終章 雪と真紅が覆い尽くす White_End.(and_Merry _Xmas!!) ①

 事件は終わった。

 しかし根本的な事を忘れてはならない。


「うう……」

「ちょっとアンタ、大丈夫!?」

「とうま、なんかもう服から血がにじんでいるってレベルじゃないんだよ。まっかっか」


 ツンツン頭の少年がふらつくのも無理はない。何しろまい殿どのほしから奇襲を受けて脇腹を刺された事実はなくならないのだ。さかいもうとの手で大雑把に縫合はしてもらっているが、基本的に傷はそのままである。しかもその後もまい殿どのおかと戦闘続行、ガラスや鉄片をしこたま浴びたおかげで体はメッチャクチャである。かみじようとう、ひとまずクリスマスイヴに病院行きは確定。願わくは入院だけは避けたいところだった。

 辺りはすっかり夜になっていた。


「……おか、か」

「あれ以上してやれる事は何もないだろう」


 肩の上のオティヌスはドライに言った。

 ただし彼女は『理解者』、少年の支え方なら心得ている。


「それにヤツが納得できる学園都市を作れるかどうかは、貴様の肩にもかかっている。上の人間が呼びかけただけで街の形が丸ごと変わる訳ではない。呼びかけに応じる者がいなければ、壇上に立った発案者を孤立させるだけだ」


 長い長い階段を使うのは諦めたのだろう。大型のティルトローター機を使って今さらのように急行してきた警備員アンチスキルおかのりとお付きの女医やヘリのパイロットなどを預けると、かみじようたちはいったん地上を目指す。言っても七〇階建てで、しかもエレベーターは動かない。磁力を操るさかことがいなければまさしく陸の孤島状態になっていたはずだ。


「なんか人増えてるな」

「イヴの夜だからじゃない?」


 そんな日に血まみれになって拳を振り回し、留年すんのかどうかも分からん宙ぶらりんのまま凍りついた夜の街に放り出されるとかいよいよかみじようとうの恋愛レベルが絶滅寸前にまで陥っているが、そこで彼は見た。

 小さな奇跡を。


「お、おやじ?」

「アンタどうしたの」

「ちょっと待て!! いるじゃねえか、ラーメン屋のおやぃ!?」


 傷の痛みも吹き飛び人混みをかき分けるように背中を追いかけて正面に回り込むと、確かに。

 あのおやだった。

 こだわりはとりがらか魚介かと聞かれたら『知らない。化学と合成?』と客前で堂々と言っちゃう、しかし学校帰りの学生のためにおちやわん一杯分の小さなラーメンを作ってくれたあのおやが。変なドーナツの波に流されてどこへ消えたと思ったら、こんな所にいたっ。学園都市の魂はまだ死んでいなかったのだ!!

 イヴの夜でもねじり鉢巻きの人は中古車ディーラーを指差していた。

 かみじようが血まみれだろうが何だろうが、おやはまずおやだった。

 我が道を指し示してブレないおとこは語る。


「どんな形にせよ店がねえとどうにもならんが、この寒さじゃ自分の手でガラガラ押す屋台とかは堪えるからな。次はキッチンカーにしようと思うんだ。年越し前にはまた始めてえな」

「お、おおお……」

「安い中古車なら二万くらいで手に入るしよ」

「おおおおおおお!! これだよっ。やっぱりおやだ、ものの基準からして全部ぶっ壊れてやがる!! この、明らかに持ち主が次々と死んでそうな車をちゆうちよなく選んでその中で作った料理をお客さんに振る舞っちゃう、デリカシーって言葉が一ミリもない感じ! 流行はやりもののドーナツなんかじゃのできねえ確かな厚み、これが俺達の放課後だよお!!」


 場外乱闘したプロレスラーのように血だらけで興奮するかみじようは、置いていかれた少女達がそろって口を小さな三角にしている事にまだ気づいていない。

 出前の小僧を雇うのは金かかるから次はスマホの宅配に任せる、と言っていたおやと手を振って別れた。ようやっとの明るいニュースだ。あの化学式を極めたプラスチックより人工物臭いラーメンが画面にタップ一つでどこでも食べられるときた。なんてイカれた夜明けが待っているのだろう。そもそも店内から注意深くちゆうぼうにらんでいても普通にアブないラーメンが出てくるというのに、遠隔操作で互いの顔も見えないとしたら一体何をどんだけどんぶりにぶち込まれるか分かったものではない。もはや軽めのロシアンルーレットではないか!

