第二章 変わる学園都市、前夜 the_24th,Showdown. ③

 小さな少女の方についてだが、こちらはくりいろの髪を肩の辺りまで伸ばした勝ち気な顔立ちで、薄手のワンピースの上から外行きの分厚いコートを重ね着しているのだろう。おかげで上半身はもこもこ膨らんでいるが、下は生脚だ。アンバランスで、目が潰れるほどまばゆふとももが危なっかしい。

 同じ手段を使ってきた、という辺りで気づくべきだったかもしれない。

 この少女は、さかことと全く同じDNAマップを『使っている』のだから当然だ。もっとも実際の出力の方はことほど届かなかったようではあるが。

 くりいろの髪に活発そうな顔立ち。

 見た目の年齢こそ大きく違えど、細部のパーツはことと何も変わらない。


「……ここで何してる?」

「ハッ!? は、はんにんはげんばにもどるのほうそくがはたらいている? ってミサカはミサカは恐る恐る振り返ってみたり」

「振り返る前にまず降りなさい! その野蛮な男の上から!!」


 まったくとしもいかない少女に向かって投げ放つような言葉ではないのだが、指摘しない事には始まらない。

 そしてことが慌てて促した結果、裸足はだしの女の子が足を滑らせた。そのまま腰が真下に落ち、いつくばった少年がまんま椅子役として小さなお尻を受け止める。


「ぎゃん、ブヒィーっ!?」

「おおナイスキャッチ、ってミサカはミサカはお兄さんに腰掛けたまま満点評価を与えてみたり」


 小刻みに震えるツンツン頭(豚野郎仕様)は返事もできないようだった。

 苦痛のほどは想像もできないが、あんまり実感もいらなかった。明らかに、豊かな人生を過ごす上では不要な経験値だ。

 ……それにしてもあの男、昨日の深夜に会った時も別の幼女に振り回されていなかったか。占いなど信じるタチではないが、幼女の相、まさかほんとにあるのか? うそから出たまことというか、冗談で言い放ったはずだったのにッ!?

 ともあれ、


(視線の正体はこの子か……)

「そっちの事情は詳しく知らないけど、一人で出歩いて良い状況なんだっけ? 保護者とか何してんだか」


 片手を腰にやり、ことがそっと息を吐いた時だった。


「はいお姉様オリジナル。そういう訳でこのミサカが逃げた馬鹿野郎を捜索しておりました、とミサカはりちに報告いたします」


 真後ろからの声だった。

 ガチリという小さな硬い音の正体が後を追う。

 肩を震わせて慌てて振り返ってみれば、今度こそ。さかことと全く同じ目鼻立ちの、見た目の上なら一四歳程度の少女が無感情な瞳をこちらに向けていた。

 額には特殊なゴーグル。さっきの金属音の正体は、手にした拳銃のハンマーを親指でゆっくりと戻した音だった。

 しかし日本の首都らしからぬ物騒なオモチャよりもまずことが驚いたのは、


「うそでしょ、今、どうやって私の背後を……?」

「微弱なマイクロ波を全周に解き放って反射波で死角を潰す対人レーダー走査は確かに有用ではありますが、弱点がない訳ではありません、とミサカはドヤ顔を決めてみます。電磁波とは言葉の通り波。使っている周波数さえ分かれば、逆位相の波をぶつける事で打ち消せますので。どやぁ」


 言葉でなんか言っているが、表情の方は相変わらずの無だった。

 偶発的に発生した第三位の超能力レベル5超電磁砲レールガンを人工的に再現・量産しようとして出力不足に陥った軍用量産クローン計画の実験体、通称『妹達シスターズ』。

 そして総数二万もの『妹達シスターズ』を微弱な脳波のネットワークでつなぎ、マクロな視点で全体の反乱を防止し完全な制御下に置くために製造された特別な個体が、打ち止めラストオーダー。見た目が幼いのは、意図してぜいじやくな肉体にその役割を押し付ける事で、研究者達が扱いやすくしたかったからだろう。セーフティ自体が反乱を主導してしまっては元も子もないのだから。

