第三章 わずかな余白と次へと繫がる予兆 Girl. ⑥

「あの子自身に何かがある訳じゃない。学校の身体検査システムスキヤンじゃ扱いだからDNAマップ関連でばくだいな価値がある……なんて線じゃなさそうだし、本物の『やみ』と接触する機会もなかったはずだ。せいぜい、俺やこまのリーダーと接点があったところが精一杯だな」

「……、」

「となると、考えられるのはスキルアウト関連か、そこのリーダーだった駒場とく関連」

「言っちゃなんだが、不良集団だぞ」


 少しはなれた所にいるフレメアはテレビのチャンネルを次々と変えているが、気に入った番組は見つけられないでいるようだった。ワイドショーでは、好戦的な対応をした学園都市が第三次世界大戦を引き起こした一因ではあるものの、戦後の混乱の中で戦災復興のために莫大な資金を提供しているため、各国はおおむね学園都市を受け入れる態勢にある、といったお堅いニュースを流している。


「学園都市の『上』……政府機能を握る連中が、人の命を奪ってまで手に入れたがるようなものなんてあるのか?」

「お前も知ってると思うけど、駒場のリーダーはスキルアウトを率いて、学園都市に反旗をひるがえす大規模な『計画』をくわだててた。立案には俺も深くかかわった。もちろん失敗に終わったがな」


 復興のバランスを調整する事で『勢力図』の更新を行おうとしているのでは? といういんぼうろんを語るコメンテーターは、フレメアの興味を刺激しなかったらしい。次々とチャンネルが切り替えられていく中、陰謀論もかき消されていく。


「その時、駒場のリーダーはスペアの『計画』も用意していたかもしれない。当時、俺達が利用しようとしていたのとは違う、街のぜいじやくせいだ」

「じゃあ、それが……」

「『上』の連中からすれば、対応はしたいだろう。そしてフレメアは駒場の保護対象だった。もしもの時のために、ヒントが託されていると考えているのかもな」

「でも、メインの『計画』だってあっさりつぶされたはずだろ。スペアがそんなにすぐれていたら、そっちを使っていたんじゃないか?」

「俺達の計画じゃなくて、街の脆弱性ってのをかたぱしから潰したいんだろ」


 それが駒場利徳関連、といったところか。

 だがはまづらは、フレメア=セイヴェルンのもう一つの接点を知っている。

 フレンダ。

 さらに言えば、彼女の所属していた『アイテム』。

 実戦的な、七人しかいない、そして『八人目』の可能性を秘めているとされる少女。そうしたな人材ばかりを集めた、学園都市内部のおん分子をまつさつするために用意された『暗部』の少数精鋭組織。

 フレメアがフレンダの妹である以上、フレンダ経由で『アイテム』絡みの何かを手にしている可能性はある。

 あるいは、


(死んだフレンダは『アイテム』の一員だった……。ただ、俺はあいつの行動を二四時間あくしていた訳じゃない。ひょっとしたら、『兼業』で他のプロジェクトにも参加していたのか……?)


 今のままでは情報が少なすぎる。

 ねらわれているのか、どれぐらいの規模の組織から、どの程度の本気度で目をつけられているのか。向こうの目的が分かっていれば、生き残るための段取りを組み立てる一助になると思うのだが……。


