警備員を直接照準に収めるのではなく、その手前の床へ砲弾を落としているのは『追っ手』なりの良心なのだろうか。それとも、対装甲兵器で人間をいちいち狙うのが面倒だから、破片の雨で攻撃したがっているだけか。
防弾用のベストやプロテクターは破片の雨から彼らを守るだろうが、衝撃だけはどうしようもない。まるでバケツで塩水を被せてからスタンガンを浴びせたかのように、屈強なはずの警備員達が次々と意識を刈り取られていく。
八本脚の右腕、その肘の辺りから、燃えカスと共に金属製の円盤のようなものが排出された。砲撃後に必要のなくなった、砲弾の底部だ。
「う……」
その砲撃音で、衝撃波にやられていたフレメアが呻き声を発した。意識を取り戻した……というよりは、半ば強引に揺り起こされたといった方が近いだろう。
半蔵の手足にも、ようやく力が戻ってきた。
(標的に当たる前に、いくつかのパーツが壁や天井にぶつかってる……。使ってる砲弾は、APFS……何だっけ。あのアルファベットばかり並んでいるヤツ。爆薬じゃなくて莫大な圧力で装甲を抜くタイプ。おまけに多層構造方式。装甲ぶち抜いた後、内部に破片と衝撃波を撒き散らす仕組みだ)
本来であれば、人間を直接狙うのではなく、戦車や装甲車などの車両を撃って、内部の人間を殺傷するための砲弾だ。『密閉された頑丈な箱』の中でこそ最大の破壊力を発揮する破片の雨と衝撃波は、だからこそ半蔵達を仕留め損なったのかもしれない。
「……フレ、メア。立てるか、フレメア!?」
「……、」
身じろぎはするものの、まともに応答しない少女の元へ、半蔵は身を低くしたまま走る。
駆動鎧が反応した。
八本脚でこちらへ近づきつつ、右腕の主砲を容赦なく向けてくる。
半蔵は建材の破片だらけの床の上を滑るような格好でフレメアに近づき、抱き上げ、そのまま通路の角へ消える。
砲撃が来た。
音よりも速く飛来する死の塊が、半蔵と駆動鎧の間にあった壁へと激突した。
だがそこで終わりではない。
壁の片面へとぶつかった砲弾の衝撃波はそのまま壁の中を通り、反対側の面から放射状に撒き散らされた。建材そのものを大きく震わせ、巨大なスピーカーのように。
ッッッドン!!!!!! という爆音が、半蔵とフレメアの耳を打った。
「ぶっ───、げ、ほっ!?」
薙ぎ倒される。壁が振動に耐えきれず、数ミリ単位の細かい破片が剝離して半蔵の肌に突き刺さっていた。とっさにフレメアを庇うように抱き寄せられたのは、我ながら人生の好プレーベスト五に入ると半蔵は思う。
(粘着式の……非殺傷エアスタン砲……ッ!?)
自分が生き残った事よりも、まず目の前の疑問を優先させる半蔵。
(弾種が、変わった? あいつ、複数の砲弾を切り替えて使う事ができるのか!!)
