第二章 これから先の事、選択するべき事 Dream. ①

    1


 はまづらはんぞうは、第七学区の中で、安さぐらいしか売り文句のない定食屋に入っていた。店の隅にあるテーブル席を陣取り、半蔵はビールとワンセットにしないと成立しないような味付けの料理ばかり注文している。

 浜面も、スキルアウトにいたころこまや半蔵といつしよに良く利用していた店だった。

 店の隅にはうすがたのテレビが設置されていた。ローマ正教の再編が進み、トップである教皇がマタイ=リースからペテロ=ヨグディスへと移った事を伝えるワイドショーをぼんやり眺めていた浜面に、半蔵が話しかけてくる。


「浜面は何かたのまねえの?」

「実はさっきファミレス寄ったばかりなんだ」


 と答えた浜面は、適当に塩の焼き鳥を何本か頼むにとどまる。


「……にしても、お前って和食ばっかりだよな。しかも全然伝統とか気にしないの」

「そうだっけ?」

「焼肉屋に入っても煮魚を頼むようなヤツだよ、お前は」


 料理が運ばれてくると、半蔵はしばらく食べるのに集中した。どうやら昼食前だったらしい。浜面はくしに刺さった焼き鳥を分解すると、細かく分けられた鳥の皮を一つずつ食べていく。

 ガツガツと食べ続ける半蔵に不審な目を向ける浜面は、


「お前どうしたの? 朝も食わなかったのか?」

「いや、ここ最近忙しくてさ。まともなモン食ってねえんだ。時間短縮ってヤツだよ。ゼリーとかビーフジャーキーとか、そんなのばっかり。座って食うのも久しぶりだな」

「?」

「浜面の方こそ、ここんトコ連絡つかなかったけど、どこで何やってたんだ?」

「戦場帰りの世紀末帝王」

「あん?」


 今度は半蔵がげんな顔をする番だった。

 その後も、どこそこのパチスロ店の設定がアコギ過ぎてブチ切れた客がダンプで突っ込んだだの、今はATMのセキュリティが厳しくなったからジュースの自販機をコツコツこわして回った方が確実だの、本当に自分で見聞きしたのか単なるウワサ話なのか分からないような情報交換を行うはまづらはんぞう


「へえ。浜面、オンナできたんだ」

「まーなぁ。……ただ、正直、不安もあるよ」


 浜面は分解した鳥の皮にくしをブスブス刺しながら、


「ほら、今までのやり方じゃ、攻める事はできても守る事はできねえじゃん。あいつとは何ヶ月かで終わっちまうような関係にはしたくねえからさ。となると、そろそろ、長期的な事を考えて動き出した方が良いんじゃねえかって」

「金の問題?」

「……かぎけのテクを使えねえかって考えてる。車上荒らしとかじゃなくてさ、ほら、ロードサービスとかで車内に鍵を閉じ込めちまった時に、ドアをこじ開ける係とかいるだろ。俺の持ってる盗みの技術もさ、そういう方向に成長させる事ができれば、『守り』のための力になるんじゃねえかなって思う訳」


 にはは、と浜面は照れくさそうに笑う。

 彼はポケットから取り出した通信教材らしき小さな参考書をテーブルの上に置くと、


「つっても、そう簡単に実用的なレベルの技術が手に入るとは思えねえけどな。セキュリティ名目のグレーゾーンの雑誌とか読んでみるとさ、電子ロックとかの方面はサッパリなんだよ」

「……まぁ、『興味の方向性』が見えてりゃマシなんじゃねえの? 文系と理系みたいなもんでさ、適性ってのはあるもんだよ。何事にもな。意外とこれさえ分かってりゃ何とかなるもんだよ。少なくとも、『な努力』になる可能性はねえんだ。後は動いた分だけ少しずつ、確実に積み上がるだけだ」

