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「こっちだ」
半蔵が手招きすると、一〇歳前後の少女がその後に続く。
彼らが向かっているのは地下街の入口だった。
不良少年と人形のような少女。この二人の組み合わせの異質さは、寿司と一緒にコーヒーを頼むクラスだろう。
フレメア=セイヴェルン。
特徴的と言えば特徴的な格好の少女だ。白やピンクを基調として、フリルやレースでモコモコに膨らんでいる。対して下はすっきりとしていた。ミニスカートと、ワインレッドで厚手のタイツのようなもので下半身を覆っているのだ。アイドル……それも現実の芸能人ではなく、ゲームの中にでも出てきそうなアイドルのような格好だった。
その服装は、自分で好んで選んでいるというより、彼女の容姿を見た周りの人間が勝手に選んで押し付けているような印象もある。
つまり、それだけの容貌を備えているのだ。
その細い手足や、ふわふわした金髪、色の白い肌に透き通った青い瞳など、まさしく『人形のような』というたとえの似合う風貌が、全体的な印象を押し上げていた。平たく言えば、彼女が着ているものなら何でも流行になってしまいそうな感じなのである。
平時であれば、その容貌は間違いなくプラスに働いていただろう。
だが今は違う。
追われる身とあっては、良くも悪くも『目立つ』風貌はマイナスにしか働かない。
半蔵も分かっていた。
そもそも、彼は不良集団スキルアウトの中でも、特に人混みの中に紛れる事に関しては天才的な腕を持つ人間だ。
そんな彼が、極めて目立つフレメアを連れて地下街に向かっている理由は単純だ。
フレメアの居場所を、『追っ手』に知られたからである。
……元々、半蔵は多くの隠れ家を持っていた。いや、それが趣味だとさえ言えた。暇さえあれば隠れ家を用意する。段ボールハウスから高級マンションまで寝泊まりできる場所を街の至る所に用意し、情報収集のために使える『常時空きのあるインターネットカフェ』を探し、安物のバイクや車を隠し持って、身分をいくつも用意する。数は多ければ多いほど良い。少なくて困る事はあってもその逆はない。そんな風に考えていたのだが……。
(失敗したな)
率直に、半蔵はそう判断する。
(各々の隠れ家の定期メンテをやっているところを押さえられて、そのまま尾行されたか。クソ、これじゃごまかしのために大量の蓄えをしている意味がないぞ!!)
高級マンションだろうが段ボールハウスだろうが、長期間放っておけば傷んでしまう。そうならないように定期的に出入りをしているのだが、そのどこかで『追っ手』に捕捉された。
相手がどこまで半蔵の事を調べているかは知らないが、複数ある隠れ家は全て使えないと思った方が良い。
よって、半蔵達は別の隠れ家に向かうため、地下街を走っているのではない。
もっとも、フレメアの方は明確な目的地を何も設定していなさそうだが。
半蔵が手にしているのは携帯電話だが、中身をかなりいじってあるので、電話以外の電波も拾えるようにできている。
例えば。
街の至る所に巡回している、治安維持用の訓練を受けた教師陣……『警備員』の無線などだ。
(大物犯罪者の移送のために、念のため『下』もチェックしている最中だ。地下街に突っ込めば、後ろ暗い『闇』の連中は一度下がらざるを得なくなる!!)
そんな風に考えていた半蔵は、まだ甘かったのかもしれない。
街の不良程度なら、今の対応で十分に『追っ手』を怯ませる事ができただろう。
そして移動ルートを寸断できれば、追跡を振り切れる勝算もかなり高くなるはずだった。
しかし、
ゴバッ!! と。
いきなり地下街の天井が崩れ、『追っ手』は速やかに下りてきた。
相手は警備員など気にも留めていなかった。
大量の粉塵が舞い上がる。半蔵から三〇〇メートルほど離れた所に落ちた『追っ手』は、人間の形をしていなかった。
(なん、だ、あれは……?)
