crack2.死神は理不尽に脅すだけ ①
「言ってることが矛盾してるって? それがどうした。気になるならおまえがその矛盾を解消すればいいだろう」
――霧間凪の言葉より
いつもはどこにでもいそうな女子高生として過ごしているが、統和機構から呼び出されれば、冷酷非情な戦士として人類の敵と戦うことを義務づけられている。
舞惟のコードネームは〈ホルニッセ〉で、これはスズメバチを意味する。その鋭い針で、あらゆるものを貫く――ただし、防御力は無に等しい。
様々な状況を解決してきた
(しかし、それにしても……)
舞惟はとても困惑していた。彼女の目の前には、ほとんど会ったことのない〝超〟がつくお偉いさんが座っている。
そいつの眼は、左右で色が違っている。
「ホルニッセ――君ならできる」
静かな口調でそう言われる。舞惟はやや
「しかし、お言葉ですが、カレイドスコープ……そうは思えません。私にはこの任務、荷が重すぎると思います」
と返答した。
「私の能力〈アハト・アハト〉は、単なる射撃以上のものではありませんし、とてもフォルテッシモ関連の事態に対応できるとは思いません。それに私には情報分析も向いていませんし。調査だけでも別に適任がいるはずです」
「いや、君の〈アハト・アハト〉は極めて精度の高い砲撃能力で、その威力には疑問の余地はない。少なくとも今回の件で、同時に行方不明となっているカチューシャの制圧には君は適任だろう。彼女とは友人なんだろう? 自分の手で保護したいとは思わないのか?」
そう言われて、舞惟はあからさまに顔をしかめて、
「やめてください。別に彼女とは仲良くもなんともありません。むしろ嫌い合っているくらいです」
「しかし、何度もコンビで仕事をしていて、そのどれもが見事な成果じゃないか。ライバル関係と言ってもいいだろう。なんだったら、その関係にはっきりした上下を付けられる絶好の機会かも知れないぞ」
「……あまり楽しくない仕事ばかりでしたよ。できるなら、顔も見たくないんです」
「ふむ。因縁があるようだな。だが今の反応で、君が冷静であることも理解できた。やはり君に任せるしかないようだ」
勝手に納得している。舞惟はあわてて、
「い、いや別にカチューシャのことなんて、この事態には大して意味はないでしょう? 問題なのはなによりも、フォルテッシモの――」
言いかけて、しかし舞惟は口ごもってしまう。それが統和機構にとってどれほどの大事かを知っているからだ。
「……能力の喪失が真実であるかどうか、です。もしもこれが、彼のいつもの悪ふざけだったら――私には、その処理など荷が重すぎます」
「…………」
「あのう……ひとつ提言させてもらってもいいですか?」
「なんだ?」
「……どうして、あなたが直におやりにならないのですか、カレイドスコープ――あなたこそ適任ではありませんか。判断のできる立場であり、フォルテッシモとも渡り合えるだけの実力があり、彼になんらかの提案なり取引なりをできるだけの権限もあるでしょう?」
舞惟は思い切って言ってみた。彼女がこれから捨て石に使われるのなら、こんなことを言っても無駄なだけだ。それでも――と思っていたら、相手の反応が妙だった。
カレイドスコープは眼を閉じて、ふう、と大きなため息をついた。そして、
「……君の言う通りだ」
と言った。
「え?」
「私が直にやるべき仕事だ、これは――正直、他のヤツに任せるのは気が進まない。ましてやこれを機に、フォルテッシモを討ち取って名を上げようなどという、チンピラみたいな発想の連中がわらわら湧いてくるのは確実だし――」
苦々しい顔で、うんざりしているのを隠そうともしない。舞惟が唖然としていると、カレイドスコープは彼女を見つめてきて、
「だが――これは決定事項なんだ。この件はホルニッセひとりに委任するように、という指示が出ている。選択肢はないんだ」
と告げた。その言葉の意味が、舞惟には一瞬
(……え?)
と、その恐ろしい表現の真実に気がつく。この男、カレイドスコープは統和機構において、極めて特別な立場にある。あらゆる部門に属さずに、すべての部門に指示を出せる。何故なら、彼の上にいるのは統和機構の中でたった一人しかいないからだ。彼はナンバー2であり、その彼に〝指示〟を出せる者は……。
「ち、ちょっと――待ってください。それって――」
「君がやるんだ。いいな――私は、周辺で起こるトラブルを、できる限り排除する。頼んだぞ」
と言うなり、その姿が薄れていく。舞惟の目の前で、彼の身体が透明になっていき、そして完全に消失した。
彼の〝不死身〟とも称されるその能力はどういう性質なのか――当然、舞惟は知らない。知りたいとも思わない。
(そしてもちろん、フォルテッシモのことだって全然知りたくないし――!)
だが、彼女に拒否権がないのも、また事実だった。
彼女はとにかく、まず問題の現場にやって来た。
もともと封鎖されていた場所で、しかも事件も絶対秘密なので、その廃墟にはあれ以来誰も来ていないようだ。探偵小説ではないので、先に警察の鑑識が来てあれこれ調べてくれている、なんてこともない。
(うーっ……気が
彼女はふらふらと辺りを見回しながら、状況を推理する。
(ポエトリー・アナトミーの報告によれば、彼がサーチを尋問しているときにフォルテッシモがやって来て、彼女を連れ出していって、それを助けに来たミラーと交戦して……ということらしいが……)
確かに、両者が戦闘した形跡はある。そして、
(この砲撃痕――カチューシャのだな。彼女も戦闘に参加している……いや待て、あれは――)
彼女は視線の先に、倒れている人影を発見した。まったく動いていない。慎重に接近し、そしてそれが完全に死んでいるのを確認した。
(ミラー・ショートだ――右腕がないな。フォルテッシモに破壊されたのか? だが確かに、あの〝最強〟と交戦したのに、死体が残っているというのも不自然だ。相討ちになったという説に
彼女はため息をつきながら、ミラーの顔に手をやって、その
「君は優しい人だね」
と、唐突に背後から声が聞こえた。
びくっ、となって振り返る――戦闘態勢で、身構えながら声の発生源を探って――そこで、目が点になった。
「……は?」
と思わず声を漏らしてしまった。
そこにいたのは、奇妙なヤツだった。全身を黒いマントでくるんで、人というよりも筒みたいなシルエットになっている。頭には
そいつは彼女の動揺におかまいなく、
「その優しい感性が、きっと今回の件に必要なんだろうね。頭から敵に突っ込むような勇敢さはいらない。穏やかで一歩身を引いた慎重さこそが、この危機に際しては必要ということなんだろう」
と、淡々ともっともらしいことを告げて、
「今だって、いきなりぼくのことを攻撃しなかったしね。そうされても仕方ないようなタイミングだったのに、まずこちらのことを確認しようとした。実に慎重で、的確な判断だ」
と、妙に舞惟のことを褒めてくるようなことを言う。