第四章 善人になる権利と突っぱねる権利 Black. ①

    1


「遅い……」


 教職員の給料にしては高級過ぎるマンションの一室で、かわあいは面倒くさそうな調子でつぶやいた。


「近所のスーパーまで買い物たのんだだけなのに、一体いつまでかかってるじゃんよ」

「遊ぶのは悪くないんじゃない」


 柔らかいソファに全体重を預け、ドラマの再放送を眺めている元女性研究員・よしかわきようはそんな事を言う。


「子供なんだし」

「そりゃそうじゃんけど」

「むむむ」


 どこか気だるげな大人二人と違って、じやつかんげんそうなのは打ち止めラストオーダーだ。彼女はベランダにつながる窓とテレビの方を行ったり来たり、小刻みに動き回りながら、


「……いやな予感がする、ってミサカはミサカは深く考え込んでみたり」

「?」

「新しいミサカがここのところ目白押し、今もあの人どこで何してんのか分かんない……はっ、ミサカ、ひょっとして出番取られてる!? ってミサカはミサカはがくぜんとしてみたり!!」

「桔梗、これどう思うじゃんよ?」

「二次性徴期前の脳を甘く見てはダメよ愛穂。思考の幅と非連続性は並大抵のものではないわ」

「だがこのミサカはそんなびんなところまでお姉様オリジナルから受け継いだつもりはないっ! ってミサカはミサカはさつそく行動を開始してみたり!! 打開のかぎはいつだって挑戦なのだ!!」


 バタン! という金属質な音が黄泉川の耳を打った。

 ドアを開閉する音だ、と気づいた時には、


「……あれ?」


 小柄な少女が消えていた。

 玄関まで行き、小さなくつがなくなっている事に気づいた二人はあわててそうさくを始める。


    2


「おかしい」


 はんぞういまいましそうに携帯電話に目を落とした。


くるわと連絡がつかない。何度やっても、方法を変えても」

「おい、それって」

「連中は俺がフレメアを連れて逃げている事には気づいている。俺を中心に、協力者になりそうな人間をピックアップしているのかもしれない」

「捜した方が良い」

「どうやって?」


 半蔵は聞き返した。


やみくもに走り回ったって見つけられる可能性は高くない。それに……そもそも、まだ生きているのかどうかだって」

「だったら!!」


 はまづらさえぎるように言う。


「なおさら捜した方が良い。連絡がつかないのは、郭ちゃんの運命が決定的になったからとは限らない。今まさに、そのぎわかもしれない。余裕がなくて電話に出られないのかも。とにかく、動いた方が良い。だまっていたって、生存の可能性は高くならない」


 具体的にはどこからどう当たるか。

 浜面は個室サロンの中をぐるぐる回るように、ゆっくりと歩きながら考える。


「郭ちゃんの行きそうな所に心当たりは? だん立ち寄っている店とか」

「仮に危機的状況にあるのなら、逆にそういう所からは遠ざかるはずだ」

「何か居場所を特定できるようなもの……。GPS、防犯カメラ、警備ロボット、何でも良い。何か使えるシステムはないか」

「郭は普通、そういうのに引っ掛からないルートを選んで歩くくせがある」

「それだ」


 浜面はテーブルの上に地図を広げる。


「完全に監視されない道なんて逆にめずらしい。特に警備ロボット。半蔵、地図にマーカーでラインを引け。街をかたぱしから調べるより、決められたラインの周辺を当たった方が可能性は高い」

「少ないとはいっても、あみの目だぞ。そんなに簡単じゃない……」

「警備ロボットの巡回にはパターンがある。その網の目だって、時間帯によっては使えない。前に俺が見かけた時、郭ちゃんは第七学区にいた。第七学区と周辺の学区の安全地帯を色分けして、警備ロボットのスケジュール上、ここ最近の時間帯で使えない道は排除する」

