第二章 変わる学園都市、前夜 the_24th,Showdown. ②

 その合間を縫っての小休憩である。彼女は少年達のいるフロアではなく、ちょっと裏手に潜り込んでいた。こちらには化粧室の扉がある他、カスタムグッズを並べた販売コーナーができている。何をと言われれば、もちろんダーツの矢だ。……あまりスコア自体には影響しないというか、大きく影響を与えるようなパーツがあったら国際試合を取り仕切る団体が除外させてしまうと思うのだが、好きな人はこういう所にもこだわる。借り物の矢で十分なことがざっと見た感じでは、キラキラ光るルアーの自作パーツのようにも見えた。

 クリスマスイヴは、何事もなく過ぎていく。

 ように思える。


「……、」


 しかし一方で、先ほどからことの背筋の辺りに何かピリピリする感覚がまとわりついていた。機械ではない、人の視線だ。おかげで休憩に入る前のゲームははたから見ても一投一投でやけに長考していたのが分かっただろう。

 例えば今、出入口の方へ目をやってみれば、何もない。

 だけど視線を外してみれば、再び気配がまとわりついてくる。

 気のせい、ではないのだろう。

 ……店の前にある街頭のカメラや警備ロボットのレンズを経由して外の様子を観察してみても、絶妙な角度にいるのか何も映らないのだから。

 位置を把握しつつ、ことが目を向けるかいなかで出たり引っ込んだりを繰り返している。どう考えても彼女を観察している。

 彼女自身、常盤ときわだいちゆうがくの学校行事をサボって自由を満喫している身だが、そういったお嬢様や女教師などであればこういう動きにはならないはずだ。


流石さすがにきな臭い、かな?)


 学園都市は、入学案内のパンフレットにある『だけ』の街ではない。

 いる所にはいる。

 路地裏の不良から行政ビルのてっぺんで街全体を見下ろす金持ちまで、不穏な影、悪党というものが存在するのだ。これらは奇麗に階層で分かれている訳ではなく、それぞれ複雑にからっているから手に負えない。大人達がドロップアウトした子供達を顎で使って犯罪の実行犯に仕立てる事もあれば、多数の研究者が危険な天才にかしずいている場合だってある。

 そういう意味では、学園都市第三位・超電磁砲レールガンはそういうトラブルに巻き込まれやすいという側面があった。

 外の世界を知らない温室育ちのお嬢様が漠然と暗闇を怖がっているというのではなく、実際、彼女のDNAマップを巡ってが動いていた訳だし。


(……確かめてみるか)


 軽い休憩を切り出したのもそういう理由があった。

 こういう時、流れるように本音と建前を切り替えられる自分が少女は嫌いだった。しかし先ほどからの妙な注目が超能力者レベル5というカテゴリそのものに由来するのであれば、あの少年達を巻き込むのは筋が通らないだろう。


「……ったく、せっかくのイヴだっていうのに」


 ことはそっとつぶやくと、化粧室と一緒に並んでいたスタッフオンリーの扉の電子ロックを外し、そのまま奥へ。オートロックなのでドアは閉まるままに任せ、すぐそこの壁の天井近くに取り付けられていたステンレス製の排煙口を開放する。高さはざっと三メートルほどあったが、磁力を操って壁に張りつける彼女にとっては移動の妨げにならない。そのまま気軽に外へ出る。

 クラシックな内装から一転して、外から見ればいくつか金属コンテナを連結したような建物だ。おそらく3Dプリンタで作った大きなパーツを組み立てる、樹脂製建売住宅の応用だろう。ことの磁力で張り付けるのは、強度不足を補うために通した鉄筋のおかげだ。

 そして単純なようだが、移動の自由と尾行のかたはイコールで結ばれる。例えばヘリコプターや潜水艦があればそれだけ有利に逃げられるのと同じく。

 しかし、


(フロアの防犯カメラは……ダメか)


 自分の能力を応用してダーツバー店内の防犯カメラの映像を携帯電話に送ってみたが、何もない。というより映像そのものが固まっていた。パッと見では分かりにくいが、カメラの真下を人が通っても分からないように介入・加工されている。

