crack1.最強の先は弱くなるだけ ⑥
(駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ……! こんなチャンスは二度とない! ヤツは、あのおぞましい異物はこの私が責任を持って処分しなければ……!)
ジッタリン・フィジティンの、皺に囲まれた細い眼の中で、炎がめらめらと燃え盛っていた。それは
(さて、どうする……とにかくすぐにでも派遣できる暗殺部隊は――〈ポーラー・ボーナム〉だな……!)
*
その小さな車は、カチューシャがその廃墟にやってくるのに使用したものだった。運転席が特別製で、小柄なカチューシャでもきちんと手足が操作系に届くようになっている。偽装された免許証でも、彼女は二十三歳という表記になっている。もっとも警察の裏側には、彼らの間でだけ通じる符丁があって、それを提示しさえすれば彼女がどんなに怪しくても、どんな検問でも通れるようにはなっている。しかし今は、そんなところに突っ込んだら居場所が割れるので、極力目立たないようにしなければならない。
「その……でかいサングラス……似合ってねーなぁ……ふふふ」
後部席から、フォルテッシモのからかいが聞こえてきたので、カチューシャはついカッとなって、
「やかましいっ。どこから撮影されてるかわかんねーんだから、しょうがねーだろがっ。だいたい誰のせいでこんな苦労させられてると思ってんだよっ!」
と運転しながら怒鳴ってしまった。しかしフォルテッシモはまったく
「それそれ……それだよ、そのガッツだよ……何が何でもトラブルを生き延びようという……その根性……ふふふ……」
とふてぶてしく呟く。カチューシャは舌打ちして、それ以上はもう返事をしなかった。
後部座席には、臣井拓未が彼の隣に座らされている。
彼はびくびくしながら、フォルテッシモの胸に空いている負傷をちらちらと見ている。そこはさっき、カチューシャが乱暴に爆撃能力で焼き付けて、出血が止められている。しかし適切な治療とはとても思えないし、その処置による
(この人たちって……何してんだろ……僕はなんでこんなことに巻き込まれて……)
彼が途方に暮れていると、その〝声〟がどこからともなく聞こえてきた。
〝いやあ、危なかったなあ。おまえは知ったことじゃないが、オレのペンダントに当たらなくて良かった。もっとも当たって、ペンダントがバラバラになったら、どうなったんだろうな? この〈エンブリオ〉現象は消滅したのか、それとも別の何かに転移して、継続するのか――〟
「消えてりゃ……スッキリしたのにな……」
〝まあそう言うなよ。まだまだ腐れ縁が続きそうだぜ〟
フォルテッシモが、小声でぼそぼそと、誰かと話している。
(……?)
拓未が眉をひそめていると、フォルテッシモがその視線に気づいて、
「おまえ……もしかして」
と言うと〝声〟も続けて、
〝ほう、小僧――おまえ、オレの声が聞こえるのか。ということは、おまえもまた〈突破〉しかけているということになるな――なかなか面白い巡り合わせじゃないか?〟
「え? ……なんのこと?」
〝いや、その意味は誰にもわからないんだよ、残念ながら。みんな手探りで未来を探している。そう、この〈最強さん〉も今ではこのテイタラク……保証された道なんてどこにもないって証明してる。さて小僧、おまえはどうなんだろうな。この運命において、おまえは巻き込まれた被害者なのか、それとも――おまえこそがこの
その言葉が淡々と拓未に語りかけてくる。彼が返事できないでいると、フォルテッシモが、またしても、
「ふ……ふふふ……ふふふふふふ……」
と笑い出した。それで〝声〟がまったく聞こえていないカチューシャが苛立って、
「何笑ってんのよ。何がおかしいっつーのよ、この大ピンチのときにさぁ!」
と
「ずるいぞ、おまえら……」
と奇妙なことを言い出した。
「は?」
「いや、おまえらって……ずっとこんな風に感じていたのか、って思ってな……ずるいぜ、こんなにじりじりする気分を……生きてる間ずっと感じているのか……いやあ、そういうことか……これが」
フォルテッシモは唇から血を
「これが〝わくわくする〟って気持ちか……そうだ……まったく……ぞくぞくしやがるぜ……俺はどうなるんだろうな……ふふふ……ふはははは……!」
その奇怪な笑い声を車内に響かせながら、小型車は裏通りを抜けて目的地の――臣井拓未の自宅に向かっていく。