第二章 変わる学園都市、前夜 the_24th,Showdown. ④

 そもそも打ち止めラストオーダーがどうして病院なりマンションなりを抜け出して街をはいかいしていたのかなどの謎は残るが、ひとまずお開きとした方がいだろう。スタッフオンリーの事務室にいつまでもとどまっているのは不自然だし、ましてそれが(打ち止めラストオーダーなどは多少の年齢感に違いはあっても)全く同じ目鼻立ちの少女が三人も同じ場所にいるという条件まで重なると、注目度が無駄に上がってしまう。その気になれば双子ととしの離れた妹、で押し通せるかもしれないが、事は国際条約で禁じられたクローン人間だ。研究者達の冷たい決定によっては『バレたら殺して処分』もありえる以上、の確度で無意味なギャンブルに走るのは危険過ぎる。


(そうなると、一緒にダーツを楽しみましょうって雰囲気にもならないか……)


 まるで仲間外れにするようでじくたるおもいもあるのだが、無理に固執する方が幸せで事件のないクリスマスイヴを破壊してしまう恐れが高い。それはことにとってもさかいもうとにとっても望む状況ではないだろう。

 いつか彼女達も、大手を振ってお陽様の下を歩ける時がやってくる。

 そこまでは安全策でつないで、時間を稼ぐのが最良だ。


「とにかく出ましょう。いつ店員さんが休憩なんかでこっちの事務室にやってくるか分からないんだし」


 ともあれ、怪しい追跡者や襲撃者なんていなかった。

 ひとまずの確定にそっと息を吐いて、ことがそう切り出した時だった。

 それは来た。


 ドゴァッッッ!!!!!! と。

 外からのすさまじい衝撃を受けて、頑丈な現代建築の事務室が丸ごと寸断されたのだ。


     3


「おっとと……」


 そしてどこかで誰かがのんに両目の上辺りに片手をやって、ひさしを作っていた。

 影はささやく。

 ラッキーカラーで染め上げた毒々しいドーナツのせいか、唇の近くにあった生クリームを妖しい舌でりつつ、


「ちょっと誤差っちゃいましたかね? 注意注意、と」


     4


 風景全体が、ズレた。

 はっきりと断層のようなものがある。

 細長い直方体の部屋だった事務室が、いきなり手前と奥で分かたれる。インデックスとことが瞬時に視界から消えた。かみじようの眼前に巨大な崖がそびえていた。二人の少女は垂直に打ち上げられてしまったのか。


(っ、違う!?)


 厳密には逆だった、と気づいたのは頭上からのしかかる大きな影の意味を捉えてからだ。向こうが飛び上がったのではなく、こちらの床が深く沈み込んだのだろう。壁も天井も地盤すらも切り裂かれ、かみじよう打ち止めラストオーダーは地下へとまれつつある。


「まずいっ!!」


 床全体が斜めにかしいでいた。

 平素のイメージと全く違い、地盤そのものが嵐の小船のように大きく揺れている。へいたんな大地に作られた鉄筋コンクリートの建物のくせに、今では急こう配の下り坂。そしてグリップのない打ち止めラストオーダーがころころ転がるようにして落ちていく。

 一〇〇トン以上の地盤同士が激しくっているのだ。

 巨大でゴツゴツした断面はこうしている今もうごめいている。あんな接触面に手足が触れたら、そのままみつかれて千切れてしまうかもしれない。

 しかしそんなかみじようねんは否定された。

 

 ただの土の壁ではない。地下空間があった。土地の限られた学園都市は足元だって開発の手が過密気味に伸びている。おそらくは駅と駅をつなぐ地下道が破れたのだろう。不自然なまでに沈み込んだ。なので本来は足元にあるはずだった通路の断面が、こんな所にまで顔を出している。

 まるで最初から狙ったように、だった。

 打ち止めラストオーダー一人をむと、シーソーのように地盤が揺らぐ。上下の段差がならされてしまうと、地下道の口が閉じてしまう。


(ただの事故とか災害とかじゃない)


 当たり前だ、こんな自然現象があってたまるか。具体的な手法までは見えていないが、どう考えたって人の手による『悪意』が透けている。

 何かしらの超常を使って攻撃されている。放っておいても良い事なんか一つもない。

 決断の時だった。


(だとすると、今はあの子を一人にするのはまず過ぎる!!)