 やはり自分の目で確かめるしかなさそうだ。

 ことはまだ視線が刺さるのを感じながらも、裏手の非常口から再びダーツバーの店内に入った。回り道してさっきのスタッフオンリーの扉まで戻る構造になる。


(電子ロックに排煙口。私と同じ能力を持ってないとどっちかで引っかかるはず。誰がどんな理由で付け狙ってきているかは知らないけど、今度は私が立ち往生しているアンタの後ろを取ってやるわ)


 当然、追い詰められたネズミが猫にみついてくる恐れもある。滅多な事では倒れる事のない第三位だが、逆に言えば滅多な事が起きるのが学園都市の暗い部分の恐ろしい所でもあった。このかいわいに、絶対はない。先ほどの扉に近づくにつれ、ことの胃袋の辺りに重たい感触がのしかかってくる。


「え……?」


 そしてスタッフオンリーの扉はわずかに開いていた。

 錠前を壊したのではない。電子的な手段で開放されている。


「私と同じっ!?」


 まるでわにの顎に直面したように、ことは半開きの扉から大きく後ろに飛び下がる。

 ありえない事が起きている。

 学園都市で七人しかいない超能力者レベル5、その第三位。だというからには、『同じ』能力を使う者などいないはずなのに。

 分からないという事は、能力を扱う彼女達の戦いにおいてはそれだけで致命的だ。

 たとえるなら理詰めで進める将棋やチェスの盤に、誰も見た事のない謎の食玩人形が置いてあるようなもの。いくら全体の布陣ではこちらがリードしてようが、あの駒の動き方次第では一発で自分のキングを取られる。


(まずいっ……)


 想像以上の規模だ。

 距離、方向、人数、遮蔽物や攻撃手段。そういった具体的な項目よりもまず、漠然とした大きな主導権を見えない誰かに押さえられている嫌な感覚が心臓をわしづかみにかかってきている。この一秒は何ターンの遅れに相当する? 仮に相手が明確な害意を持って詰将棋のようにこちらの自由を封殺にかかった場合、すでにその刃はいつでもこちらの喉を真横に切り裂ける位置をキープしているのではあるまいか。

 敵はスタッフオンリーの扉の電子ロックを解除し、奥に進んでいる。もう一つの関門、壁の排煙口はどうしているだろう。扉を開けて調べるよりも、まず扉ごと一発撃ち抜いてから踏み込むべきでは。そんな事まで考えてしまう。


超電磁砲レールガン』。

 というからには、その名に相応ふさわしい絶大な高火力を備えているのだし。


(まずい!!)


 反射的にスカートのポケットに細い手が伸び、親指の腹でゲームセンターのコインの感触を確かめてしまう。

 その時だった。


「……、か……」


 薄く開いた扉の奥から何かが聞こえてきた。

 それは声だ。

 しかも予想外だったのは、知らない声ではなかった事だ。


「そうかー。迷子になったのは分かったけど、ここはお店の人しか入っちゃダメなトコだからな。いったん部屋の外に出て、俺と一緒に店員さんの所へ行こうぜ」


 迷子、と呼んでいた。

 そのせいか口調は大分丸くなっているが、声自体は聞き覚えがある。というかついさっきまで一緒にダーツをやっていた、あのツンツン頭の少年のものだ。


(なにが……?)


 そういう見た目の能力者なのだろうか。あるいは見た目そのものを擬態できる次世代兵器を使っている? いいや、そもそも知り合いの声そのものが加工された音声かもしれない。

 しかしこれで、ドア越しにいきなり音速の三倍でゲームセンターのコインをぶち込むという選択肢は消えた。確かめずに発射するのはあまりにも怖い。


「……、」


 音を出さないよう気をつけながら、ことはそっとスタッフオンリーの扉をてのひらで触れた。そのままゆっくりと奥に向けて力を加えていく。扉の隙間が広がっていく。

 床の上で犬みたいにいつくばった年上の高校生が一〇歳くらいの小さな女王様に裸足はだしで踏みつけにされていた。


「だから無理だってそんな高いトコにある穴から外に出るとかっ!? 裏に出たいなら勝手口なり非常口なり使えば良いじゃない!!」

「けど確かにミサカの見立てではここを通ってお姉ちゃんオリジナルは外に出たはず、ってミサカはミサカはちょっぴり磁化した金属を見てカンペキ名探偵ぶりを発揮してみたり! あの排煙口を越えない限り、真実には追い着けない……ッ!!」


 裸足はだしでごほうもらっている豚野郎はもはや説明不要として、だ。

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