電撃文庫創刊25周年記念! 公式海賊本 電撃あいらんど! 収録
狼と海の王
荷馬車の荷台には、簡単な幌が付いている。
四隅に支柱を立てて、上に麻布を張っただけの、簡単な日除け用だ。
時折布の縫い目から夏の太陽の光がこぼれてきて、顔や手に当たるとくすぐられているような感じがする。それは決して気のせいではない。北の地とは比べ物にならないほどの強い日差しなのだ。
荷馬車に乗るのは四人。御者台には手綱を握るロレンスと、その手綱を握るホロ。荷台には、そんな二人の様子を微笑ましく眺めるコルと、コルの膝の上で昼寝をしているミューリがいた。
熱く、乾燥した夏も幌の日陰にいると適度に涼しく、乾いたそよ風が心地よい。
コルは膝の上のミューリの頭を撫で、そのさらさらの銀髪の感触を楽しんだ。
お転婆で悪戯ばかりのこの少女も、寝ている時だけは可愛らしい。
コルはそんなことを思いながら微笑んでいると、ふと、ミューリの小さな鼻がひくひくと動いた。
「んっ……んっ!」
そして、がばっと起き上がる。
その時には御者台のほうでも、娘のミューリと瓜二つのホロが立ち上がっていた。
「「海!」じゃ!」
母娘の歳の差は数百歳なれど、反応の仕方が全く一緒で、ロレンスとコルの男二人は思わず笑ってしまったのだった。
「ロレンスさん、竈はこのくらいで?」
「ああ、そんなに大きくなくていいよ」
白い砂浜に石を組んだ竈を作り、筵を敷いて支柱を立て、頭上に麻布を渡して日陰を作ってある。筵の上に小麦パンや葡萄酒の入った小さな甕を置いたロレンスは、荷馬車を駆った疲れからか、うーんと腰を伸ばしていた。
「しかし、ミューリは元気だな」
太陽の光と相まって、白い砂浜は砂金のように輝いている。そこではミューリが早速、海に飛び込んでばちゃばちゃと泳いでいた。
「お前は行かないのか?」
ロレンスは、筵に座り込んでなにやら麻袋を漁っていたホロに向けて声をかけた。
「ふん。わっちゃあ今更あんなふうにはしゃぐ歳でもないからのう」
娘のミューリの前では色々とあるのか、ホロがそんなことを言う。
しかし、それは決してホロが年相応の落ち着きを手に入れた、というわけではない。
賢狼ホロは、世をもう少しだけ、楽しむ知恵を手に入れているのだ。
「んっふっふ。これじゃ、これ」
袋から取り出したのは、途中の町の鍛冶屋で仕入れたらしい、三つ又に別れた槍の先端部分だ。それを、荷馬車の荷台から引っこ抜いてきた支柱の先に括りつけている。
「……ほどほどにな」
苦笑するロレンスをよそに、準備のできたホロは服を脱ぎ捨て海に走る。茶色の尻尾がなびき、白い砂浜によく映えた。
面白そうな玩具を手にしたホロを見て、ミューリが大騒ぎしたのは言うまでもない。
「はぐっ、はぐっ、おいしい!」
「んむ、海の魚は身が締まっておって良い」
焚き火の周りでは串刺しにされた魚がずらりと並んでいる。ホロとミューリの二人が捕まえた魚だ。
「ほら、ミューリ、こちらも焼けましたよ」
「このへんの魚は町で教わったオリーブオイル漬けにでもしてみるか」
「塩を多めにしてくりゃれ」
「ねえ、兄様、この大きいの、私が獲ったんだよ!」
潮騒にも、海鳥の鳴き声にも、すべてを白く塗りつぶすような真夏の日差しにも負けないくらい、四人の食事は賑やかだった。