第三章 わずかな余白と次へと繫がる予兆 Girl. ③

 地下街出口の階段からすべり降りてきた、4ドアの乗用車に対してだ。


 口径一八ミリと言えば、対装甲車両用の大型ライフル弾を超えるサイズだ。それが一〇秒で五〇発もばらかれるのだから、ファミリー用の4ドアがどうなるかなど、考えるまでもない。

 階段を降り、前輪が地下街の床をんだ時点で、乗用車前面のボンネットがグシャグシャにひしゃげた。エンジンルームが砕け、オイルに火がく。

 一気に起爆した。

 乗用車は、駆動鎧パワードスーツどころか半蔵の元にすら届かなかった。

 熱と煙と突風だけが、まとめて彼の肌へと吹きつけられる。


(クソッ、どこの鹿だ!? お節介な自殺しやがって……ッ!!)


 だがそれでも金属フレームだけになった乗用車は直進した。元からあった加速度だけで、ホイールだけになった車輪を回して進んでくる。

 八本脚は無言で右腕のかつこうほうを構えた。

 あの程度の勢いで乗用車がちよくげきしても、駆動鎧パワードスーツを操る者にダメージは届かないだろう。駆動鎧パワードスーツが警戒しているのは、車内に爆発物がある可能性だ。

 ちゆうちよなく、砲撃があった。

 せんこうと共に放たれた砲弾は半蔵やフレメアの頭上を飛び越え、その奥にあった乗用車のざんがいを、さらに爆発させた。今度こそ前進は許さない。そもそも、残った金属フレームそのものが四散する勢いで爆発は巻き起こっていた。

 床に伏せていたはずの半蔵が、さらに転がされるぐらいの爆風が生じた。

 目を覆いたくなるほどのかい

 乗用車を運転していた人間がどうなったか、想像するのも恐ろしい。

 だが、


(……なん、だ……)


 ごうごうと炎を噴き出す車のざんがい、その運転席のあった場所に人影はなかった。ほうげきで破裂したのかとも思ったが、違う。あれは、


(ま、さか、無人……?)


 炎が一段とかがやきを増し、熱風がはんぞうほおでる。倒れたまま、思わず彼は顔をそむけた。

 だからこそ、彼は気づいたのかもしれない。

 半蔵はたまたま、出口ではなく駆動鎧パワードスーツの方へ首を向けさせられていた。

 そして。

 駆動鎧パワードスーツの真後ろから迫る、もう一つの影を見た。


 はまづらあげ

 警備員アンチスキルの装備を抱えた少年が、駆動鎧パワードスーツへと忍び寄っている。


 通常であれば。

 どんなに音を殺しても、八本脚は三六〇度すべての情報を取得し、接近する者の数と位置を正確にあくしていたはずだ。車両や人間を問わず。そもそも、現代ではたった数十センチの無線操縦車両にロケット砲を積んで、草の陰から砲撃させる兵器すら実用化されているのだ。『大きな弁当箱程度のサイズの、自由に動き回る地雷』をも正確に感知できるように設計されている八本脚が、素人しろうとの高校生の接近を見逃すとは思えない。

 ただし、一点だけ例外がある。

 かんぺきなセンサー群が正常に働かなくなるしゆんかん

 それは、


(砲撃、直後の……反動と、しようげきで……ッ!?)


 そのための、無人の乗用車。

 駆動鎧パワードスーツに張り付くためのきっかけ作り。

 そして、おそらくは地下街でせんとう不能状態に追い込まれた警備員アンチスキルからもぎ取って来たであろう、浜面が両手で抱えている装備の名前は、


 HsLH-02。

 鋼鉄の扉を破るための、式ハンマーだ。


 一見するとバズーカ砲のような外見だが、中身はせんたんの平たくなった巨大なくいだ。浜面はそれを一度振り子のように後ろへ振ると、砲口先端を駆動鎧パワードスーツへとたたきつけた。

 引き金は必要ない。

 砲口付近にしようげきを与える事で、重量二〇キロの巨大なくいは亜音速で標的をたたく。

 ゴンッッッ!!!!!! と。

 金属同志の激突するごうおんさくれつした。

 はまづらねらったのは、八本脚の一本……今まさに移動のために重量を乗せて床に下ろそうとしていた脚だった。よこなぐりの一撃は駆動鎧パワードスーツの脚を払うような格好で、そのバランスを大きく崩す。

 八本脚の右半身が大きく沈み、それでも転倒は免れる。

 そこへ二発目。

 浜面のリニアハンマーがかつこうほうひじの辺り……通常であれば、高さの関係で手の届かなかった場所へとようしやなく叩き込まれる。機械の内側から何かがねじれるようないやな音がひびき、あれだけ巨大だった滑腔砲が釣り竿ざおのように揺さぶられた。

 だが、それだけだった。

 砲がれる事も、折れ曲がる事もない。


か!?)


