第二章 変わる学園都市、前夜 the_24th,Showdown. ②
その合間を縫っての小休憩である。彼女は少年達のいるフロアではなく、ちょっと裏手に潜り込んでいた。こちらには化粧室の扉がある他、カスタムグッズを並べた販売コーナーができている。何をと言われれば、もちろんダーツの矢だ。……あまりスコア自体には影響しないというか、大きく影響を与えるようなパーツがあったら国際試合を取り仕切る団体が除外させてしまうと思うのだが、好きな人はこういう所にもこだわる。借り物の矢で十分な
クリスマスイヴは、何事もなく過ぎていく。
ように思える。
「……、」
しかし一方で、先ほどから
例えば今、出入口の方へ目をやってみれば、何もない。
だけど視線を外してみれば、再び気配がまとわりついてくる。
気のせい、ではないのだろう。
……店の前にある街頭のカメラや警備ロボットのレンズを経由して外の様子を観察してみても、絶妙な角度にいるのか何も映らないのだから。
位置を把握しつつ、
彼女自身、
(
学園都市は、入学案内のパンフレットにある『だけ』の街ではない。
いる所にはいる。
路地裏の不良から行政ビルのてっぺんで街全体を見下ろす金持ちまで、不穏な影、悪党というものが存在するのだ。これらは奇麗に階層で分かれている訳ではなく、それぞれ複雑に
そういう意味では、学園都市第三位・
外の世界を知らない温室育ちのお嬢様が漠然と暗闇を怖がっているというのではなく、実際、彼女のDNAマップを巡って大きなプロジェクトが動いていた訳だし。
(……確かめてみるか)
軽い休憩を切り出したのもそういう理由があった。
こういう時、流れるように本音と建前を切り替えられる自分が少女は嫌いだった。しかし先ほどからの妙な注目が
「……ったく、せっかくのイヴだっていうのに」
クラシックな内装から一転して、外から見ればいくつか金属コンテナを連結したような建物だ。おそらく3Dプリンタで作った大きなパーツを組み立てる、樹脂製建売住宅の応用だろう。
そして単純なようだが、移動の自由と尾行の
しかし、
(フロアの防犯カメラは……ダメか)
自分の能力を応用してダーツバー店内の防犯カメラの映像を携帯電話に送ってみたが、何もない。というより映像そのものが固まっていた。パッと見では分かりにくいが、カメラの真下を人が通っても分からないように介入・加工されている。
やはり自分の目で確かめるしかなさそうだ。
(電子ロックに排煙口。私と同じ能力を持ってないとどっちかで引っかかるはず。誰がどんな理由で付け狙ってきているかは知らないけど、今度は私が立ち往生しているアンタの後ろを取ってやるわ)
当然、追い詰められたネズミが猫に
「え……?」
そしてスタッフオンリーの扉はわずかに開いていた。
錠前を壊したのではない。電子的な手段で開放されている。
「私と同じっ!?」
まるで
ありえない事が起きている。
学園都市で七人しかいない
分からないという事は、能力を扱う彼女達の戦いにおいてはそれだけで致命的だ。
たとえるなら理詰めで進める将棋やチェスの盤に、誰も見た事のない謎の食玩人形が置いてあるようなもの。いくら全体の布陣ではこちらがリードしてようが、あの駒の動き方次第では一発で自分のキングを取られる。
(まずいっ……)
想像以上の規模だ。
距離、方向、人数、遮蔽物や攻撃手段。そういった具体的な項目よりもまず、漠然とした大きな主導権を見えない誰かに押さえられている嫌な感覚が心臓を
敵はスタッフオンリーの扉の電子ロックを解除し、奥に進んでいる。もう一つの関門、壁の排煙口はどうしているだろう。扉を開けて調べるよりも、まず扉ごと一発撃ち抜いてから踏み込むべきでは。そんな事まで考えてしまう。
『
というからには、その名に
(まずい!!)
反射的にスカートのポケットに細い手が伸び、親指の腹でゲームセンターのコインの感触を確かめてしまう。
その時だった。
「……、か……」
薄く開いた扉の奥から何かが聞こえてきた。
それは声だ。
しかも予想外だったのは、知らない声ではなかった事だ。
「そうかー。迷子になったのは分かったけど、ここはお店の人しか入っちゃダメなトコだからな。いったん部屋の外に出て、俺と一緒に店員さんの所へ行こうぜ」
迷子、と呼んでいた。
そのせいか口調は大分丸くなっているが、声自体は聞き覚えがある。というかついさっきまで一緒にダーツをやっていた、あのツンツン頭の少年のものだ。
(なにが……?)
そういう見た目の能力者なのだろうか。あるいは見た目そのものを擬態できる次世代兵器を使っている? いいや、そもそも知り合いの声そのものが加工された音声かもしれない。
しかしこれで、ドア越しにいきなり音速の三倍でゲームセンターのコインをぶち込むという選択肢は消えた。確かめずに発射するのはあまりにも怖い。
「……、」
音を出さないよう気をつけながら、
床の上で犬みたいに
「だから無理だってそんな高いトコにある穴から外に出るとかっ!? 裏に出たいなら勝手口なり非常口なり使えば良いじゃない!!」
「けど確かにミサカの見立てではここを通って