地下街出口の階段から滑り降りてきた、4ドアの乗用車に対してだ。
口径一八ミリと言えば、対装甲車両用の大型ライフル弾を超えるサイズだ。それが一〇秒で五〇発もばら撒かれるのだから、ファミリー用の4ドアがどうなるかなど、考えるまでもない。
階段を降り、前輪が地下街の床を踏んだ時点で、乗用車前面のボンネットがグシャグシャにひしゃげた。エンジンルームが砕け、オイルに火が点く。
一気に起爆した。
乗用車は、駆動鎧どころか半蔵の元にすら届かなかった。
熱と煙と突風だけが、まとめて彼の肌へと吹きつけられる。
(クソッ、どこの馬鹿だ!? お節介な自殺しやがって……ッ!!)
だがそれでも金属フレームだけになった乗用車は直進した。元からあった加速度だけで、ホイールだけになった車輪を回して進んでくる。
八本脚は無言で右腕の滑腔砲を構えた。
あの程度の勢いで乗用車が直撃しても、駆動鎧を操る者にダメージは届かないだろう。駆動鎧が警戒しているのは、車内に爆発物がある可能性だ。
躊躇なく、砲撃があった。
閃光と共に放たれた砲弾は半蔵やフレメアの頭上を飛び越え、その奥にあった乗用車の残骸を、さらに爆発させた。今度こそ前進は許さない。そもそも、残った金属フレームそのものが四散する勢いで爆発は巻き起こっていた。
床に伏せていたはずの半蔵が、さらに転がされるぐらいの爆風が生じた。
目を覆いたくなるほどの破壊。
乗用車を運転していた人間がどうなったか、想像するのも恐ろしい。
だが、
(……なん、だ……)
ごうごうと炎を噴き出す車の残骸、その運転席のあった場所に人影はなかった。砲撃で破裂したのかとも思ったが、違う。あれは、
(ま、さか、無人……?)
炎が一段と輝きを増し、熱風が半蔵の頰を撫でる。倒れたまま、思わず彼は顔を背けた。
だからこそ、彼は気づいたのかもしれない。
半蔵はたまたま、出口ではなく駆動鎧の方へ首を向けさせられていた。
そして。
駆動鎧の真後ろから迫る、もう一つの影を見た。
浜面仕上。
警備員の装備を抱えた少年が、駆動鎧へと忍び寄っている。
通常であれば。
どんなに音を殺しても、八本脚は三六〇度全ての情報を取得し、接近する者の数と位置を正確に把握していたはずだ。車両や人間を問わず。そもそも、現代ではたった数十センチの無線操縦車両にロケット砲を積んで、草の陰から砲撃させる兵器すら実用化されているのだ。『大きな弁当箱程度のサイズの、自由に動き回る地雷』をも正確に感知できるように設計されている八本脚が、素人の高校生の接近を見逃すとは思えない。
ただし、一点だけ例外がある。
完璧なセンサー群が正常に働かなくなる瞬間。
それは、
(砲撃、直後の……反動と、衝撃波で……ッ!?)
そのための、無人の乗用車。
駆動鎧に張り付くためのきっかけ作り。
そして、おそらくは地下街で戦闘不能状態に追い込まれた警備員からもぎ取って来たであろう、浜面が両手で抱えている装備の名前は、
HsLH-02。
鋼鉄の扉を破るための、電磁力式ハンマーだ。
一見するとバズーカ砲のような外見だが、中身は先端の平たくなった巨大な杭だ。浜面はそれを一度振り子のように後ろへ振ると、砲口先端を駆動鎧へと叩きつけた。
引き金は必要ない。
砲口付近に衝撃を与える事で、重量二〇キロの巨大な杭は亜音速で標的を叩く。
ゴンッッッ!!!!!! と。
金属同志の激突する轟音が炸裂した。
浜面が狙ったのは、八本脚の一本……今まさに移動のために重量を乗せて床に下ろそうとしていた脚だった。横殴りの一撃は駆動鎧の脚を払うような格好で、そのバランスを大きく崩す。
八本脚の右半身が大きく沈み、それでも転倒は免れる。
そこへ二発目。
浜面のリニアハンマーが滑腔砲の肘の辺り……通常であれば、高さの関係で手の届かなかった場所へと容赦なく叩き込まれる。機械の内側から何かがねじれるような嫌な音が響き、あれだけ巨大だった滑腔砲が釣り竿のように揺さぶられた。
だが、それだけだった。
砲が千切れる事も、折れ曲がる事もない。
(駄目か!?)