粉塵の向こうに見えるシルエットは、巨大な虫の上部に人間の上半身を取り付けたような形状だった。しかも大きい。高さだけで、地下街の天井に届きそうなほどった。
滑らかな動きに、思わず生物的なイメージを抱いてしまった半蔵だったが、直後にその認識は改めさせられる。
駆動鎧。
それも八本脚。頭にあたる部分は存在せず、胴体に直接レンズやセンサーが取り付けてある。腰の部分は三六〇度回転するようにできているようだ。一体どういう操縦体系で、人間の四肢の動きをどうリンクさせているのか分からないが、全高が五メートル以上ある事を考えると、おそらくパイロットは胴体部分にスペースを確保した上で着込んでいるのだろう。
が、一番の特徴はその腕か。
左右の腕はサイズが歪だった。左腕が人間の二倍程度なのに対し、右腕は四倍以上ある。そしてそれぞれ、肘から下は円筒形になっていた。その先端近くには、銃剣のように別途手首が取り付けられている。
左腕は機関銃。
右腕は……、
「滑腔砲!?」
戦車の主砲などに使われるタイプの砲である。
半蔵が叫ぶと同時に、砲口から閃光が迸った。
フレメアを突き飛ばす余裕すらなかった。
わずかに離れた壁へ砲弾が直撃し、衝撃波が炸裂した。ドォン!!!!!! という発射音は、一瞬遅れて半蔵の聴覚を叩いた。衝撃波によって耳の感覚はやられているはずなのに、さらにその上からこじ開けるように莫大な音が襲いかかってきたのだ。
だが、いちいち苦痛に文句を言っている余裕はない。
そもそも、半蔵の体は数メートルもノーバウンドで飛ばされ、床に叩きつけられている。
正直な話、彼は気を失っていた。
そして三秒後、正確に意識を取り戻した。
理由は明快で、
(……脳波レベルに応じて自動的に胸部へ放電するシールドAEDが、ここで役に立ったか……)
「が……げふ……っ!! ふ、ふれ、フレメア……ッ!!」
脳震盪で起き上がる事もできないまま、朦朧とした目を周囲へ向ける半蔵。周囲では大勢の学生が悲鳴を上げ、あちこちの出口に向かって走り始めていた。その甲高い声や足音などが半蔵の頭にガンガンとした痛みを与えてくる。
警備員は数秒ほど呆気に取られたが、すぐに動き出した。八本脚の駆動鎧に向けて拳銃を二、三発撃つが、装甲に弾かれるのを知ると、即座に方針を改める。彼らは迅速に学生達を避難誘導させる事で、少しでも被害を軽減させるよう努める事にしたようだ。
ただのやられ役で終わらないところは褒めるべきだが、あの状態では半蔵やフレメアを守ってくれる、とまでは期待できそうもない。八本脚が本気になって突撃してきたら、『避難誘導を促す』程度の事しかできない警備員など蹴散らされてしまう。
(どこだ、フレメア! くそっ!!)
床を這いずるように移動しながら、半蔵は見知った少女を捜し続ける。
壁が大きく破壊され、衝撃波で周囲の柱やガラスなども砕けている中、小さな影が床の上を転がっているのが見えた。
彼女だ。
一〇メートル近くの距離がある。
ここからでは無事かどうか分からない。が、少なくとも五体満足ではいるようだ。滑腔砲でまともに狙われていたにしては、奇跡と言って良い状況だ。
ドォン!! ドゥン!! という、複数の砲撃音が半蔵の耳を叩いた。
例の八本脚が、警備員を牽制するように砲を撃っているのだ。
一発撃つごとに肘の辺りから不要となった砲弾底部の円盤が排出され、短い方の左腕を使って新しい砲弾を装塡していくのが分かる。どうやら砲弾は背中のバックパックのような所から取り出しているらしい。