「……フレメアには心当たりはない。でも、確かに『やみ』は駆動鎧パワードスーツまで持ち出して彼女を狙っている。逃げながらでも、そっちについて調べてみないとな」

はんげきは安全を確保してからだ」


 はんぞうは言うと、部屋の出口のドアへと向かう。


「どこ行くんだ」

くるわと連絡を取ってくる。ここも安全とは言いがたい。ここは中継ポイントだ。郭のネットワークを使って、安全な隠れ家へ移動した方が良い」

だいじようなのか?」

「言ったろ。携帯電話はダミーのSIMに入れ替える。仮に俺の番号にあみを張っていたとしても、会話を聞かれたりアンテナ基地を逆探される事はないさ」


 言いながら、半蔵はドアノブをつかむ。

 扉を開けたところで、彼は振り返った。


はまづら

「何だよ?」

「お前が来てくれて助かった。不愉快だが、そいつは認めるよ」


 浜面が何か答える前に、半蔵は部屋の外へ出て行ってしまった。

 何となく居心地の悪くなった浜面は視線を辺りへさまよわせたが、そこでフレメア=セイヴェルンと目が合った。

 こまとくが、命をけてでも守りたかった少女。

 かつて『アイテム』の正式メンバーだった、フレンダの妹。


「久しぶり」


 こまがまだ生きていたころは、はまづらはんぞうも彼女と話をした事がある。と言っても、相手の名前も知らない状態だったが。


「俺の顔は覚えてるか?」

「うん。大体、駒場のお兄ちゃんといつしよにいる人」


 その覚え方に、浜面はかすかに笑った。

 浜面は、もう駒場の事を過去形でしか思い出せない。

 しかし、時間の経過に伴う苦いものを、彼女に知られる訳にはいかない。


「そうそう、浜面あげってんだ。よろしく」

「私はフレメア。フレメア=セイヴェルン」


 もっと早く、そのファミリーネームは知っておくべきだったかもな、と浜面は心の中だけで思ったが、声には出さなかった。


「大変な事になってるみたいだけど、だいじようだったか? は?」

「大丈夫。さっきまで耳が痛かったけど、今はもう、大体、何ともないから。にゃあ」

(……にゃあは日本のどこで覚えたんだろう?)


 以前話した時は、こんなくちぐせはなかったはずだ。

 疑問が生じたが、追及しても仕方がない。

 本来、相手が日本語を使えるだけでもぎようこうなのだ。


「大体、これからどうするの?」

「今、半蔵が仲間を呼んでる。だから心配しなくても大丈夫だ」

「駒場のお兄ちゃんは?」


 フレメアは、青いひとみでこちらを見上げてきた。


「駒場のお兄ちゃんと会っていないの。お電話にも出てくれないし、いつもの道を通っても顔を見ないの。大体、どこへ行っちゃったか知ってる?」


 浜面は、息を止めないように努めた。

 成功したかどうかは分からない。


「あいつは、ほら」


 笑顔なんて作れる。

 だが、彼女の青い瞳は、そこらのうそ発見器よりも、よっぽど透き通っている。


「見ての通り、頭の悪そうなヤツだろ。俺が言うのもなんだけど。実際、頭が悪いんだ。だから、今はずっと学校で補習を受けてる。これをやらないと、あいつ留年になっちまうんだ。しばらくそっとしておいてくれるか?」

「……うん」


 わずかにうつむいて、フレメアはそう言った。

 声は沈んでいたが、それは休日の遊びの約束ができなかった程度のものだった。


「大体分かった」


 フレメアは、彼女にとっては大きすぎるソファに、ぽすんと座る。


「む」

「?」

「お腹が鳴りそうで鳴らない」


 彼女は背中をソファに預けながら、かおなかに小さなてのひらを当てている。

 はまづらはわずかにまゆをひそめたが、


「……何か食べたいのか?」


 そう尋ねると、フレメアは小さくうなずいた。

 個室サロンはカラオケボックスと同じく、内線で料理を注文する事ができる。その他にも、広い室内には冷蔵庫が備えられていた。

 フレメアの食べ物の好みなど知らないので、浜面は内線電話を使って適当に注文を出す。壁に掛けられた電話に向かって話していると、はんぞうが部屋に戻ってきた。


くるわはもうすぐ来る。……何してんだ、浜面?」

「メシの注文」

「さっき食ったばかりだろ」

「フレメアが」

「そうか。じゃあさつげもたのんでおいて」


 注文した料理は、一〇分ぐらいでやってきた。

 基本的にはメインとなる料理ではなく、フライドポテトや野菜スティックなど、軽食系のものばかりが並べられる。


「……薩摩揚げ、やっぱ浮いてるよな」

「うっさいな。俺が全部独占するから良いんだよ」


 大皿に載っていた料理を自分の小皿に移す浜面と半蔵だったが、何やらフレメアの様子がおかしい。

 彼女はカニ玉を小皿に載せていたが、中に緑色の豆類が入っている事に気づくと、その小皿を浜面の方へ寄せてくる。

刊行シリーズ

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