近頃の滑腔砲は、一つの砲身で砲弾や対空ミサイルを同時に扱うらしいから、ひょっとするとあの駆動鎧も誘導兵器すら扱う可能性がある。
(いや、近頃の、と言えば)
のろのろとした動作で起き上がり、腕の中のフレメアの安否を確認しながら、半蔵は考える。
(学園都市の滑腔砲なら、走行中に連射しても、五〇〇〇メートル先の標的を九五%以上の確率で命中させる。いかに『小さい標的』が相手だからって、この距離で仕留め損なうはずがない……)
当然ながら、『追っ手』に手を抜く理由はない。
あの駆動鎧のスペックが、普通の戦車より劣る事もないだろう。
となれば、何かがある。
この環境で、この地下街で、たった三〇〇メートル先にいる生身の人間を二回も殺し損ねるような、何かが。
(……地下街……)
「そうか」
半蔵は顔を上げた。
(精密照準に電波を使っているんだ。開けた戦場ならともかく、複雑に入り組んで電波を乱反射させるような環境だと、思った通りに補正が利かないんだ)
この分だと、市街戦でも苦労しそうなモデルである。
おそらく、第三次世界大戦当時、遮蔽物の少ないロシアの原野での使用を考慮して調整されたものを、今回の作戦に流用したが故の欠点だろう。
だとすれば、
(意図的に電波を乱反射させるような何か、あるいは強力な電磁波を精密照準の受信部に照射できるような何かがあれば、あいつの砲撃をほぼ使い物にできなくする事も……)
逆転のチャンスか、それとも欲が張った時こそ最大の危機か。
ガシャガシャという八本脚の駆動音を聞いて、半蔵はとにかくこの場を離れようと考えた。軍用の機種なら並の自動車でも振り切れるかどうか分からないが、相手の図体の大きさを利用すれば、逆手の取りようはあるかもしれない。
(それより、回り込まれて左腕の機関銃を乱射される方が問題か。あっちは『対人』専用に調整されているはずなんだから)
何にしても、近づかれて得をする事はない。
狭いルートを通るのが定石だが、あの滑腔砲で無理矢理にこじ開けられる可能性がある以上、やはり『絶対に安全』という言葉は使えない。
(出口……)
半蔵はフレメアの体を抱き抱え、ゆっくりと起き上がる。
(何か、あいつの裏をかけるような、普通じゃない出口があれば……)
分かっていても、即座に打開策が出てくる訳ではない。結果として半蔵は地下街にあらかじめ用意された複数の出口を思い浮かべてしまう。とにかく足を動かさなければ、という想いが、最も敵に読まれやすい選択肢を選んでしまう。
しかも。
かくん、と。半蔵の膝から、唐突に力が抜けた。
一〇歳程度のフレメアの小さな体すら支える事ができず、床に膝をついてしまう。何とか倒れるのだけは防げたが、この調子では軍用の駆動鎧から逃げるどころか、まともにまっすぐ歩く事すらままならない。
原因は簡単だ。
二度にわたる砲撃は半蔵達を殺すには至らなかったが、ダメージはゼロではなかった。衝撃波は半蔵の芯から体力を奪い、同時に平衡感覚を狂わせていたのだ。
(や、ばい)
半蔵は息を吸おうとして、自分の顎が強張っている事に初めて気づく。
(自分で自分のダメージに気づいていないとか、どれだけ黄色信号なんだっつの)
たった数十メートル先にある出口の階段が、異様に遠い。
このままでは逃げ切れない。
芋虫のような速度では、駆動鎧の追跡を振り切る事はできない。警備員を平然と攻撃している事を考えると、公衆の面前へ逃げ込むぐらいでは諦めさせるのも不可能だ。
『追っ手』は、確実にフレメアを殺そうとしている。
その八本脚がギシギシと立てる音が、半蔵の耳につく。
破壊された建材の破片を踏みつけ、何か巨大な影が、ぬっと角から現れた。顔を覗かせる、という表現が似合う動きは妙に人間的で、それが逆に半蔵に寒気を覚えさせる。
当然のように、言葉などなかった。
ただ駆動鎧は正確に、左腕を半蔵達に向けた。
右腕の滑腔砲ではなく、対人用に特化した左腕の機関銃を。
(く……っ!!)
正直、ここまで付き合う必要はなかったはずだ。
駒場利徳が守りたかった少女。
だがそれは、あくまでも感傷に過ぎない。強制力はない。普段の彼のロジックなら、自分が確実に生き残るために不利な条件は全て切り捨てるはずだった。
しかし。
一八ミリを超える口径の機関銃に対して無意味と知りつつも、半蔵はとっさにフレメアに覆い被さる。何故そうしたのか、そこからどういう結果に繫げたかったのか。それを考えている猶予すらなかった。
直後に、駆動鎧の機関銃が火を噴いた。
正確に。
無慈悲に。
ただし。
それは半蔵やフレメアを狙ったものではない。
ガォン!! と。