「ばっ、危ないわよ!!」

「お前はインデックスがどうなったか確かめてくれ。頼む!!」


 ことが上の段から叫んだが、下の段にいるかみじようの行動を止める事はできない。彼はむしろ自分からグリップを放棄して、下り坂と化した床を滑って地下道へ飛び込んでいったのだ。

 間一髪だった。

 遅れてかみじようが地下道に飛び込んだ直後、地盤という大顎が閉じる。三秒遅れていたら上半身と下半身は一〇〇トン以上の猛烈な荷重によってウィンナーのように噛み千切られていただろう。

 床に転がったまま、かみじようはこれだけ尋ねた。


「大丈夫か、打ち止めラストオーダー……」

「うん、とかはないけど、ってミサカはミサカはあちこちキョロキョロ見回してみる」


 普段であれば何の変哲もない地下道だろうが、今はそこらじゅうに亀裂が走り、コンクリートの裂け目から黒土がこぼれていた。電気系統もやられたのか蛍光灯は軒並み死んでいて、所々から仕掛け花火の輝きに似た電気的な火花が壁や天井から散発的に、滝のように降り注いでいる。


「んー」


 打ち止めラストオーダーは小さなてのひらで自分の服をパンパンたたいていた。奇麗好きなのかもしれない。

 辺りは映画館のように暗くて、千切れた配線やコンクリートの破片がどこに落ちているかも分からない。亀裂の場所を把握しておかないと、大量の土砂で生き埋めにされるかもしれない。暗闇の中では危険だが、携帯電話のLEDライトに頼るしかない状況だ。

 両手を上げて小さな女の子がぴょこぴょこ飛び跳ねていた。


「ミサカもピカピカできるよ、ってミサカはミサカは胸を張ってみたり」

「何だ? 無事な蛍光灯に電気でも通せるとか?」

「この髪をバチバチさせるの!!」


 これについては丁重に辞退しておいた。暗がりの中だと、光源は真っ先に狙われる。頭や髪なんていうのは一番危ない。

 やはり心細いのか。小さなてのひらでこっちの服をきゅっと握り込んで、打ち止めラストオーダーはこう尋ねてきた。


「これからどうするの? ってミサカはミサカは相談してみる」

「そうだな……」


 しかし自由に動けるとして、どこへ行く?

 何をすれば安全を確保できる?


(考えろ……)


 壊れかけの地下は明らかに危険だが、地上に出ても安心とは限らない。開けた場所に出た事で集中砲火を浴びるリスクだってもちろんある。

 だから闇雲な迷走よりも、動く前に方針を決めておいた方がい。

 第一に考えるべきは、


(こいつが人の手による攻撃だとして、まずってところだ)


 かみじよう自身、という可能性もゼロではないが限りなくゼロに近いだろう。だって不幸だから、と言っていたらキリがない。ここが科学サイドの総本山・学園都市である事を考えると、第三位のさかことを筆頭に、そのクローンの妹達シスターズや司令塔たる打ち止めラストオーダーも極めて価値が高い。

 いいや、


(……中でも特別扱いは、やっぱりこの子か)

「?」


 かみじようの視線を受けて、当の打ち止めラストオーダーは困ったように首をかしげていた。

 そもそも大地の大顎が開いて打ち止めラストオーダーだけがまれたのは、偶然ではなくそういう意図があったのでは、とも思ってしまう。

 一方で、あのダーツバーにはもう一人、全く別の重要人物がいたのも事実だった。

 インデックス。

 魔術サイド、という別の世界がある。彼女は一〇万三〇〇一冊以上の魔道書を頭の中に完全記憶する魔道書図書館なる役割を持っており、世界中のアウトローな魔術師達がそのえいを狙って暗躍しているらしい。この場合は、使インデックスの近くからかみじようとうを遠ざけた、と見る事ができる。

 つまり、科学か魔術か。『見えない敵』がどっちに属しているかで、この先の展開は大きく変わる。読みを外せば間違った方向に盾を構える事になり、結果、背中や脇腹を集中砲火されて大打撃を受ける羽目になるだろう。

刊行シリーズ

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