半蔵は歯嚙みした。リニアハンマーは『貫く』ではなく『破る』装備だ。杭の先端は平たくなっていて、扉全体に衝撃を与えて蹴破るように開け放つために設計されているのである。
扉をこじ開けるのならそれで十分だろうが、装甲をぶち抜くためには不向きなのだ。
駆動鎧は右腕を揺さぶられた以上の力で、滑腔砲を浜面の方へ勢い良く向け直した。
しかしそこで何かに気づいたように、八本脚は動きを止める。
右肘。
浜面がリニアハンマーを叩きつけた場所。
そこには砲弾を装塡するための補給口があるはずだった。普段はスライド式の防護扉で守られているが、その防護扉がわずかに歪んでいた。
そして、わずかだろうが何だろうが、歪んだ防護扉がスライドしなくなれば、もう開かない。砲弾を装塡できなければ、滑腔砲を放つ事はできない。仮に砲の中に砲弾が残っていたとしても、気密性に問題があれば、砲身を破壊しかねない。
駆動鎧の肩が不規則に上下した。
その動きには、明確な怒りが宿っていた。
だが浜面も黙ってはいない。
八本脚が左腕の機関銃を浜面へ向けようとするのと、浜面が片手で摑んで空中に放り投げたボックス状の灰皿の底へリニアハンマーを叩き込んだのはほぼ同時だった。
盗難防止のためかわざと重く作ってあった灰皿はぐしゃぐしゃにひしゃげ、凄まじい勢いで発射された。駆動鎧の左手首に直撃し、機関銃の狙いを逸らす。
ドガガッ!! と、短い連射が浜面とは関係のない壁を砕く。
その間に浜面はリニアハンマーを操作し、二〇キロの杭を砲身内へ引っ込める。今度は下から上へすくい上げるような円軌道で、強引にリニアハンマーの先端を突き上げる。
電磁力式のアッパーカットが、八本脚の胴体下面にあるセンサー群をまともに叩いた。特に精密照準に重要な、レーダー受信部をひしゃげさせる。
その辺りが限界だった。
八本の脚の一本が、浜面のリニアハンマーを下から叩き上げた。それだけで浜面の両手からリニアハンマーが弾かれ、天井の建材に突き刺さる。電子制御で正確な姿勢制御を行う駆動鎧は、さらに役立たずの右腕を動かした。滑腔砲は使えないとはいえ、機械の力で振り回される複合装甲の塊だ。
浜面の胴が、くの字に折れた。
拳というよりは歪なラリアットに近い攻撃を受けた浜面の体が、床に叩きつけられて何度もバウンドした。
「がァァああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
「浜面!!」
「げ、ぶっ……は、しれ。半蔵、今なら逃げ切れる……ッ!!」
半蔵の間近まで転がされた浜面は、それでも起き上がり、動けない半蔵の腕を取って移動を始める。半蔵は自分の手の中からフレメアの体が滑り落ちそうになっているのに気づき、
「浜、面。フレメアを、この子を頼む」
「馬鹿野郎!! お前も一緒に逃げるんだよ!!」
浜面達は熱風にも怯まず、破壊され尽くした乗用車の脇を通って出口の階段へ向かう。
八本脚は左腕を動かした。
一八ミリの機関銃が即座に火を噴く。
だが、電波を使った精密照準が使えず、補助として利用した赤外線装置は燃え盛る廃車の熱風によって、使い物にならなくなっていた。有視界の光学照準も、黒煙のせいで補正が利かない。
最後はほとんど運に助けられた。
浜面、半蔵、フレメアの三人は、階段を上って地上へ飛び出す。