第三章 わずかな余白と次へと繫がる予兆 Girl. ④

    2


 八本脚の駆動鎧パワードスーツは右腕の調子を確かめると、逃亡者の行き先を辿たどるように、出口の階段へと脚を向ける。

 そこで、通信が入った。


『おしまいだ。シルバークロース』

「もう良いのか」

『作戦の目的は達せられた』

「おいおい、必要なのは二人だけだったはずだ」


 八本脚は通信相手の言葉に対し、いぶかしげな声を上げる。


「つまり、フレメア=セイヴェルンとはまづらあげ。三人目はいらない。必要のない護衛を生かし続けていると、またわきみちれるかもしれないぞ」

『あそこまでやれば十分だろう。ここから再びぶんするとは思えない』


 通信相手は鼻で笑ったような息遣いの音を発し、


「まったくだ。キャニスター弾を使っていればいちげきで終わらせられたのに」

『そもそも、そのモデルは向いていなかったんじゃないか? ロシア平原での野戦を想定した広域電波照準は入り組んだ都市部では精度が落ちるし、それだけの火力だと殺さないようにするのも大変だっただろう』

「インパクトが重要だったんだよ。その点ではこのモデル……エネミーブラスターが最適だ。これでも私はTPOをわきまえて着こなす男だからな」


 駆動鎧パワードスーツは右腕の復旧をあきらめ、


「これから帰還するが、はどうなっている? あっちも動かない事には始まらないんじゃなかったか」

『心配はない』


 その言葉を聞きながら、駆動鎧パワードスーツは地上で待機しているサポート要員へ連絡を取る。流石さすがに、ここまで目立つ格好で街中をかつしている訳ではない。観光用の大型バスにそうした特殊車両を使って、街の風景に溶け込むようにしているのである。

 ところが、


「応答しろ。どうしたカメレオン、応答しろ。……くそ、何が起きているんだ」

『だから言っただろう、心配はないって。も動き出しているよ』


 あざわらうように、通信相手は付け足した。




「どう思う?」


 そうつぶやいたのは、番外個体ミサカワーストだった。

 二〇〇メートルほど先の地下街出入り口からは、煙突のように黒煙が立ち上っていた。しかし彼女の目線の矛先は、あからさまな事件現場ではなく、目の前にある大型バスの中だった。

 正確には、『暗部』の工作車両である。

 あっという間の制圧。

 一方通行アクセラレータ番外個体ミサカワーストの二人は、無力化した工作車両を観察している。

 一見すると窓の部分に黒い日差しけを張り付けた観光バスのように見える。しかし実際には内部のほとんどが空洞で、戦車でもうんぱんできそうなスペースと、それだけの重量を支えるためのエンジンやサスペンションなどが完備されていた。

 作業服を着た男達が数人倒れていて、内部には特徴的な工具のほか、何種類もの砲弾、装甲板、巨大なバッテリーパックなどが保管されている。この工作車両はどうやら『巨大な何か』を収めるために用意された車両らしく、走行中のしようげきで『中身』が倒れないよう、床、壁、てんじようにはいくつかの留め具が用意されていた。

 その工具や留め具などから察するに、


駆動鎧パワードスーツ、か」


 一方通行アクセラレータは口の中で言う。

 当然ながら、警備員アンチスキルのものではないだろう。彼らなら、わざわざ隠す必要がない。

 自分の手でたたきのめした男達と、はなれた所で噴き上がっている黒煙を交互に眺め、やがて彼は舌打ちする。


「……また面倒くせェ事になってそォだぜ」

「う……」


 うめき声が聞こえた。

 工作車両の中で倒れていた男達の一人が発したものだ。もっとも、これは男の体力がすぐれていたというのではなく、一方通行アクセラレータ達が余力を残していたというだけに過ぎないが。