 はんぞうみした。リニアハンマーは『貫く』ではなく『破る』装備だ。杭のせんたんは平たくなっていて、扉全体に衝撃を与えてやぶるように開け放つために設計されているのである。

 扉をこじ開けるのならそれで十分だろうが、装甲をぶち抜くためには不向きなのだ。

 駆動鎧パワードスーツは右腕を揺さぶられた以上の力で、滑腔砲を浜面の方へ勢い良く向け直した。

 しかしそこで何かに気づいたように、八本脚は動きを止める。

 右肘。

 浜面がリニアハンマーを叩きつけた場所。

 そこには砲弾をそうてんするための補給口があるはずだった。だんはスライド式の防護扉で守られているが、その防護扉がわずかにゆがんでいた。

 そして、わずかだろうが何だろうが、歪んだ防護扉がスライドしなくなれば、もう開かない。砲弾を装塡できなければ、滑腔砲を放つ事はできない。仮に砲の中に砲弾が残っていたとしても、気密性に問題があれば、砲身を破壊しかねない。

 駆動鎧パワードスーツの肩が不規則に上下した。

 その動きには、明確ないかりが宿っていた。

 だが浜面もだまってはいない。

 八本脚が左腕の機関銃を浜面へ向けようとするのと、浜面が片手でつかんで空中に放り投げたボックス状の灰皿の底へリニアハンマーを叩き込んだのはほぼ同時だった。

 盗難防止のためかわざと重く作ってあった灰皿はぐしゃぐしゃにひしゃげ、すさまじい勢いで発射された。駆動鎧パワードスーツの左手首に直撃し、機関銃の狙いをらす。

 ドガガッ!! と、短い連射が浜面とは関係のない壁を砕く。

 その間にはまづらはリニアハンマーを操作し、二〇キロのくいを砲身内へ引っ込める。今度は下から上へすくい上げるような円軌道で、強引にリニアハンマーのせんたんを突き上げる。

 電磁力式のアッパーカットが、八本脚の胴体下面にあるセンサー群をまともにたたいた。特に精密照準に重要な、レーダー受信部をひしゃげさせる。

 その辺りが限界だった。

 八本の脚の一本が、浜面のリニアハンマーを下から叩き上げた。それだけで浜面の両手からリニアハンマーがはじかれ、てんじようの建材に突き刺さる。電子制御で正確な姿勢制御を行う駆動鎧パワードスーツは、さらに役立たずの右腕を動かした。かつこうほうは使えないとはいえ、機械の力で振り回される複合装甲のかたまりだ。

 浜面の胴が、くの字に折れた。

 こぶしというよりはいびつなラリアットに近いこうげきを受けた浜面の体が、床に叩きつけられて何度もバウンドした。


「がァァああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

「浜面!!」

「げ、ぶっ……は、しれ。はんぞう、今なら逃げ切れる……ッ!!」


 半蔵の間近まで転がされた浜面は、それでも起き上がり、動けない半蔵の腕を取って移動を始める。半蔵は自分の手の中からフレメアの体がすべり落ちそうになっているのに気づき、


「浜、面。フレメアを、この子をたのむ」

鹿野郎!! お前もいつしよに逃げるんだよ!!」


 浜面達は熱風にもひるまず、かいされ尽くした乗用車のわきを通って出口の階段へ向かう。

 八本脚は左腕を動かした。

 一八ミリの機関銃が即座に火を噴く。

 だが、電波を使った精密照準が使えず、補助として利用した赤外線装置は燃え盛る廃車の熱風によって、使い物にならなくなっていた。有視界の光学照準も、黒煙のせいで補正がかない。

 最後はほとんど運に助けられた。

 浜面、半蔵、フレメアの三人は、階段を上って地上へ飛び出す。

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