 学園都市。

 その科学技術の負の側面が、これでもかというほど凝縮されていた。

 だけど愚行がなければそもそも生まれてこなかったのも事実ではあるのだが。

 ひとまず打ち止めラストオーダーは二〇〇〇一号で確定だが、大勢の妹達シスターズは外見だけだと誰が誰だか分かりにくい。ゴツいゴーグルを額に掛けた少女へ、ことは思わずこう尋ねていた。


検体番号シリアルナンバーは?」


 するとどういう訳か同じ顔の少女はそっと胸元を開き、ハート形のネックレスをチラ見せしながら、


「あなたの一〇〇三二号です、とミサカはささやかな独占欲を行使してみます」

「……何故なぜこっちを見ない? 幼女の椅子と化した豚野郎をじっと見ている?」

「どやぁ、とミサカは繰り返します。何度でも」

妹達シスターズ』はネットワークで連結した一つの巨大な脳である一方で、個々のクローン自体はそれぞれ勝手に学習を深めて個性を伸ばしていると聞いた事がある。……だとするとこれ、何やら変な方向に進化が進んではおるまいか? なんか円周率や駅名の丸暗記に固執して、それしかできなくなった自称天才少女を見るような優しい目になってしまう。


「みっ、さかいもうと……」

「はい」

「そろそろ俺の上にのってるこのおてんばの極みを何とかして。これ以上どったんばったんやられると、腰がっ、ぶひい、腰がもうらめえ……」

「了解しました。お姉様オリジナルではなくこのミサカが、あなたの一〇〇三二号が危機的状況の打開に向かいます。どやどやぁ」

「アンタ、まさかと思うけど変なウィルスとかに感染したりはしてないわよね? いや、むしろ何もなくてこれの方がアブないのか……」


 一説によると、狙った行数だけを悪意的なコードやパラメータに書き換えるウィルス被害よりも、悪意なく自らの力で間違った学習を全体に行き渡らせてしまったAIの方が手動回復は困難らしい。弱点ではなく個性として自分と付き合っておくれ、とことは遠い目をして思いをせていた。


「というか『あっちサイド』の都合に振り回されるのはごうはらではあるのですが、とミサカは己の立ち位置を表明します。司令塔たる最終信号ラストオーダーの意志は尊重するというか勝手にしやがれなのですが、ミサカはミサカで本来であれば真っ白な超能力者レベル5派ではなくツンツン頭の無能力者レベル0派なのです」


 ともあれ、一瞬前まで場を支配していた緊張は錯覚だったようだ。

 ……対人レーダーのそうさいについては今後の研究課題として頭の片隅にめるとして、ひとまず学園都市の暗い部分が表の生活にまで噴き出してきた訳ではないらしい。

 そっと胸をろす。

 こういった『過剰な確認作業』は空き巣の被害にあった人が外出前に窓やドアのじようを延々確かめないと気が済まなくなるのと同じで、終わった事件のカサブタを自分からいつまでも引っかき続けるようで決して後味のいものではないが、それでもやり過ぎて損をする事はあるまい。ツンツン頭の少年がさかいもうとと呼んでいる個体は一〇〇三二号。それより前のナンバリングはもう存在しないのだから。『あんな事態』に陥るのだけはめんこうむる。もう二度と、絶対にだ。

 さかいもうとが小さな打ち止めラストオーダーの両脇に左右の手を差し込む格好で取り上げたので、ようやっとツンツン頭は自由を取り戻したようだった。壁に手をついてのろのろと起き上がり、おじいちゃんみたいに腰の後ろをとんとんたたきながら、


「や、やたらとぱわふるな女の子に襲われたせいで危うくクリスマスイヴに腰をぶっ壊すところだったぞ……」

「言動が不穏」

「ダメですよお姉様オリジナル。これは何も知らない少年の口から無自覚に放たれた言葉をこちらで好きな形に置き換えて頭の中で楽しむ知的なパズルなのです、とミサカはルーキーに正しいたしなかたをレクチャーします。紳士淑女の高貴な遊びによこやりなど無用、ここは黙ってニヤニヤしましょう」

刊行シリーズ

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