crack1.最強の先は弱くなるだけ ⑤
「ふふははは、ははははっ……! はははははははは……!」
空を見上げて、血を吐きながら爆笑している。
(な、なんなんだこいつ……おかしくなったのか……?)
カチューシャは恐ろしくなってきた。するとフォルテッシモは薄笑いを浮かべたまま、
「おい……カチューシャ、とかいったな、おまえ……」
と、かすれ声で彼女に話しかけてきた。
「え?」
と彼女が訊き返すと、彼は彼女の眼をまっすぐに見つめながら、
「おまえ……俺を助けた方がいいぞ」
と、奇妙に投げやりな調子で言ってきた。それは命令というよりも、忠告、というようなニュアンスで、必死さも切迫感もなかった。
「は?」
思わずカチューシャが間抜けな声を出してしまうと、彼はうなずいて、
「俺が……ここで死んだら、おまえはきっと面倒な立場になる。ああ……きっとそうなる」
と、やはり突き放したような、
言われて……カチューシャの顔色が変わった。
(……なんだって? いや……それは、確かに……)
彼女の目の前で、世界最強のフォルテッシモがあっさりと死んだ……となると、その原因のすべての責任が、彼女に掛けられてしまうのではないだろうか。それはいったい、どのような事態を招くことになるのか――。
「…………っ!」
カチューシャの顔色が真っ青になり、全身から冷汗が噴き出して、がたがたと震えだした。彼女にも、フォルテッシモが言っている意味がわかってきたのだった。
全世界のパワーバランスが、一転する……そしてその責任を、彼女が一人で背負わされる――。
(じょ……冗談じゃない!)
彼女が戦慄していると、また……近くで足音が響いた。
びくっ、となって振り返ると、そこにいたのは……この殺気立った状況の中、あまりにも場違いな、廃墟散策が趣味なだけの、ただの少年。
爆音から逃げた結果、逆にこっちに来てしまっていた臣井拓未だった。眼を丸くして、こっちを呆然と見ている。
その姿を見て――カチューシャは、
(使える――)
と
*
「おい! そこの――臣井!」
突然、自分よりも年下風の、フランス人形みたいに可愛らしい少女にそう怒鳴られて、拓未はびっくりしてしまった。
「え? え?」
彼が立ちすくんでいると、その少女はずかずかと早足で接近してきて、その手を取って、
「臣井――だろ? おまえの
「え? えええ?」
「おまえ、名前は?」
「た、拓未――」
「ようし拓未。私はカチューシャだ。おまえの助けが早急に必要だ。あそこに倒れている男を、ここからすぐに連れ出さなきゃならない。手伝ってくれ」
カチューシャが指差した先で、さっき拓未が遭遇した男が負傷して、倒れているのが見えた。拓未は思わず悲鳴を上げてしまいそうになり、その口がカチューシャの手で乱暴に塞がれる。
「むがが」
「ビビっている暇はないんだよ、拓未――他のヤツに見つかる前に、あいつを隠さなきゃならないんだ。おまえん家に連れて行くぞ。両親ともに今、海外出張してるだろ?」
「……な、なんで知ってるの?」
「行かせたのは私だ。付近に他の構成員がいるとまずいことをしていたからな――なんでおまえが今、ここにいるのかは知らないが、どうせ
「え、えと――」
「いや、そんなことはどうでもいい――とにかくあいつを運ぶのを手伝え。いいな?」
「ううう……」
カチューシャの切羽詰まった勢いに、拓未は反論することができなかった。
倒れている男のところに連れて行かれて、その肩を
「よう――ご同輩」
と話しかけられた。なんだかそいつは、重傷を負っているはずなのに、妙に楽しそうに見えた。
*
羽衣石頼我がその現場に到着したときには、既にフォルテッシモとカチューシャの姿はなかった。ただ、瓦礫の山に
「…………」
彼は周囲を見回し、離れたところで粉
(良かったな、サーチ・ショート……せめて一太刀は浴びせられたんだからな)
彼は、自分が彼女に
〝A級特殊事態が発生。フォルテッシモが反逆者ショート姉弟と相討ちになり、行方不明。任務に同行していたカチューシャも同様に消息不明。フォルテッシモの能力が消滅した可能性が極めて高いとみられる――〟
彼はこれを、まったく平静な表情で実行している。妙にさっぱりとした顔をしている。その右手を何度か握ったり、開いたりしている。それは彼がミラー・ショートの
*
……その通知は、その男のところにも当然届いていた。
(なんだと……フォルテッシモが……?)
その男はやたらに、顔に
ジッタリン・フィジティンは統和機構の中でもかなりの高位にあるが、いわゆる戦闘能力という点ではほぼ皆無である。この合成人間は、組織内で直接反逆者を始末するギノルタ・エージの監察部門と対になる、分析部門を担当している。その仕事はとにかく日々、ひたすらに大量の情報を収集し、解析することにある。以前と比べて、なにか不自然な変化が生じていないか、奇妙なズレがあるのではないか、そこに人類の敵となるMPLSの兆候があるのではないか――ひたすらにその研究をし続けている。頭が
そのジッタリン・フィジティンの顔に、いつもよりもさらに深い皺が刻まれていた。奥歯がガタガタと鳴っており、身体中が小刻みに揺れている。
(なんだそれは――どういうことだ……あいつが能力を喪失しただと? あの
ジッタリンは、参考にするためにありとあらゆるデータを洗い直してみたが、しかしポエトリー・アナトミーからの報告以外に、その情報の裏付けを取ることはできなかった。そして何よりも……
(行方不明――行方不明だと? 死んでいないというのか? あいつは、まだ生きていると?)
ぎりぎりぎり、と今度は噛みしめられた奥歯が
(いかん……いかん! もしもヤツが回復でもしたら、せっかくの機会が失われる……ヤツは今すぐにでも、ここで世界から消滅しなければならない!)
彼の上役に当たる〝