
あるのはただ、湖面の氷にヒビが入るようにどんどん割れていく空と、その中で
空いっぱいに真っ黒い線が大きく走って、ばっくりと、裂ける――。
Boogiepop Puzzled
最強は堕落と矛盾を
〝Let The Sky Fall〟