フレメアは言う。
「グリーンピース」
「な、何だよ。何で俺の方に豆ばっかり大量投下してくるんだよ?」
ざっざっざっざっざ、と的確にグリーンピースを排除するフレメア。
対する浜面はと言えば、
「そっか。グリーンピースが嫌いなのか」
「にゃおーん」
「だがその歳で媚びっ媚びなのが気になるな。世の中はそんなに甘くないという事を今から知っておいた方が良いぞグリーンピース返し」
「ふぎゃあああああああああああ!?」
排除した量の二倍も山積みにされ絶叫するフレメア。
その後もフライドポテトの大皿に直接塩を振った半蔵が浜面と摑み合いになったり、野菜スティックはマヨネーズかドレッシングかで論争したりと色々あったが、概ね、暗い雰囲気は払拭できた。八本脚の駆動鎧に襲撃された直後だが、フレメアにも精神的なショック状態などは見られない。
もっとも、事が事だけに、まだ感覚が追い着いていないのかもしれないが。
6
一方、そんな浜面達の動きに違和感を覚えている者が、他にもいた。
麦野沈利達、『アイテム』の面々である。
街のどこかにいる浜面を捜すため、彼女達はバラバラに行動していたのだが、各々の地で、彼女達はきな臭い……そしてどこか懐かしい、『闇』の匂いを嗅ぎ取っていた。
例えば麦野。
彼女は情報収集のため、ビルの壁へと寄りかかっていた。
より正確には、眼帯と一体化した義眼のパーツから伸びた細長いケーブルを、ビルの監視カメラへ接続しているのである。もちろん、ビルには興味はない。カメラは入口に過ぎない。警備会社のネットワークに侵入し、浜面の影がないかどうか、映像アーカイブを漁っている最中なのだ。
彼女は生身の脳と機械の瞳を直結させているが、これには別の意味も付加される。
機械から直接情報を受け取れる、という事だ。
もちろん『人間が感知できる情報』へ翻訳する必要もあるし、『義眼』のシステムを利用しているので映像に頼る部分が大きいため、万能とはいかないものの、一〇本指のインターフェイスでは不可能な事もできる。
額の裏側辺りで高速に映像検索を続けながら、麦野は空いた手で携帯電話をいじくる。
通常の電話ではなく、複数の回線と同時に通話できる『世間話モード』だ。
「第七学区の地下街で、駆動鎧の暴走。あと数時間も経てば『上』が映像やらウワサ話やらに補正をかけて『なかった事』にしそうだけど」
『そっちについては警備員の無線を傍受した方が超手っ取り早そうですけどね。最初に超狙われていたのは男女一組。その後に男一人超追加。彼ら三人は駆動鎧を超振り切って地上へ逃走。彼らの「顔」、カメラで捉えてます?』
「最初の二人は違う。追加については……分かんないな。煙が天井の方に集まってるから、人影らしいものしか見えない」
ただ、と麦野は付け加え、
「……最初の二人組、男の方は浜面とダベってるヤツじゃなかったか。それに女のガキの方、どっかで見たような……?」
『おやまあ。なんだかんだで浜面の交友関係超調べていたんですか? 病んでる女は超怖いですねえ』
「……絹旗、実は近くにいる事は分かってる。そっちに太いのブチ込んでやろうか?」
『太さ大きさには超興味ないので遠慮しますよ。ともあれ、浜面捜しは超続行って方向で。ひひひ、監視カメラと無線情報、どっちが先に正解へ超辿り着くか見物です』
「あん? その調子じゃ罰ゲームバニーは滝壺で決定か?」
麦野が率直に疑問を発すると、今まで一言も発しなかったウサギ系少女滝壺理后が、わなわなした声でこんな事を言った。
『……北北東から信号が来てる……。これは、はまづらが他の女とイチャイチャしている予感……ッ!!』