「『やみ』は解体されたはずだぞ」


 一方通行アクセラレータは質問する。


「人員をしばる人質や交渉材料は、前の大戦の終結と共に解放されたはずだ。そォなるように俺が仕向けた。オマエ達は何なンだ」

「……『新入生』さ」

「あン?」

「すぐに分かる」


 それだけ言うと、男の手足から力が抜けた。目は開いたままだったが、明らかに意識がない。

 番外個体ミサカワーストがケタケタと笑いながら、


「頭にきずあとあり。チップで意識をしやだんしているみたいだね。対ごうもん用って感じかな。強引に『揺さぶれば』呼び戻す事もできそうだけど、どうする」

「放っておけ」

「ここは油性マジックの出番だぜ?」


 番外個体ミサカワーストは意識のない男を放送禁止用語のミミナシホウイチにしようとしているようだったが、一方通行アクセラレータはそれ以上相手にしなかった。

 彼は工作車両の壁へ目を向ける。

 いくつかの地図があり、建物や道が蛍光マーカーで色分けされていた。どうやら何者かの行動範囲を調べているようだった。

 一方通行アクセラレータは、地図と共に張られていた写真をがす。

 わざわざお高い写真用印刷紙にプリントされているのは、金髪に青いひとみの、一〇歳程度の少女だった。

 写真の中、顔の横にはやはりマーカーで名前が書かれている。

 フレメア=セイヴェルン、と。


    3


 はまづら達は、細い路地を何度も折れ曲がった。

 駆動鎧パワードスーツ対策だったが、途中で立ち止まった事に、特に根拠があった訳ではない。単に、彼らの体力がもたなかったのだ。

 三人とも、息が上がっていた。


「浜面……」


 はんぞうが、低い声で友人の名前を呼んだ。

 疲労の色を見せながらも、それでも笑みを作って顔を上げた浜面に対し、半蔵は彼のえりくびつかんで背中をビルの壁へたたきつけた。


「ふざけんな!! 浜面、何であそこで出てきた!? よりにもよって、何でお前がみずかかかわっちまったんだ!!」


 ギリギリと、半蔵は歯を食いしばっていた。

 それは浜面に対するいかりではない。

 彼を関わらせてしまった、自分自身に向けた怒りだ。

 まるで、今日、街で彼に話しかけてしまった事、いつしよに定食屋に入った事すら失敗だったと告げているかのようだった。


「……お前は、俺達スキルアウトだれも手に入れられなかったものを、手に入れようとしていただろう?」


 ある程度抑えようとしていた半蔵の声は、途中で爆発した。


「オンナができて、『先の事』を考えるようになったんだろう!? まともな道を進もうとしていたはずだろう!! ロードサービスの勉強はどうしたんだ!! 何でここにきて、もう一度『やみ』に触れちまうんだ!? お前は……お前は、自分で描いていた夢を、自分の手でこわしちまったかもしれないんだぞ!! 分かってんのかよ、浜面!!」

「……知らねえよ……」


 対する浜面の瞳には、明確な意思などなかった。

 ただ彼は、弱々しく首を横に振っただけだった。


「俺だって、本当はあんなもんにかかわりたくなかったよ」


 格好なんてついていない。

 ボロボロの言葉は、逆にそれがはまづらの本音である事を示している。


「でも、放っておけなかった」

「……、」

はんぞうがヤバい事に関わっていて、それにはフレメア=セイヴェルンがからんでいて、こまのリーダーの顔が浮かんで、ほかにも……他にも、セイヴェルンってファミリーネームには色々あって……」


 自分でも考えがまとまっていないのか、浜面の言葉は断片的だ。

 やがて彼は、自分の意見をれいにまとめる事をあきらめ、もう一度だけり返した。

 最も重要な事だけを。


「……放っておけなかったんだ……」


 くそっ、と半蔵はき捨てると、浜面のえりくびから手をはなした。

 壁に背をつけたまま、浜面はずるずると地面に座り込む。彼は半蔵の顔を見上げながら、こう質問した。


「これからどうする?」

「俺の使っている隠れ家は全部使えないと考えた方が良い。くるわに連絡すれば何とかなるとは思うが、彼女を待つのにも安全な場所が必要だ。……浜面、短時間で良い。身を隠せる場所に心当たりはあるか?」

「……隠れ家って、その辺の不良に求めるようなもんか……?」


 言いかけて、そこで浜面は何かを思いついた。


「いや、あるな」

「どこだ?」


 半蔵が尋ねてくる。

 浜面あげには、不良の他に、もう一つ関わりのある組織がある。


『アイテム』。

 今は学園都市の手先としての活動はしていないが、当時のコネは今でも少しは残っている。

 その『アイテム』が隠れ家として使っていたのが……、


「第三学区にある個室サロン。多少値は張るが、あそこなら使えそうだ」

刊行シリーズ

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