第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ①
1
「遅い……」
教職員の給料にしては高級過ぎるマンションの一室で、
「近所のスーパーまで買い物
「遊ぶのは悪くないんじゃない」
柔らかいソファに全体重を預け、ドラマの再放送を眺めている元女性研究員・
「子供なんだし」
「そりゃそうじゃんけど」
「むむむ」
どこか気だるげな大人二人と違って、
「……
「?」
「新しいミサカがここのところ目白押し、今もあの人どこで何してんのか分かんない……はっ、ミサカ、ひょっとして出番取られてる!? ってミサカはミサカは
「桔梗、これどう思うじゃんよ?」
「二次性徴期前の脳を甘く見てはダメよ愛穂。思考の幅と非連続性は並大抵のものではないわ」
「だがこのミサカはそんな
バタン! という金属質な音が黄泉川の耳を打った。
ドアを開閉する音だ、と気づいた時には、
「……あれ?」
小柄な少女が消えていた。
玄関まで行き、小さな
2
「おかしい」
「
「おい、それって」
「連中は俺がフレメアを連れて逃げている事には気づいている。俺を中心に、協力者になりそうな人間をピックアップしているのかもしれない」
「捜した方が良い」
「どうやって?」
半蔵は聞き返した。
「
「だったら!!」
「なおさら捜した方が良い。連絡がつかないのは、郭ちゃんの運命が決定的になったからとは限らない。今まさに、その
具体的にはどこからどう当たるか。
浜面は個室サロンの中をぐるぐる回るように、ゆっくりと歩きながら考える。
「郭ちゃんの行きそうな所に心当たりは?
「仮に危機的状況にあるのなら、逆にそういう所からは遠ざかるはずだ」
「何か居場所を特定できるようなもの……。GPS、防犯カメラ、警備ロボット、何でも良い。何か使えるシステムはないか」
「郭は普通、そういうのに引っ掛からないルートを選んで歩く
「それだ」
浜面はテーブルの上に地図を広げる。
「完全に監視されない道なんて逆に
「少ないとはいっても、
「警備ロボットの巡回にはパターンがある。その網の目だって、時間帯によっては使えない。前に俺が見かけた時、郭ちゃんは第七学区にいた。第七学区と周辺の学区の安全地帯を色分けして、警備ロボットのスケジュール上、ここ最近の時間帯で使えない道は排除する」
「分かった。分かったよ」
フレメアは不安そうな顔で
浜面は色分けされていく地図を眺めながら、
「俺はどうしたら良い?」
「
半蔵は首を横に振った。
「お前はここに残れ。フレメアの安全を考えるのが第一だ」
「でも、人手が足りないんだろう!?」
「この子を一人にはしておけない! 俺達全員で危険な外へ出るのも論外だ!」
二人はしばらく
くそっ、と
「……ここも長くはもたない、か」
「俺は出かけてくる。その間、フレメアを
「約束する」
浜面は
「お前も、必ず
パン、と軽くお互いの手を
ドアが閉まると、
一人ずつ消えていく。
そんなジンクスまで夢想してしまう。
3
とてつもなく目立つ外見の少女だった。
年齢は一二歳程度。黒い髪は
服装はと言えば、白いコートに
街を歩くというよりは、舞台の上の方が似合いそうな服装である。
彼女はコソコソ動いたりしない。
真正面から堂々と個室サロンのビルへ入る。
エスカレーターに乗って二階へ。ホテルのフロントに似た受付カウンターへと
「人を捜している。
「お客様……」
アルバイトの青年は最初
「当施設はお客様の個人情報を守秘する義務があります。申し訳ありませんが、お部屋の利用状況に関する情報も開示する訳にはいかないんです」
客商売なら基本中の基本だし、そもそも個室サロンは『大人の監視から解放されるための秘密基地』を提供するための施設だ。外部からの求めに応じていちいち情報を開示していたら、施設の存在意義に
が、そこで
「いや、良いんだ。偽名で借りてるかもしれないし、念のために聞いておきたかっただけだから」
「は、はあ」
客への応対として、肯定するべきか否定するべきか、いささか迷うアルバイト。
そこで、さらに黒夜はこう
「それにここで答えがあろうがなかろうが、どっちみちやる事は変わらないんだしな」
「?」
青年の疑問は、声に発せられる事はなかった。
直後。
アルバイトの顔のすぐ横を何かが高速で突き抜け、背後にあった壁へ激突した。それは
あまりの速度だったためか、電話はバラバラになり、硬い壁には数十センチ大のへこみが生まれていた。人間に
「ひっ」
青年は混乱したが、少女が投げたものではないという事だけは理解していた。
他の客は
少女の背後。
何か奇妙なものが浮いていた。それは直径七〇センチぐらいの、輪の形をした機械だ。輪の内側にはシャンプーハットにも似た形状のプロペラがあり、揚力と推進力を提供している。そして輪の外側をぐるりと取り囲むように、チェーンソーのような刃が取り付けられていた。