第三章 わずかな余白と次へと繫がる予兆 Girl. ⑤

    4


 工作車両の中を一通り調べた一方通行アクセラレータ番外個体ミサカワーストだったが、それ以上の情報は特に出てこなかった。駆動鎧パワードスーツの所有者についても、これらの装備をどこの組織が使っているのかについても。

 用済みの工作車両から一度はなれ、二人は言葉を交わす。

 番外個体ミサカワーストはバスの中から入手した写真をひらひらと振りながら、


「どう見てもこのガキをしゆうげきしましょうってこんたんらしいね。ま、ミサカ達には関係のない話だけど」

「……、」

(……こいつは……)


 写真に写っている少女には、見覚えがあった。

 より正確には、過去に『学園都市の安全をおびやかす敵』として排除した、こまとくという男の携帯電話にあった画像だ。

 大勢のを暴力から守るため、学園都市へきばこうとしたあの男。彼が最後の最後まで守り抜きたかった人間の一人。


「しっかし、ガキ一人殺すのに、わざわざ軍用の駆動鎧パワードスーツまで持ち出すかね。この街の人間なら能力開発のおかげで見た目と危険度は一致しないって可能性もあるっちゃあるけど、だったら工作車両の中に能力と対処法についてのレポートがあってもおかしくない訳だし。こりゃやっぱりを念入りに……って感じかね。……ん? どしたの第一位」

「オマエは先に帰ってろ」


 一方通行アクセラレータは買い物袋を番外個体ミサカワーストに預けると、蛍光マーカーで色分けされた地図へ目をやる。これもやはり、工作車両の中にあったものだ。


「俺はこいつを追ってみる」

「おいおい」


 番外個体ミサカワーストあきれたように息をいて、首を横に振った。

 彼女はフレメア=セイヴェルンの写真を第一位に見せつけながら、


「この推定最終信号ラストオーダーじゃないのよ?」

「だったら何だ」


 一方通行アクセラレータは吐き捨てるように言う。


「確かに守る理由は特にねェ。だが見捨てる理由にもならねェ」

「そんなに目の色を変えてっ、この変態!! 小さいから守るのね!! このミサカの事は平気な顔で腕をへし折ったくせに!!」

「……この街の『やみ』の構図が知らねェトコで変動していてぜんぼうが見えねェ。さっきのクソが言ってた『新入生』って言葉も引っ掛かる。そいつが俺達に牙を剝く可能性もゼロじゃねェから調べる必要があるって話なンだが、オマエは一から一〇まで説明しねェと分からねェタイプの鹿か……?」

「にしても、駆動鎧パワードスーツが出てきたって事はそれなりのサイズよねえ、この『闇』。このフレメアってガキ、一体何で目をつけられたのやら」

「知るかよ。調べていきゃあ自然と分かるだろ」


 現代的なデザインのつえをついて、さっさと立ち去ろうとする一方通行アクセラレータ

 番外個体ミサカワーストは複数の買い物袋の中身を整理せいとんし、空き袋を用意すると、一方通行アクセラレータを引き止めるように、背後から近づいて頭に袋をかぶせた。


「まあ待ちなって」

「ぐむう!!」

「パンスト被った昭和の強盗みたいになってるトコ申し訳ないんだけどさ」

「───、」


 一方通行アクセラレータは首筋にある、チョーカー型の電極のスイッチを入れた。

 だんの彼は日常生活に杖を使う程度の力しかないが、このスイッチを入れると学園都市最強の超能力が使えるようになる。


『あらゆる力の向きを操作する』というごくあくな能力を使い、自分の顔をこうそくするビニール袋を内側から引き裂いた一方通行アクセラレータは、


「……オマエもビニール袋みてェになってみるか……?」

「へえ。善悪超越するとお笑いもイケるようになるんだ?」

「用件を言え」

「そこまでする義理あんの?」


 番外個体ミサカワーストはニヤニヤと笑いながら、そんな事を言う。


「さっきも言った通り、フレメア=セイヴェルンは最終信号ラストオーダーではないはずだけど」

鹿かオマエは」


 き捨てるように一方通行アクセラレータは言った。


「俺の目的はきようのレベルと方向性のチェックだ。そのガキがどうなろォが知った事じゃねェ。まァ、脅威の排除に必要なら利用はさせてもらうが」

「ははっ、お優しい事で」

「オマエはどォすンだ」

「えーっ? ミサカは悪意一〇倍増しの方が好きだからなあ。何ならわざと敵に協力してやろうかって言ったらどうする?」

しりを一〇〇発たたくとか」


 すると、か彼女は口元に手を当て、もじもじと腰の辺りをくねらせて、


「……ミサカ、公衆の面前でもオーケーよって言ったらどうする?」


 一方通行アクセラレータは無視して歩き始めた。

 食料品を預けられる、保冷機能付きのコインロッカーを探す一方通行アクセラレータを、番外個体ミサカワーストあわてて追いかける。


    5


 個室サロンというのは、学園都市特有のサービス業の一つだ。言ってみれば、カラオケボックスを豪華にしたようなものに近いのかもしれない。客は時間ごとに部屋を借り、その中で自由に遊んだりパーティを開いたりできる、というものである。

 学園都市の住人の八割は学生で、その大半は管理された学生りようで暮らしている。授業中にしても放課後にしても、『大人の目』はありストレスの元になる。個室サロンは言ってみれば『金で買える秘密基地』という訳だ。

 一歩間違うと性犯罪の温床などになる危険性もある事から、手放しでめられるほど甘くはない。が、『自由な空間』が商売として成立する事自体、学園都市の社会心理を象徴していると言っても過言ではない。

 建物は巨大なビルで、番号付けされた部屋が商売道具となる。

 その中の一室、高層階の一部屋に、はまづら達は逃げ込んでいた。


「……、」


 浜面は携帯電話の画面に目を落としていた。

 メモリには、たきつぼきぬはたむぎなどの番号も登録されている。

 彼女達であれば、少なくともの浜面達よりも確実に『じようの知れない敵』に対する戦力になるはずだ。

 こちらの事情は当然知らないはずだが、『アイテム』の面々は街にいる浜面を捜し出すというゲームで遊んでいる。それはご破算になるが、『答え』を教えれば、彼女達は集まってくれるだろう。

 だが、


(……やっぱり、巻き込めねえ)


 しばしみした後、浜面は携帯電話の電源を切った。

 フレメア=セイヴェルンが死んだフレンダの妹だとすると、『アイテム』の面々にとってもごとではなくなってくるかもしれない。だが、だからと言って、この『やみ』にかかわらせるのは話が別だ。浜面は、自分の保身のために彼女達を巻き込みたくはない。

 すると、事情を知らないはんぞうが声をかけてきた。


「浜面、どこかに電話するならダミーのSIMを使え。いくつか持ってるから、渡しておこうか?」

「いや、良いんだ」


 浜面は首を横に振った。

 彼はリモコンを握って巨大なテレビを操作しているフレメアの背中に目をやりながら、小声ではんぞうに話しかける。


「それより、どういう事なんだ? フレメアが『暗部』にねらわれているのは分かった。でも、何であの子がそんなぶつそうな連中にしゆうげきされなくちゃならない?」

「実は正確な事は分かってない」


 半蔵は硬い声で答えた。

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