 希望と期待が止まらない。

 夜景と恋人達で埋め尽くされた電飾だらけの街並みで、それでも何色にも染まらないおやの背中を見送りながらかみじようは爽やかな笑顔になっていた。

 年の終わりに、いものを見た。

 気づけばそっと、少年はつぶやいていた。


「来年も明るい一年にしようね」

「……一応確認するけど今日ってクリスマスイヴなのよね。何この空気、アンタ時空のひずみみたいな場所にまれてんじゃないの?」


 ともあれ、だ。

 あれだけの騒ぎがあっても、多くの人にとってはお構いなしだった。友達、きようだい、そして恋人達。様々な塊となって人々は電飾で埋め尽くされた街を歩いて笑い合っている。

 だけど。

 根本的な部分は解決していない。


おかの件はあれで片付いたが、ヤツが手を結んでいた外部勢力がそのまま残っているな」


 肩に乗る小さなオティヌスがそんな風に言った。


「……R&Cオカルティクス。占いやまじないを軸として各業種へ這い寄る巨大IT、か。また世界は妙な方向に伸び始めたな」


 情報はインターネットを通じて世界中へ平等にばらかれている。

 一見楽しそうに見えるこの人だかりだって、実際にはどうなっているか誰にも分からないのだ。そこかしこに、携帯電話やスマートフォンをいじくっている少年少女があふかえっている。うわつらでは仲睦まじく笑い合っていても、その小さな画面に表示されているのは果たして何だ? あるいは形のない好奇心から、あるいは具体的なコンプレックスにうごかされて。どこに本社があるかも分からない企業サイトにアクセスし、誰も見た事のない超常の存在を知って、さて現実にどこの誰が試してみようと思ったのか。すでに種がかれてしまった以上、潜在的な脅威は確実に高まっている。そしてこの問題は、科学サイドの学園都市だけでは解決できないだろう。もちろん逆に、『外』に根を張っている魔術サイドの人間だけでも。

 今度の相手は、確実に『隙間』を狙ってきている。

 連携に失敗すればそれだけ時間的なロスが広がり、R&Cオカルティクスの影響力はみるみる浸透していくはずだ。やがてはエアコンや携帯電話のように、切っても切れない、切りたくても切れなくなる存在になるまで。

 元より、能力者は世界全人口からすれば少数派のはずだった。

 それはみんなから羨ましがられる、強い少数派でもあったはずだった。

 だけど。

 もしも、世界中の人間が魔術を使えるようになったら?

 そんな超常を隠す必要もなく、ごくごく当たり前に普及してしまったら?

 使

 それなら使えない人間は弱い少数派として、緩やかに衰退していくのかもしれない。

 けど。

 だから、それだけで戦うというのは、本当に一片の曇りもなく『正しい行為』と呼べるのか?

 もしや。

 必死の抵抗さえも、『悪なる行為』と断じられる時代がやってくるのでは。


「……、」

(本当に、これが狙いだとしたら。とんでもない所からひっくり返してきた事になるぞ……)


 顔も名前も分からない敵。

 そいつは学園都市の外壁を乗り越え、中に潜り込む必要すらない。

 ただ情報を提供するだけで、無尽蔵に強敵を生み出せる。


「……雪だ」


 と、インデックスがそんな風につぶやいた。

 彼女は三毛猫を両手で抱えたまま頭上を見上げて、


「雪が降ってきた! ホワイトクリスマスになるよ、とうま!!」


 かみじようは小さく笑った。

刊行シリーズ

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