crack1.最強の先は弱くなるだけ ⑥

(駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ……! こんなチャンスは二度とない! ヤツは、あのおぞましい異物はこの私が責任を持って処分しなければ……!)


 ジッタリン・フィジティンの、皺に囲まれた細い眼の中で、炎がめらめらと燃え盛っていた。それはぞうと怨念と焦燥とふんと、そして隠しきれない歓喜に満ちていた。ふくしゆうの機会を得た快感に酔いしれていて、そのことを自覚していなかった。


(さて、どうする……とにかくすぐにでも派遣できる暗殺部隊は――〈ポーラー・ボーナム〉だな……!)



 その小さな車は、カチューシャがその廃墟にやってくるのに使用したものだった。運転席が特別製で、小柄なカチューシャでもきちんと手足が操作系に届くようになっている。偽装された免許証でも、彼女は二十三歳という表記になっている。もっとも警察の裏側には、彼らの間でだけ通じる符丁があって、それを提示しさえすれば彼女がどんなに怪しくても、どんな検問でも通れるようにはなっている。しかし今は、そんなところに突っ込んだら居場所が割れるので、極力目立たないようにしなければならない。


「その……でかいサングラス……似合ってねーなぁ……ふふふ」


 後部席から、フォルテッシモのからかいが聞こえてきたので、カチューシャはついカッとなって、


「やかましいっ。どこから撮影されてるかわかんねーんだから、しょうがねーだろがっ。だいたい誰のせいでこんな苦労させられてると思ってんだよっ!」


 と運転しながら怒鳴ってしまった。しかしフォルテッシモはまったくひるむ様子もなく、相変わらず息をぜいぜいとあえがせながら、


「それそれ……それだよ、そのガッツだよ……何が何でもトラブルを生き延びようという……その根性……ふふふ……」


 とふてぶてしく呟く。カチューシャは舌打ちして、それ以上はもう返事をしなかった。

 後部座席には、臣井拓未が彼の隣に座らされている。

 彼はびくびくしながら、フォルテッシモの胸に空いている負傷をちらちらと見ている。そこはさっき、カチューシャが乱暴に爆撃能力で焼き付けて、出血が止められている。しかし適切な治療とはとても思えないし、その処置による火傷やけどが弾痕よりも大きく、彼の身体に刻み込まれてしまっている。ダメージはとても深刻で、今すぐ集中治療が必要としか思えない。


(この人たちって……何してんだろ……僕はなんでこんなことに巻き込まれて……)


 彼が途方に暮れていると、その〝声〟がどこからともなく聞こえてきた。


〝いやあ、危なかったなあ。おまえは知ったことじゃないが、オレのペンダントに当たらなくて良かった。もっとも当たって、ペンダントがバラバラになったら、どうなったんだろうな? この〈エンブリオ〉現象は消滅したのか、それとも別の何かに転移して、継続するのか――〟

「消えてりゃ……スッキリしたのにな……」

〝まあそう言うなよ。まだまだ腐れ縁が続きそうだぜ〟


 フォルテッシモが、小声でぼそぼそと、誰かと話している。


(……?)


 拓未が眉をひそめていると、フォルテッシモがその視線に気づいて、


「おまえ……もしかして」


 と言うと〝声〟も続けて、


〝ほう、小僧――おまえ、オレの声が聞こえるのか。ということは、おまえもまた〈突破〉しかけているということになるな――なかなか面白い巡り合わせじゃないか?〟

「え? ……なんのこと?」

〝いや、その意味は誰にもわからないんだよ、残念ながら。みんな手探りで未来を探している。そう、この〈最強さん〉も今ではこのテイタラク……保証された道なんてどこにもないって証明してる。さて小僧、おまえはどうなんだろうな。この運命において、おまえは巻き込まれた被害者なのか、それとも――おまえこそがこのけんの〈主役〉なのか――〟


 その言葉が淡々と拓未に語りかけてくる。彼が返事できないでいると、フォルテッシモが、またしても、


「ふ……ふふふ……ふふふふふふ……」


 と笑い出した。それで〝声〟がまったく聞こえていないカチューシャが苛立って、


「何笑ってんのよ。何がおかしいっつーのよ、この大ピンチのときにさぁ!」


 とわめくと、フォルテッシモは、


「ずるいぞ、おまえら……」


 と奇妙なことを言い出した。


「は?」

「いや、おまえらって……ずっとこんな風に感じていたのか、って思ってな……ずるいぜ、こんなにじりじりする気分を……生きてる間ずっと感じているのか……いやあ、そういうことか……これが」


 フォルテッシモは唇から血をこぼれさせながら、にやりと微笑んで、


「これが〝わくわくする〟って気持ちか……そうだ……まったく……ぞくぞくしやがるぜ……俺はどうなるんだろうな……ふふふ……ふはははは……!」


 その奇怪な笑い声を車内に響かせながら、小型車は裏通りを抜けて目的地の――臣井拓未の自宅に向かっていく。

刊行シリーズ

ブギーポップ・パズルド 最強は堕落と矛盾を嘲笑うの書影
ブギーポップは呪われるの書影
ブギーポップ・オールマイティ ディジーがリジーを想うときの書影
ブギーポップ・オーバードライブ 歪曲王の書影
夜明けのブギーポップの書影
ブギーポップ・リターンズ VSイマジネーターPart2の書影
ブギーポップ・リターンズ VSイマジネーターPart1の書影
ブギーポップは笑わないの書影
ブギーポップ・ビューティフル パニックキュート帝王学の書影
ブギーポップ・ダウトフル 不可抗力のラビット・ランの書影
ブギーポップ・アンチテーゼ オルタナティヴ・エゴの乱逆の書影
ブギーポップ・チェンジリング 溶暗のデカダント・ブラックの書影
ブギーポップ・ウィズイン さびまみれのバビロンの書影
ブギーポップ・アンノウン 壊れかけのムーンライトの書影
ブギーポップ・ダークリー 化け猫とめまいのスキャットの書影
ブギーポップ・クエスチョン 沈黙ピラミッドの書影
ブギーポップ・イントレランス オルフェの方舟の書影
ブギーポップ・バウンディング ロスト・メビウスの書影
ブギーポップ・スタッカート ジンクス・ショップへようこその書影
ブギ-ポップ・アンバランス ホーリィ&ゴーストの書影
ブギーポップ・パラドックス ハートレス・レッドの書影
ブギーポップ・ウィキッド エンブリオ炎生の書影
ブギーポップ・カウントダウン エンブリオ浸蝕の書影
ブギーポップ・ミッシング ペパーミントの魔術師の書影
夜明けのブギーポップの書影
ブギーポップ・オーバードライブ 歪曲王の書影
ブギーポップ・イン・ザ・ミラー 「パンドラ」の書影
ブギーポップ・リターンズVSイマジネーターPart.2の書影
ブギーポップ・リターンズVSイマジネーターPart.1の書影
ブギーポップは笑わないの書影