『麦野、こういう超曖昧なチャネラーが一番恐ろしいんですよ。馬鹿の前で超無様なバニーをさらさないためにも、お互い全力で挑みましょう』
7
「郭のヤツ、遅いな」
個室サロンのソファにもたれながら、半蔵はそんな事を言う。
浜面とフレメアは広い室内の備品を調べていた。棚の中にはカードゲームやボードゲームなどがいくつも収められており、大型テレビの近辺には据え置き型のゲーム機が一通り揃っている。テレビはブラウジングにも使えるらしかった。
さらにCSも入るらしく、選べるチャンネルは三〇〇以上用意されていた。こうなってしまうと、逆にどこに自分の観たい番組が流れているか、手探りで調べるだけでも苦労させられる。途中で番組探しを諦め、放ったらかしにされている画面では、第三次世界大戦の終戦関連のニュースが流れていた。戦争が終わって、使う必要のなくなった兵器を第二学区や第二三学区へ移送している、とか何とかだ。
浜面は早々にテレビを諦め、ソファに座ってロードサービスの参考書に目を通していたのだが、そこで服の端を摑まれた。見れば、暇そうにしているフレメアがいる。
彼女のリクエストで、複数人で遊べるゲーム類を探す事になる。
やはり大人数で遊ぶパーティグッズ系が多いのは、この施設の特色に沿う形なのだろう。
このタイミングで趣味や暇潰しの道具に目が向いているのは、不謹慎なのかもしれない。だが、もしかすると、これも心の防御反応なのかもしれない。じっとしていて頭がおかしくなってしまっては、元も子もない。彼らの勝利条件は、無事に元の日々に戻る事、だ。あの得体のしれない八本脚と運命を共にする事ではない。
「浜面、大体これで遊びたい」
フレメアは両手を伸ばしているが、標的は背の高い棚の上の段にあるため、手が届かないようだ。
テレビゲームのソフトが並べられている棚だった。
「これか?」
「違う。大体そんなぬるいソフトじゃない」
「じゃあこっち?」
「右右。もっと右の、いや違う左、大体そっち」
フレメアの言葉を聞きながら棚と向き合って指を動かしていた浜面だったが、そこで背中に何か重たい感触がのしかかった。小柄なフレメアが浜面を梯子代わりに使って、よじ登っているのだ。
「これ」
と彼女が棚から引っこ抜いたゲームソフトはと言えば、
「……いや、この、それは……」
「ブラッド&デストロイがやりたいな」
「何だよタイトルから不穏以外の何にも連想できねえよ! ほら見ろ、パッケージの裏の画面写真が半分以上真っ赤じゃねえか!!」
ザ・海外向け!! といわんばかりのいかつい顔面の野郎どもが大勢のゾンビと銃撃戦を行うグチャグチャシューティングのようだ。しかもよくよく説明文を読んでみると、主人公はガブガブ食べる側らしい。キャッチコピーは『正義の味方を追い詰めようぜ!!』だった。
浜面は慎重に言葉を選び、
「ほ、ほら、こっちのふわふわペットの方が面白そうではないかなー?」
「ブラッド&デストロイ」
「人魚姫のお散歩とか」
「ブラッド&デストロイ」
「草原の」
「やりたい!!」
フレメアは真っ赤なパッケージを両手で摑むと、ソフトで口元を隠した状態で、こちらをじっと見上げてくる。
浜面はしばし停止したが、
「……却下だけど、面白いから写メは撮らせて?」
「ぎゃおーっ!!」
そんな感じではしゃいでいた二人だったが、そこで半蔵がソファから立ち上がった。
「……やっぱり郭のヤツ、遅すぎるな。ちょっと、もう一回連絡を取ってみる」
フレメアが携帯電話の画面を覗き込んでいる隙に、浜面は半蔵に指先でジェスチャーを送る。
ここも長くはもたないぞ、と。
「分かっているさ」
半蔵は細い息を吐くような調子で呟いた。
「分かってはいるんだ」