第二章 これから先の事、選択するべき事 Dream. ②

    3


 第七学区の定食屋を出たはまづらは、ポケットの中の携帯電話がふるえるのを感じ取った。

 取り出して画面を見てみると、『たきつぼこう』と表示されていた。

 が、通話ボタンを押して耳に当てると、彼女とは違う声が聞こえてきた。


『浜面ーっ! ったく、超遅いんですよ基本使いっ走りのくせに! 一体どこまで超逃げてやがるんですかーっ!!』

『もーいーよ。ひまつぶしに鹿どもサクッとたたいておこうと思ったのに、一人でチンピラ全員引きつけやがって。逃げるのにチンタラやってる浜面がもう一度チンタラ戻ってくるのを待ってたら日が暮れちまう。こっちからお前を捜しに行ってやるからよ』

「そ、そうか。俺は今───」

『良い、良い』


 むぎの声がさえぎった。

 続けて彼女はこう言う。


『なんか退屈だし、はまづら捜しをゲームにしようかと考えていてね』

「?」

『私と、きぬはたと、たきつぼ。一番浜面を見つけるのが遅かったヤツにはばつゲームって事にしよう。……うーん、罰ゲームの内容は……』

『どうせなら、超バニースーツを着るの刑とかにしましょうよ』

「ナニィ!!!???」

『……何やら浜面が超うつとうしいテンションになっているんですけど、滝壺さんって何でこんなのとくっついたんですか?』

『……だいじよう。はまづらの良い所はそこじゃない……』



(あれ!? バニー部分は全否定された!?)


 にわかに立ち上る危機感にわなわなし始めた浜面だったが、ここで詳しい事は聞けない。後で二人きりになった時に話し合おう、と浜面は心に誓う。


『それじゃ、今から浜面捜し競争の超始まりという事で。よーいドン』


 プツッと通話が切れた。

 浜面は携帯電話の小さな液晶画面を眺める。

 はんぞうとは同じ道には行けないかもしれない。スキルアウトという集まりに戻る事もできないかもしれない。

 第三次世界大戦なんてものを乗り越えても、結局、浜面は近所の不良に追い掛け回されたら逃げる事しかできないさんしただ。

 ただ、それでも今の自分には人と人のつながりがある。

 むぎ、絹旗、そして滝壺。

 フレンダというメンバーは欠けてしまったけど、浜面達はまた『アイテム』という繫がりを取り戻した。

 いなくなった自分を捜しに来てくれる人達がいる。

 その事が、派手ではないけれど、浜面の心の奥底の支えとなっていた。

 そういう事に、改めて気づかされた。


(……ホント、いつまでも逃げ回ってるだけじゃ済まねえな)


 浜面はそう思う。

 この平和な世界での戦いは、きっとなぐり合いで勝敗が決まるのではない。無理矢理に他人から奪うものでもない。そんな事をしなくても、大切な人を守れるような人間になれるかどうかで、すべてが決まるのだ。

 と、そんな風にしみじみしていた浜面だったが、


(……あれ? 滝壺達は俺を捜してくれるって言ってたけど、その間、俺はどうしてれば良いんだ?)


 好き勝手に移動して良いのか、ここでじっとしていなければいけないのか。

 実は細部のルール説明がされていないままゲームが始まってしまっていた。よって、はまづらは進むも戻るもできなくなり、へっぴり腰のまま待機、という間抜けな絵になってしまう。


「おやー?」


 と、へっぴりオブジェHAMADURAに声が掛けられた。

 少女のものだ。

 浜面が振り返ると、そこにいたのは……なんと表現するべきか、丈の異常に短いミニ浴衣ゆかた(?)を着た少女だった。髪は茶色で、全体的に化粧も濃く、あっちこっちにアクセサリーが満載。何というか、『都会の高校生というものを知らないじいさんが無理矢理想像するとこんな感じ』という色彩でまとめられた少女である。