「そんなもんかね」

「ATM盗むために二分で重機のエンジン掛けてたお前なら、鍵関係に進むのは悪いせんたくじゃねえと思うよ」


 その時、携帯電話の着信メロディが流れた。

 半蔵はポケットから携帯電話を取り出すと、画面だけ見てまた電話をしまった。

 彼は伝票をつかみ、席から立ち上がる。

 浜面はげんな顔で、


「どうした?」

かねもうけの話」


 半蔵は苦笑して、


「っつっても、これはお前の言う『攻め』の話だ。『守り』にはならねえ。今の浜面には利益にゃならねえよ」

「そっか」

「って訳で、ちょっと急ぐからここでお別れだ。またな、浜面」

「おい、俺も出すよ」

もうけ話って言ったろ。ここはおごってやる」


 はんぞうは言うだけ言うと、はまづらに背を向けてレジに向かう。

 彼の話に乗れない事に、ちょっとだけせきりようかんを覚える浜面だったが、


「……おっ? レジに店員いねえでやんの。今がダッシュのチャンス!!」

「テメェええええ!! 俺を残して一人で食い逃げしてんじゃねえええええええええ!!」


 直後に感情の淡い味付けは特濃ソースで塗りつぶされた。


    2


 近所のスーパーでお夕飯のお買い物。


「……、」

「……、」


 店内に流れる『何のつもりでそのチョイスなの?』という時代遅れのポップスを耳にしながら、一方通行アクセラレータ番外個体ミサカワーストは立ち尽くしていた。

 この場違い感は野球場へ試合観戦に行ったら、何かの手違いで敵対チームの応援団が居座る三塁側の応援席のど真ん中に、たった一人で放り込まれたのに匹敵する。


「これって……ひょっとして、悪意に塗り潰されたミサカ達を一般市民と並べる事で、いかにゆがんでいるのかを肌で知りなさいって訳?」


 ショッピングカートを片手でガラガラと押す番外個体ミサカワースト

 対して、一方通行アクセラレータの方はさらにげんそうな調子で、


「……平和な光景に慣れろって事だろ」


 何やら鹿っぽい意見に聞こえなくもないが、実は、戦場帰りの人間にとってこれほど重要な事はない。ここで違和感をぬぐえず、何もない日々に溶け込む事ができないでいると、結局、その人物はせっかく帰ってきた『平和』を自ら遠ざけ、戦いの中でしか生きていけなくなってしまう。

 一方通行アクセラレータにしても、番外個体ミサカワーストにしても、今までは人々が作り出す悪意の中心点にいた。

 血が流れるのが当たり前、生き残るためにはルールの裏をかく事が大前提とされる中で、泥にまみれてい進んできた。

 それらの経験の積み重ねは彼らにある種の実力を与える一方、だれよりも『平和を自ら遠ざけかねない』リスクをはらんでいるのだ。

 怪物。

 恐怖の対象。

 誰かを殺さなければ価値をいだされない者。

 そんな風になりたくなければ、この『場違いな空気』を取り込むしかない。これこそが『当たり前』だと思えるようになるしかない。

 ……のだが。


「ヘイヘイ、そこの優等生さんよ」

「うるせェな」

「そんな特売のチラシなんてどうでも良いよ。全部盗んじゃえばタダになるじゃん」

「……オマエ、ぶンなぐってほしいのか?」

「なんでー? そういや、菓子って店の外に持ち出される事には警戒しているようだけど、店の中で全部食って空き袋だけ棚のすきにねじ込んじゃう事はこうりよしていないって思わない?」

「オマエはホント、根底にあンのが悪意だよな」

「逆に、値札の通りに料金を払って品物を手に入れるってプロセスが、ミサカには信じられないよ。いかに安くいかに楽して、ってのがショーバイの基本じゃない?」

「金を払わねェのは商売じゃねェ」

「そーだ。試食品で食中毒のフリしようか?」

「それやったら俺がオマエを食い殺すからな」


 ブツブツ言いながら、一方通行アクセラレータはわずかに首をかしげた。


(……何で俺が『常識を語る側』になってンだ?)


 場違いと言えばあまりに場違いだが、しかし一方で、こんな風に思わなくもない。

 確かに、常識を語るのは場違いかもしれない。

 だが、自分には常識が通じない、というのは、実は何のまんにもならないのではないか、と。

刊行シリーズ

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