「分かった。分かったよ」


 はんぞうは地図の上に線を引きながら、そんな事を言う。

 フレメアは不安そうな顔ではまづらと半蔵を見ていたが、今は構ってやる余裕はない。

 浜面は色分けされていく地図を眺めながら、


「俺はどうしたら良い?」

だ」


 半蔵は首を横に振った。


「お前はここに残れ。フレメアの安全を考えるのが第一だ」

「でも、人手が足りないんだろう!?」

「この子を一人にはしておけない! 俺達全員で危険な外へ出るのも論外だ!」


 二人はしばらくにらみ合っていたが、先に目をらしたのは浜面だった。

 くそっ、とき捨てた浜面は、室内を見回してから、


「……ここも長くはもたない、か」

「俺は出かけてくる。その間、フレメアをたのむ。この階の出入り口は三ヶ所だ。いざとなったら、浜面。お前がこの子を逃がしてくれ」

「約束する」


 浜面はうなずいて、


「お前も、必ずくるわちゃんを連れて来い」


 パン、と軽くお互いの手をたたいてから、半蔵は個室サロンから出ていく。

 ドアが閉まると、ちんもくが空気の中に溶け込んでくるようなさつかくがした。

 一人ずつ消えていく。

 そんなジンクスまで夢想してしまう。


    3


 くろよるうみどり

 とてつもなく目立つ外見の少女だった。

 年齢は一二歳程度。黒い髪はけんこうこつの辺りまで伸びているが、アクセントのため、耳元の髪だけが金色に色を抜かれていた。

 服装はと言えば、白いコートにそでも通さず、フード部分だけを頭に引っ掛けてっていた。その下は、パンク系……とでも言うべきか。小柄な体をめ付けるように、黒い革とびようでできた衣装を身に着けている。

 街を歩くというよりは、舞台の上の方が似合いそうな服装である。

 わきに抱えたイルカのビニール人形が、異様な格好とは別のベクトルで違和感を与えていた。

 彼女はコソコソ動いたりしない。

 真正面から堂々と個室サロンのビルへ入る。

 エスカレーターに乗って二階へ。ホテルのフロントに似た受付カウンターへとぐ向かい、アルバイトの青年に向かってこう尋ねた。


「人を捜している。はまづらあげ、フレメア=セイヴェルン。この施設を利用しているのは分かっている。具体的に、何階の何号室を使っているかを知りたい」

「お客様……」


 アルバイトの青年は最初あいわらいのようなものを浮かべたが、相手の表情が全く変化しない事を知ると、頭の中で応対マニュアルを思い浮かべる。


「当施設はお客様の個人情報を守秘する義務があります。申し訳ありませんが、お部屋の利用状況に関する情報も開示する訳にはいかないんです」


 客商売なら基本中の基本だし、そもそも個室サロンは『大人の監視から解放されるための秘密基地』を提供するための施設だ。外部からの求めに応じていちいち情報を開示していたら、施設の存在意義にかかわる。

 が、そこでくろよるは小さく笑った。


「いや、良いんだ。偽名で借りてるかもしれないし、念のために聞いておきたかっただけだから」

「は、はあ」


 客への応対として、肯定するべきか否定するべきか、いささか迷うアルバイト。

 そこで、さらに黒夜はこうつぶやいた。


「それにここで答えがあろうがなかろうが、どっちみちやる事は変わらないんだしな」

「?」


 青年の疑問は、声に発せられる事はなかった。

 直後。

 アルバイトの顔のすぐ横を何かが高速で突き抜け、背後にあった壁へ激突した。それはすたれたもののきんきゆうのために一応用意されている、公衆電話だった。

 あまりの速度だったためか、電話はバラバラになり、硬い壁には数十センチ大のへこみが生まれていた。人間にちよくげきしていれば、命に関わるほどの威力だ。


「ひっ」


 青年は混乱したが、少女が投げたものではないという事だけは理解していた。

 他の客はさわがない。いや騒げない。少女の放つおんな気配と、周囲の『異変』が、彼らの動きを封じている。

 少女の背後。

 何か奇妙なものが浮いていた。それは直径七〇センチぐらいの、輪の形をした機械だ。輪の内側にはシャンプーハットにも似た形状のプロペラがあり、揚力と推進力を提供している。そして輪の外側をぐるりと取り囲むように、チェーンソーのような刃が取り付けられていた。

刊行シリーズ

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