 知り合いでもあった。

 名字は知らないが、くるわという名前で呼ばれている女の子だ。

 彼女は肩、胴、脚などに巻きつかせたくさりをジャラジャラ鳴らしながら浜面の方へ近づいてくる。


「浜面氏じゃないですか? こんな所で何やってるんです?」

「世紀末帝王ランドマーク」

「?」


 人知れずゴール地点となっている浜面は、詳しく説明せずに淡い笑みを浮かべた。


「郭ちゃんこそ何やってんの? またはんぞう捜してるとか?」


 浜面の知る限り、この郭という少女は忍者マニアの可哀かわいそうな性格をしていて、何かにつけて半蔵の事を追いかけ回していたような気がする。

 それが関係しているのか知らないが、なにかしら心境の変化があったのか、このところ口調が丁寧になっていた。


「やだなぁ。半蔵様は今ちょっと忙しそうな感じですから、私は別行動中です」

「そうなの?」

「そうですよー。っていうか、今でも本気で半蔵様を捜している最中だったら、たとえ色仕掛けを使ってでも浜面氏から持っている情報を全部引き出していますって」

「いろ、じか、け……?」


 普通なら喜ぶべきかもしれない。にもかかわらず浜面の声が詰まっているのは、かつてこの少女にそんな事をされた際、不意打ちをらわされたからだ。

 大体郭がこんな事を言う時は危険な兆候だ、と浜面は身構える。

 その顔がよほど気に食わなかったのか、郭はムッとした顔で着物の帯へ手を伸ばすと、


「何やらしんらいせいの低そうなリアクションですね。何なら今からお見せしましょうか?」

「ちょっ待て脱ぐな脱ぐな!! 目的なき色仕掛けは際限のないエロ地獄にしかならない!!」


 おそおののはまづらに何を感じ取ったのか、くるわは帯から手をはなす。

 彼女はこう言った。


はんぞう様といつしよにいたいのはやまやまですけど、足だけは引っ張りたくありませんしね」

「そういや、何かやる事あるとかって言ってたっけ? メシ食う時間もないとか、忙しそうな感じだったけど」

「半蔵様とは?」

「さっき会ったよ。そこの定食屋で。あいつ、相変わらず庶民派の和風家庭料理ばっかりたのみやがるよな」

「まぁ、中華料理屋でフツーの野菜炒めを頼むような方ですからね」

「焼肉屋で煮魚を頼むようなヤツだし」


 はっはっは、と共通の見解を得て意気投合する二人。


「となると、へえ。浜面氏も半蔵様から話は聞いているのかな?」

「軽くなら。かねもうけの話だろ」

「うーん。私が今かかわっているのとは違いそうですね」

「郭ちゃんが関わってるのって何よ?」

「いや、半蔵様が抱えている案件に私が首を突っ込んでいるだけなんですけどね。でも、あんなの抱えたまま、別件で動けるのかなあ?」

「?」

「でもまぁ、浜面氏はもう聞いているって話だし、しゃべっちゃってもだいじようですよね」

「何が?」

「だからあれですよ。あの話───」


    4


 チラシの印で指示された通り、一方通行アクセラレータ番外個体ミサカワーストはショッピングカートへ商品を放り込んでいく。


「ふりかけ、つくだ、しらす、めんたい、梅干し……」

「合成物以外まともに食った事のないミサカが言う事じゃないんだろうけどさ、ご飯にかけるもの多すぎない?」

「手を抜きたがってンだろ。これが冷凍食品のオンパレードじゃねェだけマシだと思え」

「冷凍食品でもミサカにゃぜいたくひんだけどねえ」


 そこで、番外個体ミサカワーストの軽口がわずかに途切れた。

 一方通行アクセラレータが、チラシの指示にはないものを手に取ったまま、動きを止めている。何かしらのマスコットと提携しているらしく、ふりかけの瓶の上部キャップに、おまけの人形がくっついているものだ。

 これが一方通行アクセラレータしゆなら爆笑するよりほかないが、流石さすがに笑いの神様はそこまで番外個体ミサカワースト微笑ほほえんではくれないだろう。

 それでも、ちようしようするには足るものであるだろうが。


「ひよこのマスコットなんてベッタベタな……。親御さん、そいつは最終信号ラストオーダーへのお土産みやげですかね?」

「あのガキの本質はどォあれ、趣味こうについては割と単純だ」


 一方通行アクセラレータき捨てるように言って、ふりかけの瓶を軽く振った。


「……オマエもミサカネットワークの一員で、『一つの大きな意思』からのえいきようは受けているンだよな。だったら、趣味嗜好についても似たり寄ったりか?」

「あのね。ミサカはネットワークから干渉されているとはいえ、それは『ネットワークの中の悪意や黒い部分』に特化しているんだってば。あのてんしんらんまんと同系に扱ってもらっちゃ困るんだけど」

「……、」

「そもそも、ミサカは『それをみにじる事』であなたに効果的なダメージを与えるように設計されているはずだけど? ロシアの雪原でそれについては痛いほど分かったと思っていたんだけどね。大体、そんな無価値なマスコットになんて……」


 すい、と一方通行アクセラレータが無言でふりかけの瓶を軽く振ると、番外個体ミサカワーストの目線がそちらへ動く。

 逆方向へもう一度振ると、やはりアオザイ少女の目線も移動する。


「オマエ、さっきからひよこのマスコットから目をはなせないでいるぞ」


 くっ!! と番外個体ミサカワーストめずらしくろうばいした。


「……ま、まさか、このミサカを最終信号ラストオーダーと同列視する事で、肉体と精神のアンバランスなプレイをご所望するとはね……」

「そもそもナンバリングで言えば、オマエの方が妹だろォがよ」

刊行シリーズ

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