ロード・トゥ・エンデュミオン

第一章 ⑤

 ステイルが慌てて指示を出そうとしたが、もう遅い。

 かみじようは一八〇度方向転換し、即座にステイル目がけて突っ走る。『魔女狩りの王イノケンテイウス』もかみじようの背中を追うが、ステイルとの間に割って入るほどの速度がない。途中にどんなトラップがあろうが、『魔女狩りの王イノケンテイウス』クラスでなければそのまま右手で打ち消せる。赤い髪の神父はけんせいするように炎剣を次々と爆発させていくが、やはり遠方からの衝撃波だけでは、かみじようの足を完全に止めるには至らない。

 そして。

 炎剣の衝撃波を最大限にかせる距離になってしまえば、もうかみじようの右手も届く。振るわれる炎剣に合わせる形で拳を放ち、相手の魔術を砕いて打ち消す事ができる。

 つまり。

 かみじようの足が、ステイルのふところへと強く踏み込む。

 全身の体重移動によって強く握り締めた右拳へ絶大な力が加わり、振り抜かれた拳は長身のステイルの顎を目がけて勢い良く突き出される。



 直後だった。

 ステイルが予想したような、ごうおんと衝撃はやってこなかった。


「……止めた?」

「戦う理由ってあったっけ?」


 かみじようは即答する。

 間近で止めた拳をもう一度動かし、ステイルの顎をコツンと軽くたたいた。



 ようやく騒ぎを聞きつけたのか、あるいは何かしらのトラップの妨害にでも遭っていたのか。遅れてインデックスがやってきた。


「人が『ぷろぺらー』の根元にあった魔法陣が何か調べようとしている隙に、またとうまは勝手に魔術師と戦って!!」

「そうだねえ。またこの男が勝手にやらかしたおかげで、僕のような『』も大忙しだ」

「あなたもあなただし! プロの魔術師がとうまみたいなしろうとに全力を出して!!」


 インデックスはみつくように言ったが、ステイルはさっさと背を向けて肩をすくめただけだった。

 ただし、その顔にどんな表情が浮かんでいるかは、かみじようには分からない。

 知ってほしくもないだろう。

 かみじようは意図的に話題を変える。


「ステイル。お前が追っている魔術師ってのは何なんだ? この街で何をしようとしている」

「トラップを壊した負い目でも感じているのか?」

「馬鹿野郎。そもそもここは俺達の住んでいる街だぞ」


 チッ、という舌打ちが聞こえた。

 作為的に気持ちを切り替えたのか、ステイルは再びこちらに振り返って言う。


「今回の敵はインド神話系の魔術結社だ。『天上より来たる神々の門』。五〇人規模の小さな組織だけど、それ故に各人の純粋な思想が集団っていう塊にかくはんされる事もない。つまり妥協を誘うのが難しい、相当危険な相手って訳だ。……極端な運動やだんじきなど、肉体の限界ギリギリの鍛練法が特徴的な連中だね。そしてこのカラーが学園都市との衝突の原因ともなる」

「?」

「学園都市を中心とした科学的なトレーニング法は、最適の数値で食事・運動・休憩などをこなすやり方だ。限界を超えた苦痛が限界を超えた肉体を与える、と考える魔術結社からすれば、学園都市は楽して力を手に入れるきような連中に映るらしい」

「……で、そんな不満を持った人間が学園都市に忍び込んで、あっちこっちの風力発電プロペラに魔法陣を描き込んでいる、と。なんか嫌な予感しかしないぞ」

「連中がどれだけ入り込んでいるかは不明だが、使っているのはおそらく『アグニの祭火』だろうね。二年前、ニューデリーの大手スポーツジムを襲ったものと共通項がある」


 ステイルは適当な調子で、とんでもない事を言う。


「火と雷を扱うアグニの性質を記号として利用したものだ。平たく言えば、ごく普通にあちこち飛び交っている電磁波の出力を変更させて大規模な火災を巻き起こす。……仮にこれだけの規模で『アグニの祭火』が発動すれば、学園都市は巨大な電子レンジになるだろうね」

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